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第74話 即売会 その1

僕が星野模型に顔を出すと、つぐみさんが難しい顔をしていた。

どうやらカウンターの上においてある紙の束に目を通しているらしい。

ドアのベルがなっても気がつかないくらいだから、かなり真剣に悩んでいるようだ。

「こんにちわ。どうしたの?」

そう声をかけると、僕に気がついたのか慌てて「いらっしゃい」と言って苦笑いを浮かべている。

「ごめんなさい。全然気がつかなかった」

「いやいや。それはいいよ。でもさ、珍しいよね」

僕がそう言うと、言うか言わないか迷った後、「実は相談にのって欲しい事があるんです」とつぐみさんは言う。

「僕でよければ構わないけど、力になれるかな」

「ぜひお願いします」

そう言って、さっきまで見ていた紙の束を見せてくれた。

そこには、ざっと60点ほどのキットのリストが記入してある。

見た事も聞いた事もないようなキット名なんかもあり、その横に記入してある仕入れ日をよく見るとかなり古いキットばかりだという事がわかる。

「それで、これらのキットがどうしたの?」

「実はですね、倉庫の整理と在庫の状態確認をしたんですよ、この前……」

そういえば、この前はつぐみさんと悟さんは倉庫に入りびたりで全然会えなかったことがあるのを思い出した。

多分、その時の事なのだろう。

「ああ。それで?」

「それでですね。倉庫の奥のほうの箱からこれらが見つかったんですよ。それで、在庫の数は合って問題なかったんですけど……」

そう言って、カウンターの近くにある箱の一つを出す。

かなり年季の入った箱だ。

色が変色しており、日焼けしている。

そしてその上蓋をあけて中身を見せる。

多分、初期ロットとかだろうか。かなりピンシャンしていて、スジ彫りもシャープでかっこいい。

まぁ、説明書が多少変色しているも、製作する分には問題ないだろうし十分だ。

しかし、彼女が説明書をめくってみて悩みの原因がわかった。

デカールだ。

基本、スケールモデルに使用されているのは水転写デカールだが、これはプラスチックとかと比べると劣化がはっきりとわかる。

本来透明でなればならないデカールのふちが茶色に変色したり、ボロボロになっていたりする。

特に始末が悪いのは、見た目は問題なさそうでも、水につけてしまうとボロボロに崩れてしまう場合だ。

ふちの変色は、いざとなったらデザインナイフ等でギリギリまで切って対応すればいい。

しかし、劣化による崩れはどうしょうもない。

酷いのになると水に浸したり、触っただけでぼろぼろになってしまう。

まぁ、表面をコーティングして貼るという手もあるが、それはそれでせっかく薄いデカールが厚く野暮ったくなってしまう。

実際に見せてもらった分は、見ただけで予想が出来るほど酷かった。

日本は高温多湿のため、気をつけて管理していてもどうしょうもない時もある。

「これは厳しいねぇ……」

「でしょう?」

僕がいった言葉につぐみさんは悲しそうな顔をして返事をしてくる。

彼女にしてみれば、作ってもらえない模型というのはかわいそうという感覚なのだろう。

なんとなくだが、僕にもわかる気がする。

しかし、これはもし買っていったらクレームになってもおかしくないレベルだ。

実際に、中古店なんかはそういうクレームが結構あるという。

無責任なところになると中身のチェックもせずにそのまま売ってたりするし、知識がない店員がチェックしても部品の数さえ合っていれば破損なんて気にしないだろうし、デカールの状態なんて気がつかないだろう。

そして、そんな商品を定価の何倍もの値段をつけてプレミアキットなんて言って売ってたりしているのだ。

うれしくて買っていったお客としてはたまったものではないだろう。

ましてや、今は生産中止になっているものならなおさらだ。

もっとも、星野模型店の場合は新品の商品を定価以下で売っているのだからそこまではならないだろうが、それでもトラブルにならない保障はない…。

しかし、リストを見たところ、どれもかなり大きなサイズの縮尺のキットばかりのようだ。

お店としては、このままデッドストックなった場合はかなりの損害だろう。

売れないものが増えれば資金が回らなくなり、閉店するしかなくなる可能性だってある。

確かに頭が痛い問題だ。

しばらく、リストを見ていた僕だが、あることに気がつく。

リストの何割かは未だに生産しているキットだと気がついたのだ。

例えば、H社の製品1/32のキットの場合、『ST番号』の記号のものはまだ生産しているスタンダードな商品のことであり、つまり、未だに生産しているキットなら部品取り寄せも可能ということだ。

それに入荷時の販売価格と今の販売価格では必ずといっていいほど価格の差がある。

なら、訳あり品ということで、デカール取り寄せ代金から定価の差額を引いて、さらに足りない分を安くして事情のわかる人に売ったらいいんじゃないだろうか。

例を上げるなら、入荷時の販売価格が3000円。現在の販売価格が3800円。

さらにデカール取り寄せの代金が、1200円。

なら、1200円から定価の差額の800円を引き、残りの400円を仕入れ時の販売価格から引いた2600円前後で売ればお客様は損はしない。

まぁ、少しは訳あり品だから若干値引きをするとして、2300~2100円ぐらいで売れば、丸損に比べれば店の損失も少なくなるというものだ。

それにお客としても、デカールは死んでメーカー取り寄せで手に入れる必要はあるものの、大型キットの再生産のバリやモールドが甘くなったものではなく、最初のロットのピンシャンしたキットを安く手に入るという利点もある。

ただし、お互いに利点ばかりだが、これは少し問題も残っている。

それは、きちんとキットの状況がわかる人にしか売れないという事だ。

店頭に並べて売ってしまえば、安さにばかり目がいってクレームになるのは間違いないだろう。

それはどんなに『訳あり品ですので、ノークレームでお願いします』と説明しても起こることだ。

基本、人という生き物は自分の都合のいいように解釈しがちな生き物だという事を、僕は以前の仕事からかなりの授業料払って散々学んでいた。

なら、どうすべきだろうか。

一番理想なのは、そういう心配がない人たちに買ってもらうことだ。

そこでピンときた。

そうだ。模型同好会の人たちをメインにしたらどうだろうか。

予算があまりなくて大きなキットを作ってみたいけど値段がねと愚痴る人もいたし、話してみる価値はありそうだ。

ちょっと南雲さん達に相談してみるか。

そして、ざっと見たところ60点ほどのキットのうち、40点ほどはこの方法でいけそうな感じだ。

問題は、残り20点ほどの生産中止品や特別仕様のキットでデカールの注文が出来そうにないものだ。

少し考えた後、僕はつぐみさんに卸業者の佐藤さんに連絡を入れるようにお願いした。

もしかしたら、いけるかもしれないと思いながら。


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