「つぐみ、何かあったのか?」
裏の倉庫で即売会の最終確認と準備をしていた僕に悟さんが何気なく近づいて聞いてくる。
僕は前日の新聞記者の出来事を話すと、「あ、そうか」とだけ言ってしばらく黙り込んだ。
そして、僕の傍まで来ると「ありがとうな。お前がいてくれて助かるよ」と言って肩を叩く。
「いえ。僕が好きでやっていることですから」
「そうか。お前がつぐみを支えてくれると安心できる。早く結婚してしまえ」
いきなりそんな事を言われて、手元が狂う。
「ち、ちょっと何いってるんですかっ」
「何?結婚する気はないのか?」
「ありますよっ。つぐみさんと結婚するつもりです」
僕は少し照れながらもはっきりと言う。
「なら、さっさとしてしまえ。お前の友達も即売会の翌週には結婚式上げるんだろう?」
「ええ、まぁ。即売会が終わって、修達の結婚式見て考えますよ」
僕はそう言うと作業に没頭した。
もうこれ以上話しかけても無駄だと思ったのだろう。
悟さんも自分の作業に戻っていった。
ふう……。
ため息が漏れる。
僕だって結婚したいと思う。
でも今の関係もなかなかいいと思うんだ。
そんな風に思ってみて、苦笑する。
結局は、僕に勇気がないだけなのかもしれないな。
展示即売会前日の夕方、仕事が終わった後、幌付きの軽トラックをレンタルしてくると星野模型店の駐車場に止めた。
「ごめん。少し遅れた」
僕がそう言いつつ店内に入ると、つぐみさん、美紀ちゃん、悟さん、徹くんの四人が待っていた。
「いいえ。仕事があるんだから、無理しないでくださいね」
そう言って微笑むつぐみさん。
その微笑に仕事疲れも癒されそうだ。
いかん、いかん。ここは人目があるからな。
「えっと、じゃあどうしょうか?」
「あなたが仕切ったら?あなたが企画したんだし」
美紀ちゃんの意見に全員が頷く。
なら……。
「悟さんは店番をお願いします。美紀ちゃんと徹くんは、最初は倉庫から駐車場に荷物を出して、管理をよろしく。つぐみさんは、僕と一緒に荷物を現場に運ぼう。荷物の量から考えると、多分三回は往復すると思う。だから、現場に行って会場に荷物を下ろしたら、つぐみさんは荷物番と会場の準備をお願いします。そして、僕は二回目の運送でまたこっちに来るから、その時に荷物と一緒に徹くんを現場に連れて行きおろした後、三回目に残りの荷物と美紀ちゃんを連れて行くっていうのはどうかな?」
「いいんじゃない?」
「そうですね。それでいいと思いますよ」
「了解しました」
三人がそれぞれ納得できた返事をくれるが、一人悟さんだけがさびしそうだ。
「店番か……」
「仕方ないじゃないですかっ。その代わり、明日の店番は美紀ちゃんに任せて会場に来たらいいじゃないですか」
「あの会場を作る雰囲気とか熱気がなぁ……」
「んんっ。なら、明日も店番しますか?」
僕がそう言った途端、悟さんは「仕方ないな。今日の夜の店番はまかせろ、はっはっは……」と笑って言う。
わざと過ぎませんか。
それも今日の夜のって強調して言ってるし。
まぁいいや。ともかく、がんばろう。
第一陣でつぐみさんと会場に着いた時、すでにテーブルなどの準備は終わっており、各自で作品の展示に入っていた。
「よう来たな。お前の展示物は、秋穂がきちんとやっておくそうだ」
南雲さんが、こっちに手を振って歩いてくる。
「しかし、手伝えなくてすまんな」
「いえいえ。展示会に便乗しているのはこっちですから。それに僕の分も展示してもらってますから、大丈夫ですよ」
「そうか。ならいいんだが……」
そう言った後、南雲さんは準備が終わった会員の何人かに声をかける。
「おいっ。手の空いたやつは、星野さんのところの手伝いしてくれ」
「南雲さんっ、いいですよっ」
僕が慌てて止めようとしたが、南雲さんはニヤリとして小声で言う。
「心配するな。連中、どんなキットがあるか興味深々なんだよ。明日発売の時に欲しいのゲットしたいからな」
あ、なるほど。そういうことなのか。
多分、今の言葉は傍にいたつぐみさんにも聞こえたのだろう。
「なら、お手伝いお願いしちゃいましょうか」
「そうだね」
僕はそう返事をしつつ、苦笑した。
そして、荷物を降ろし終わると第二陣を積みに星野模型店に戻る。
すでに荷物は、駐車場に出されており、徹くんと美紀ちゃんが楽しそうに話をしていた。
「お待たせっ」
「遅いぞっ」
「仕方ないんだよ、美紀さん。運ぶだけじゃなくて現場の人たちとの打ち合わせとかもあるだろうし」
徹くんが美紀ちゃんを諌めている。
おおっ、なんかえらい進展してないか、この二人。
本当に仮採用だろうか。
なんか、普通に彼氏が彼女を嗜めている様に見えるぞ。
後で車の中でいろいろ聞いてみよう。
そんな事を思いつつ、荷物を徹くんと二人で車に乗せると徹くんを助手席に乗せて会場に向う。
「あのさ、唐突だけど美紀ちゃんと何かあったのか?」
「えっ、ど、どうしてっ」
真っ赤になって助手席で固まる徹くん。
うわーっ。すごくわかりやすい。
多分、僕らもこんなんだったんだろうな。
ふとそう思う。
「いや、なんかさ、距離感というか、雰囲気がさ」
そう言うと、にへらと徹くんの顔が崩れる。
「実にはこの前の応援の時に頬に、キ、キスしてもらいましたっ」
「おおおおおおっ。やったなぁ」
と、そこで思い出す。
「だから、お返しとかにこだわったのかっ」
「あははは……」
笑って誤魔化す徹くん。
えーいっ。このリア充め、爆発しろって思ったけど、それだったら俺もか。
なんて自爆してみたりする。
そして、会場に到着すると、梶山さんと手伝いの人たちがやってくる。
「よう。運ぶの手伝うぞ」
「すみませーんっ。ありがとうございます」
すばやく荷物を降ろして徹くんにつぐみさんと合流するように言った後、最後の荷物と美紀ちゃんを連れてくるため、僕は星野模型店に蜻蛉帰りした。
「お待たせっ」
そう言って僕が車から降りると、スマホをいじって待っていた美紀ちゃんがこっちに来る。
「後は、小型のレジとか手荷物ばかりだよ。おつり用の現金は明日だっけ?」
「そうそう。だから、これで終わりだけど、あとは会場の売り場つくりだね」
「ポップとかは?」
「さっきの便で運んでるよ。ただ、行きの途中でスーパーにちょっと寄って行くよ」
それだけでわかったのだろう。
手早く二人で残りの荷物を載せると、美紀ちゃんは助手席に乗り込んだ。
「さっ、いきましょう」
「わかった。今の時間帯なら…」
「あのスーパーが安いわよ。私、会員カード持ってるし……」
美紀ちゃんがニヤリと笑う。
さすが、よくわかっていらっしゃる。
「じゃあさ、美紀ちゃん、お金渡すから飲み物20本ほどとパンを20個ほど買ってきてくれる?待ってるからさ」
「チョイスは?」
「美紀ちゃんに任す」
「ういっす。任されました」
そして、差し入れと最後の荷物を持って会場に入ったところ、すでに売り場はほぼ完成してしまっていた。
手が空いた会員が、欲しい模型のチェックをかねて並べるのを手伝ったのだろう。
各自、明日持ってくる金額の計算に余念がないのだろう。
なにやら考え事をしているような表情をしたものが多い。
まぁ、それはそれでうれしい事だが。
「お疲れ様です。最後の荷物です。後、これは差し入れです」
そう言って、買ってきた飲み物とパンを配る。
飲み物は、炭酸やコーヒー、お茶などいろいろありバリエーションに飛んでいる。
その反面、パンはサンドイッチに統一しているあたりがなかなか面白いと思う。
「おう。すまないな」
「何いってるんですか。こっちはすごく助かってますよ」
そう南雲さんと話していると、後ろからちょいちょいと袖を引っ張られる。
「あ、秋穂さん。ありがとうございます」
「いいわよ。それでね。あんな感じでどうかしら、展示物……」
そう言って、僕の作品の前に連れて行ってくれる。
そこには、H社の1/48のASM-2を四発乗せた三菱F-2Bとデフォルメたまご飛行機がずらりと並んでいる。
店先に展開するのとは別に今回用に作ったやつだ。
そして、その下には、『即売会会場にて、たまご飛行機、改造マニュアルとオリジナル目デカール付で発売中』とポップが付いている。
「このポップは、秋穂さんが?」
「せっかく、たまご飛行機も売るんでしょう?なら、CMしてても罰は当たらないわよ」
くすくす笑って、肘で僕を小突いてくる。
「ありがとうございます」
僕はそう言って頭を下げる。
本当にお世話になりっぱなしだ。
「ならさ、お礼として、つぐみさんとの進展を教えてよ」
「それは却下します」
僕が即答で答えると、ぶーたれる秋穂さん。
しかし、すぐに笑顔になると、「つぐみさんの傍にいてあげてね」と小声で言う。
「もちろんですよ」
僕は笑顔でそう答えた。
第三便が到着して三十分程度で、売り場は完全に完成した。
みんなが手伝ってくれたおかげで、本当に早く終わった。
会長である南雲さんの締めの言葉の後、僕は解散する前にみんなの前に出た。
つぐみさんも僕の後ろに続く。
「今日は本当にありがとうございます。おかげでうちの方も無事準備が終わりました。明日どうなるかはわかりませんが、明日もよろしくお願いします」
そう言って頭を下げた。
もちろんつぐみさんもだ。
頭を上げるとなぜか拍手が起こっていた。
驚く僕らに、会員からの冷やかしの声が届く。
「ならっ、取り置き希望していい?」
「いや、今買いたいんだがっ、駄目か?」
「なんか夫婦みたいだぞ」
「ちくしょーっ。つぐみさんとうまくやりやがってっ」
「つぐみさーんっ、そいつ捨てて私と付き合いませんかっ」
「デートしましょうよっ、星野さんっ」
「リア充、爆発しろーっ」
などなど……。
僕は苦笑しつつも、済ました顔で答える。
「販売は明日から、取り置きは不可です。手伝ってくれた事と販売とは別ですから。それに」
僕はつぐみさんの手を掴むと引き寄せる。
「この人は僕のですから手出し無用でお願いしますよ」
その瞬間、会場は一気に最高に盛り上がり、つぐみさんは真っ赤になったのは言うまでもない。