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第75話 即売会 その2

佐藤さんにお願いした事。

それは、残り20点のキットにあったカスタムパーツやデカールの在庫リストである。

キットによっては、別のメーカーから同縮尺のデカールやカスタムパーツが出ており、それをセットにすれば売れるのではないかと思ったからだ。

その事を簡単に佐藤さんに説明すると、佐藤さんは乗り気で明日時間を取ってこっちに伺うとのことだった。

自分もちょうど明日は休みだったからそれで構わないと伝えると、楽しみにしてますよと返事をして電話は切れた。

うーん。楽しみにしてますよといわれてもなぁ……。

そんな事を思いつつ、つぐみさんに今僕が考えている事を説明する。

まだ生産されている商品に関しては、必要なデカール請求代から今と昔の価格差を引き、昔の定価からその残った金額+1~2割引をして販売したい事。

また、生産されていないキットや特別仕様のキットに関しては、カスタムパーツやカスタムデカールをセットにして、割引価格で売りたい事。

そして、売るお客様は、模型同好会などのキットの状態や事情のわかるお客様に限定する事。

多分、僕の計算だと、大体の仕入れ価格なんかの割合だったら、とんとんか若干赤字になる程度になると思われる。

それまで伝えると、つぐみさんは驚いた表情の後、うれしそうに笑う。

「やっぱり貴方に相談してよかった」

「いや、まだうまくいくかどうかはわからないけど」

そういう僕に、つぐみさんは首を横に振って微笑む。

「多分、私だけじゃどうしょうにもなかったと思います。あなただからこそ、こういったことまで考えられたんだと思いますよ。それに……」

そう言って、色あせたキットの箱を撫でる。

「この子らも捨てられるんじゃなくて、作ってもらえるって聞いて喜んでいると思いますよ」

その微笑と愛しむような視線に僕はドキリとした。

最近はだいぶつぐみさんの微笑にも耐久力が出来たとはいえ、これは反則級だ。

だから慌てて誤魔化す為にスマホを取り出して南雲さんに連絡を入れた。

同好会内で販売できないかを聞くために。

そして、明日の昼過ぎに、お店に南雲さんたちも集合して話し合うこととなった。


翌日の昼過ぎ、近くの喫茶店間宮館には、南雲さん夫妻と梶山さん。それに卸業者の佐藤さん、それに僕とつぐみさんの姿があった。

模型店の方は、悟さんが回してくれている。

最初は、悟さんもどうですか?と聞いたのだが、店はつぐみに任しているから、店番してるから結果だけ教えてくれと返された。

「なんか最近、経営に関しては私の判断ですればいいと言った感じのニュアンスで返されるから、プレッシャーが……」と愚痴るつぐみさん。

多分だが、僕としては、つぐみさんのより一層の店主としてのスキルアップをして欲しくて見守っているのではないかと思っている。

だから、がんばってと励ましておくことにした。

それぞれ飲み物を注文し終わったあと、僕から口を開く。

「えっと本日は、集まりいただいてありがとうございます。今回の件は、各自に簡単に説明してあるのでわかっているとは思いますが、なにか意見はありますか?」

僕がそう言うと、まずは佐藤さんから資料を渡されて提案があった。

資料は、僕がお願いしたキットのカスタムパーツやカスタムデカールに関しての在庫状況や価格についてだ。

「うちとしては、今回のようにある程度、カスタムパーツやカスタムデカールがまとまって売れるのなら、出来る限り価格を抑えて出したいと思います」

その言葉に、南雲さんたちからおーっと言う声が上がる。

基本、カスタムパーツと言うものは、少数生産の為、単価が高く、どうしても値引きしにくいものなのだ。

それを出来る限り値引きしてもいいと言うのだから、そんな声が上がるのもなんとなくわかる気がする。

しかし、どうもそれだけではないような気がして僕は表情を引き締める。

そんな僕の様子を見て、佐藤さんはニタリと口角を上げて言葉を続けた。

「ただし、条件があります」

ほら来たぞ。

佐藤さんみたいなタイプは絶対に何かあるに違いないと思っていたので、僕はすかさず聞き返す。

「条件とは?」

「うちにも似たような状態のものがいくつかありましてね。それを一緒に販売して欲しいんですよ。もちろん、仕入れ価格はギリギリまで抑えて出させていただきます」

そう言ってバックからもう一つの紙の束を僕に渡した。

ざっと見て、100点ほどのキットのリストがあり、そのキットの状態が細かく記入され、それにあわせたカスタムパーツやカスタムデカールなんかの在庫なんかも記入されている。

「この資料、結構手間かかってますね」

僕が苦笑気味に言うと、佐藤さんは苦笑いして「そうなんですよ。おかげで三時間程度しか寝れませんでした」と答える。

多分、昨日の電話の後、思いついて慌てて作ったのだろう。

それでもクオリティはとても高くまとまっており、いくつもの資料をばらばら渡されるよりはるかに見やすく、在庫や価格を把握できる。

「それはそれはご苦労様です」

思わず僕はそう言いながら、リストをチェックしていく。

ご丁寧に、現行まだ生産されているものに関しては、カスタムパーツやカスタムデカールの在庫だけでなく、僕が話していた方式で価格設定までされており、後は実物を確認してみてどちらにするか判断できるところまでされていた。

さすがやり手だというか、そのパワーはすごいものがある。

どうのこうの言いつつも、この人はプロなんだと実感させられる。

それに、裏を返せば、大赤字で放出するか、在庫処分するしかない商品が、売れるかもしれないのだ。

少しでもデッドストックや赤字を減らせるなら気合も入るというものだ。

僕も経験ある分、少し報いたいと思う。

ただ、これを飲むと問題が発生してしまう。

それは60点ほどだったキットが、全部で160点と倍以上の数になってしまうと言う事だ。

「これ…キットをお借りして、売れた分だけって言うわけにはいきませんよね?」

恐る恐る聞いてみる。

うちとしては、リスクはあまり背負いたくない。

「いや、それだとカスタムパーツやカスタムデカールの価格を抑えられませんから」

なかなか手厳しいが、それもわかる。

うーーん。

なかなか判断が厳しいところだ。

ざっと計算された見積もりを見れば、その100点の商品にその分のカスタムパーツやカスタムデカール。そしてうちの20点の模型の分のカスタムパーツやカスタムデカールなどを含めれば、六十万以上の金額になる。

売れればいいのだが、売れなかった場合は、デッドストックの増加、赤字の増加をまねく悪手となる。

さらに、いくら同好会の人たちが贔屓にしてくれるといっても、160点の数は多すぎる。

これは困った。

僕が悩んでいると、南雲さんがアイデアを提案してくれた。

「うちだけでなく、他の模型同好会なんかも声をかけてみたらどうだ?なんなら、いくつかの知り合いの同好会に声をかけてみるし」

それに、今度は梶山さんが提案してくれる。

「いっそのこと、今度のうちの展示会で売ったらどうだ?もちろん、きちんと訳あり品ですって説明する必要はあるが」

「そうね。それいいアイデアだわ。展示会には結構他の同好会からも来ているし、訳あり品即売会なんて一緒にやったらうちの同好会の展示会の売りにもなるんじゃないかな」

そういったのは秋穂さんだ。

「そうだな。それはいいな。確かいつも借りている会場は、物品の販売はOKだったしな」

南雲さんがそう話を締めると、どうするか僕の方を見る。

確かに企画立案したのは僕だ。

しかし、最終決定権を持つのは僕ではない。

リスクを背負うのは、星野模型店店長のつぐみさんだ。

僕はどうすべきかつぐみさんに視線を向けた。

「どうする?お金が絡んでいる以上、最終決定権はつぐみさんにある」

「あなたはどうしたいですか?」

僕の視線を見返して、つぐみさんは逆に聞いてくる。

「僕としては、いい話だと思う。この前の展示会のような賑わいなら全部は無理でもかなり売れると思うんだ」

そういった後、「ただし、それは僕の予想でしかないんだけどね」と付け加える。

つぐみさんは「そうですか……」とだけ短く答えると少し目を閉じて考え込んだ。

多分、今の彼女の頭の中は、店の状況などを考えて、リスクとリターンを考えているのだろう。

そして目を開くと僕だけでなく、みんなの方を見て頭を下げた。

「皆さんのご好意に甘えたいと思います。みなさん、よろしくお願いいたします」

そして、その言葉から企画は本格的にスタートした。


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