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第77話 即売会 その4

「私、N新聞の記者で、新巻信吾と言います」

佐藤さんの連れてきた人物はそう言うと僕とつぐみさんに名刺を渡してきた。

N新聞。

それはここ近辺四県に渡って新聞を出している地方新聞だ。

名刺を受け取って目を通し、部署や名前の漢字も確認する。

ああ。間違いない。

僕はこの男に会ったことがある。

それも前の仕事で。

「以前お会いした事ありましたっけ?」

わざとそう聞く。

「いえ。会ったことはないと思いますけど……」

完全に知らないといった顔だ。

もし知っているならここまでずうずうしい事は出来ないと思う。

まぁ、もっとも面の皮が厚いのなら別なのだが。

「ならいいです。ところで、今日はどういったご用件でしょうか?」

そう聞くと、愛想笑いを浮かべて今やっている企画を取材させて欲しいと言ってきた。

佐藤さんの方を見る。

佐藤さんの表情はあまり芳しくない。

つまり、乗り気ではないということだ。

つぐみさんは新聞社の記者と聞いてびっくりしている状態だ。

だから、畳み掛けるように「お店の宣伝にもなりますよ」と甘い言葉を言う。

よく言うよ。

僕はそう言い返したかったが押さえ込み、笑顔を作る。

「残念ですが、今佳境で取材を受ける余裕はありません。ですから、お引取りください」

有無を言わせぬ声でそう言うと、まさか断られるとは思ってもいなかったらしく目を白黒させている。

「いや、でも、ほら、イベントの宣伝になるじゃないですか」

「じゃあ、記事が新聞に載るのはいつですか?」

僕がそう聞くと黙り込む。

この手のやからがよく使う手だ。

大抵、この手の取材はイベントのその翌日の新聞に記事が載る事が多い。

つまり、ある程度期間があるイベントならともかく、一日だけのイベントなら宣伝にはならない。

「いや、このお店の宣伝にもなるじゃないですか?」

イベントの宣伝にならないとこっちがわかっている事に気がつくと、今度はお店の宣伝と言ってくる。

これもよくある手だ。

記事に関してもこっちの確認を取らずに勝手に書かれることも多く、クレームを言っても後日小さく謝罪の記事が出るだけで読者にとってはどの記事なのか忘れていたりすることが多いので意味がなかったりする。

つまり、はっきり言ってマイナス要素の方がはるかに大きく、宣伝にならないどころか店にとってダメージになってしまう可能性だってある。

多分、佐藤さんも付き合いの関係上断れなかったのだろう。

無表情にしているが、目が僕の断る言葉を聞いて笑っていたりする。

「お店の宣伝ねぇ……」

僕がそう言うと、乗り気だと思ったのか「そうそう。お店の宣伝ですよ」と言ってくる。

「いや、この企画は僕が立てたもので、お店はあくまでも参加と言う形なんですよ。だから、イベントの宣伝にならなくてお店だけの宣伝といわれてもねぇ。それにさっきも言いましたように忙しいので取材に応じている時間がないんですよ。残念ですが」

僕が完全に乗り気ではないとわかったのだろう。

今度はつぐみさんの方を向いて言う。

「お店の宣伝にもなるし、どうでしょう?」

そう言われ、少し考え込むつぐみさん。

しかし、僕は慌てなかった。

つぐみさんの目が笑っている。

これは完全に僕らの考えをわかっていてやっているのだろう。

「宣伝はいいんですけど、今でもお店忙しいのに、これ以上忙しくなっても困るから、宣伝はご遠慮いたします」

実にきれいさっぱりと未練のない笑顔できっぱりと言い切るつぐみさん。

やっぱり、この人、役者だよ。

上げといて落とすこの演技に脱帽だ。

まさか、完全に断られると思っていなかったのだろう。

記者は慌てているが、開き直ったのだろう。

「せっかく取材してやろうと言ってるのに、何で断るんだっ」

そう口走る。

「うちがその気になったら、こんな小さな店、簡単に潰せるんだぞ」

「それは、つまり、N新聞さんの意思でよろしいんですか?」

「あたりまえだっ。俺はN新聞の記者だぞ。それをこっちが下手に出てりゃ、いい気になってっ」

熱くなってしまったのだろう。

怒りに真っ赤になって余計な事まで言い始める。

言わなきゃいいのに。

そんな事を思いつつ、再度聞く。

「再度、確認しますが、それがN新聞さんの意思でってことでいいんですね」

「それがどうしたっ」

「いえ。実に簡単に本心が見れたなぁと」

僕の言葉に、真っ赤になって叫んでいた記者が黙り込む。

そんな記者の変化に関係なく、僕はとあるお店の名前を言う。

そのお店の名前を聞いて、記者の顔が真っ青になった。

「じつはね、僕は貴方の事知ってるんですよ。そのお店の件でね」

そこまで言ってにこりと笑う。

「確か、あなたの記事のせいでしたよね。そのお店が潰れてしまったのは」

「いや、あれは、私のせいでは……」

おろおろしだす記者。

そんな記者を見下しながら僕は言葉を続ける。

「確か、その時も宣伝になるとか甘い事を散々言って、自分たちが好きなような事を書いて新聞に載せましたよね」

「いや、ちゃんと謝罪の記事も……」

「どこが謝罪の記事ですかっ。三ヶ月もあとになって隅っこに3行だけの謝罪っていうのは、どう考えても誠意が足りないと思いませんか?」

何もいえなくなる記者。

本当なら、ここで話を打ち切ってお帰りしていただくつもりだった。

しかし、そうはいかないようだ。

恨めしそうに僕を見上げてくる記者の瞳には恨みの色が濃く出ていた。

だから、こっちに火の子がかかってこないように釘を刺しておく必要がある。

「なお、今回のやり取りは、全部録音させていただきました」

「き、聞いてないぞっ」

そう言う記者に、「そっちだって勝手にやってるだろう?」と言って記者のポケットに手を突っ込んだ。

そこには、小型のボイスレコーダーがある。

「後から断られても、言ったじゃないですかって言う時の証拠に使ったりするんですよね。以前、そういう話を聞いていたので注意してたんですよ。貴方がポケットに手を入れてスイッチ入れたのをね」

そう言って、ボイスレコーダーのスイッチを切り、記者のポケットに返す。

「今回の件は、N新聞に抗議させていただきます。なお、もし、また私達に危害を加えたり、被害を与えることなどをした場合は、この録音をネットに公開するつもりです」

僕はそう言うと入口を指差した。

「これ以上、状況が悪くならないうちにお帰りになられたほうが貴方の為ですよ」

ぐったりとした表情の記者が、黙って入口に歩き出す。

あそこまで言っておけば、もう大丈夫だろう。

佐藤さんはてっきり一緒に行くかと思ったが、この場に残っていた。

そして記者が外に出た事を確認すると僕らに対して頭を下げた。

「すまんっ。本当なら抑えるつもりだったんだが……」

「頭を上げてください。いいですよ。いろんな付き合いもあるし、ああいう輩は巧妙ですから。断りきれなかったんでしょ?」

僕がそう言うと、苦笑して頷く。

しかし、それで終わらせるつもりはない。

「しかし、このままだと佐藤さんも目覚めが悪いでしょうから、そうですねぇ、これは貸しと言うことで」

僕が笑いながらそう言うと、佐藤さんは自分の頭をぴしゃりと叩く。

「こりゃ一本取られたな」

僕らが笑っているとつぐみさんがこっちを伺うように見ている。

「あ、ごめん。つぐみさん。こっちで勝手に話を進めてしまって」

「いえ。それはいいんですけど、さっきの潰れたお店って……」

ああ、やっぱり気になってたのか。

「僕が営業でいろいろ企画とかやってた時に協力してくれたお店でね。店長とは年も近かったから仲良かったんだよ。でもね、あの記者の取材を無理して受けたのに、否定的な記事を書かれてね。結局、それが原因で店をたたむことになってしまったんだよ。今回言った連中の手口は、その後、店長に教えてもらったんだ。すごく悔しそうにしてたよ。取材する時は、散々持ち上げといて、いざ記事になってものはひどいものでね。まさに今で言うネガティブ記事って感じだったよ。それでね、抗議したらしいんだけど、なんかうやむやにされてね。謝罪だって誠意のないものだったし、ただ、話し合いのときに録音なり、誓約書なり用意しておけばよかったんだけどね」

僕がそう言うと、つぐみさんは思いつめたような表情をしていた。

雰囲気を読んだのか、佐藤さんは、「それでは、また」と短く挨拶をして店を出て行く。

それを見送った後、つぐみさんが呟くように言う。

「もし、私だけだったら受けていたかも……」

「まぁ、必ず酷く書かれるわけではないからね。でも、そういうリスクがあるというのは知っておいたほうがいいと思う。世の中は、いい人ばかりではないからね」

「でも、それが原因で、お店が……」

つぐみさんの肩が震える。

多分、想像したんだろう。

「心配ないよ。僕でよければ傍にいるから」

そう言うと、ぎゅっとつぐみさんを抱きしめた。

『自由に思うようにやってみろ。店長はお前だからな』

悟さんは以前つぐみさんにそう言ったと聞く。

そして、自由にやるという事は、その分の責任も背負う必要があるという事をつぐみさんは今感じているのかもしれないと僕は思った。

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