「こんなもんでどう?」
そう言って秋穂さんが見せてくれたのは、15センチ四方のステッカーだった。
結局、時間的に同好会展示会のポスターに入れ込むのに間に合わない為、追加でポスターの上に貼るタイプのステッカーを作ってもらったのだ。
そこには『訳あり模型販売します!』とかわいい文字で書かれており、その下にはかわいい感じのデフォルメつぐみさんのイラストが笑顔で描かれている。
そして、これまたかわいい感じに模様やデザインされた文字などが入り、ピンクの色と黒のツートンカラーのため、すごく目立つ。
「いいんじゃないかな。すごくかわいく出来てるよ」
「でしょう?久々にがんばってデザインしたからね」
僕がそう言うと秋穂さんが腰に手をやって胸を張る。
彼女は、今でこそ工場の事務員なんて仕事をしているが、以前はイラストデザインやHPデザインなどのデザイン関係の仕事をしていたりする。
だから、こういう事はお手の物だ。
だから、模型同好会のポスターやチケットのデザイン。さらに会報なども手がける実に多彩な才能をもっている。
そのためだろうか。
彼女はどちらかというときちんとしていないと駄目って感じなので、作る模型もきれいな見本みたいな作り方を好んでいる。
どちらかというと使われている使用感みたいな表現が好きな僕の模型スタイルとは真逆だが、意外と気が合う事も多い。
そんな中、おずおずと発言するのはつぐみさんだ。
「えっと、かわいすぎないでしょうか?」
彼女は自分がかわいいとは思っていなくて並程度だと思っている。
だから自分に自信がないのだろう。
だから、もう少し自分に自信をもって欲しい。
そう思って口を開きかけたが、秋穂さんに先を越された。
「つぐみさんは、彼氏が書いてくれたこのデフォルメ似顔絵に不満があるって事のなの?」
彼氏という言葉にアクセントを強めていうあたりに秋穂さんのしたたかさが伺える。
「いいえ。そんな訳ないです。でも……」
「何言ってるの。うちの旦那も、佐藤さんも、あのミリタリーオタクの梶山さんだって似てるって言ってたでしょう?」
あのってつけられる梶山さんが少しかわいそうになってきた。
あの人、ああ見えてアニメキャラとかゲームキャラなんかのフィギュアの塗り方とかすごくうまいし、絵なんかもすごくうまいのに、同好会では絶対にそれ系列のものは出した事はない。
それにそういうのを作っていると知っているのは、僕とつぐみさん、それに悟さんと南雲さんぐらいらしい。
本人曰く、「似合ってないからな」って事らしいけど。
なんか少しもったいない気がする。
まぁともかく、そんな事を思っていたら、秋穂さんが段々とつぐみさんを言葉で追い込んでいく。
「だから、これはすごくいいモノなの。多分、誰が見ても納得するわ。絶対よ」
「そ、そうかなぁ……」
秋穂さんの追い込みがかなり進んでいる。
ああ、こうやって少しずつ南雲さんも追い込まれたんだ。
そんなシーンが頭に浮かびそうになった。
よほどのことがない限り、この人を敵に回すのはやめておこう。
そう思っていたら、秋穂さんの視線がこっちを向いた。
「ねぇ。貴方だってそう思うでしょう?」
ついにこっちにまで火の粉が飛んできた。
秋穂さんが、ウインクする。
そういうことですか。
「うん。描いた僕が言うのもなんだけど、いい感じに似てると思うよ。それにね」
僕は一旦そこで言葉を停める。
そして、囁くように言った。
「僕の大好きなつぐみさんは、かわいいんだから自信を持って」
その瞬間、つぐみさんは真っ赤に赤面し、下を向く。
「う、うん。貴方がそういうなら……」
小さい声でそういうつぐみさん。
よし。これでオッケーだ。
ほっとして視線を秋穂さんに向けると、そこにはそこまで言うかって顔で一歩後ろに引いた秋穂さんの姿があった。
あー、多分へんなうわさが流れそうだ。
そう思った僕は、秋穂さんに、今のは黙っててねと優しく優しく脅し、じゃなかった釘を刺したのだった。
ポスターの方はそんな感じで問題なく終わったが、製品チェックの方はてんやわんやだ。
60点の予定が、160点と倍以上に増えたのだ。
一つ一つ細かなチェックをしていく。
メーカーに連絡を入れてデカールの取り寄せが出来るかの最終確認と部品ハズレや破損等の品質チッェク。
そして、デカールの取り寄せが出来ない模型の為のカスタムパーツとカスタムデカールセットの準備。
もちろん、使い方なんかはカスタムパーツやカスタムデカールに記入されて入るものの、説明不足の分は、こっちでサポート用のメモやテキストを用意する。
特に、飛行機やカーレース系のカスタムデカールは、気を使ってチェックしていく。
後は、セットや特価の価格設定と値札を付けていく作業。
さすがに一気に全部やってしまうというのは無理で、悟さんやつぐみさんだけでなく、僕も仕事が終わって何時間か手伝っている。
かなり根気の要る作業で、まさに好きじゃないとやってられないと思う。
そんな作業だった。
もっとも、そのがんばりのおかげで、つぐみさんや美紀ちゃんのご飯を食べる機会が増えたのはうれしいサプライズだ。
ちなみにうちの母は、「ご飯を食べて帰るから夕食はいいよ」って連絡を入れる度にそのまま泊まっていればいいのにとか普通に言っている。
どうやらつぐみさんを気に入ったらしいのでそれはそれでいいとは思うんだが、泊まるというのはなぁ。
まぁ、それはすごく、そのね、魅力的ではあるのだが、見境つかなくなりそうで怖いんだよね。
間違いなくタガがハズレそうな気しかしないわけで。
そうなるともうね……。
それに、多分、つぐみさんは求められれば拒否しないとは思うんだけど、なんかこう、なんて言ったらいいのかな。
今の関係がすごく気持ちよくて、その関係が崩れてしまうのがすごく怖いというか。
まぁ、要は僕が臆病なだけだかもしれない。
それに、今は余裕がないのでご勘弁を。
ともかく、そんな感じで作業進み、なんとか展示会一週間前には全ての準備は終わったと思っていた。
南雲さんたちの話では、展示会だけでなく訳あり模型販売の問い合わせも結構あるらしく、反応はなかなかいいらしい。
よかった。
これで何とかなる。
僕はほっと安心していたが、しかしだ。
そんな心の隙間を狙って、ニコニコしながら悪魔はやってきた。
そう、佐藤さんだ。
彼が一人の人物をつれてお店にやってきたのだった。