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第79話 即売会 その6

星野模型店でつぐみさんを拾って会場に着いたのは、開場まで約四十分前だった。

しかし、驚いた事にすでに二十人ばかりの人が並んでいる。

つぐみさんと一緒に中に入ると南雲さんたちがもう来ていて、準備や役割分担なんかを指示していた。

「よう。来たな。おはよう」

南雲さんが手を上げて挨拶をしてくる。

「おはようございます。今日はよろしくお願いします」

僕が挨拶をした後につぐみさんも挨拶をする。

すこし緊張気味だ。

「大丈夫ですよ。僕もいますから」

「はいっ。がんばりますっ」

つぐみさんの声は普段と違い、緊張で裏返っている。

多分、開場の熱気にやられたのだろうか。表情も硬い。

いかん、テンパってるよ。

仕方ないから、最初は僕がメインに動いたほうが良さそうだ。

「つぐみさん。最初は僕がメインに動くから、会場を見て周ったりして落ち着いてきていいよ」

「は、はいっ、そうします」

「じゃあ、落ち着いたら戻ってきてね」

僕がつぐみさんにそう言っていたら、南雲さんがすまなさそうな表情で近づいてきた。

「すまん。やっぱり取り置きしてもらえないだろうか」

普通なら人が並ぶなんて事はないため、自分らが自由時間になって欲しかったキットが売り切れていたらと会員は気になって落ち着かないらしい。

本当なら、すみませんと言いたいところだが、手伝ってもらった件もあるから無下には出来ない。

仕方ない。

「さすがに何点もっていうのは無理なので、一人一点程度なら……」

「すまない。恩にきる」

そう言って、南雲さんは頭を下げると、後ろにいる会員達に指でオーケーのサインをする。

「一人一点までは特別に取り置きしてくれれるそうだ。各自、これだけはっていう一点のみ選んで持って来い」

南雲さんの言葉に、会員はまるでどこに何があるかわかっているかのようにどうしても欲しいもの一点を手にしてレジに並ぶ。

キットを受け取り、名前を書いたメモをつけて、バックヤード代わりの後ろのスペースに補完していく。

ちなみに、南雲さんや梶山さん、それに秋穂さんまできちんと一点キットを持って来た。

まぁ、遠慮するほど損をする可能性が高いからなぁ。

その気持ち、すごくわかる。

こういう時は、少々図太いくらいがちょうどいいのだ。

そんなわけで、店頭から二十点ほどのキットがなくなったのだが、それでも訳あり品百四十点とたまご飛行機各種が並んでおり、品薄と言う感じはない。

まぁ、今日一日だけなのだから、妥当な数かもしれない。

そして、そんなこんなしているうちに、開場時間が来た。

最終的に、行列は四十人を超えたらしい。

そして、順次人が入ってくる。

即売会会場は一番奥と言うこともあり、すぐにお客は来ないと思っていた。

しかし、甘かった。

四十人中、二十人近くがこっちに殺到したのだ。

さすがに一人で裁ききれる量ではなかった。

どうやら、先に訳あり品を物色した後に展示物を見ようと思ったらしい。

詳しく説明しなくていいように、各キットごとに訳ありの理由と、それ対しての補完や補足のための方法。さらに、その分を補うカスタムパーツやカスタムデカールをつけての販売と言った事を記入した帯をつけているのだが、やはりいろいろ聞かれてしまう。

まぁ、ほとんどの商品のデータは、頭の中に入っているので即答で答えていく。

しかし、さすがにレジと両立は難しい。

そして、その様子に慌ててつぐみさんが駆けつけてきてくれる。

「ごめんつぐみさん。前言撤回。レジお任せします。僕は説明の方に回るから」

「ええ。わかりました」

もうテンパっているとかいった問題ではない。

あまりの状態に見かねたのだろう。

袋詰めなどを手伝う為に、秋穂さんまで参戦した。

まさに、戦場であった。

そして、最初の一時間で、実に百四十点のうち、八十点以上はさばけてしまった。

おそろしやー。

なんとか落ち着いてきて、秋穂さんが僕に小声で言う。

「一点だけとはいえ、取り置き許可してくれてありがとう。多分、会員全員同じ気持ちだから…」

その言葉にはずっしりとした重さが感じられた。

そして、昼近くになると会場も落ち着いてくる。

入場者ものんびりと会場を回ったり、会員や知り合いのモデラーと談笑したりといったのんびりとした空間になっている。

最初の一時間のあの戦場は何だったのだろうか。

そう思わずにはいられない。

そして、会員達も順次休憩を取り、こっちに周ってきては、残った商品を見て、欲しいものが残っていればそれを手に、残っていなければ少しがっかりして取り置き分を買っていく。

僕とつぐみさんも、南雲さんたちが用意してくれたお弁当を順に交代して食べ、会場を見て周った。

前回しか知らないが、今回はかなり入場者は多いのではないだろうか。

そう思い、南雲さんに聞くと、どうやら二倍近い数のチケットが捌けたらしい。

最初こそ混雑したものの、その後はいつも以上の活気ある展示会になったようだ。

即売会の方も、昼過ぎになると悟さんが展示会を周ったついでに寄ってうれしそうな笑顔を見せたり、佐藤さんがキットの売り上げを見に来て驚いていたりといった事はあったが、それ以降はたまご飛行機シリーズがちょこちょこ売れるくらいでのんびりとした雰囲気だった。

まぁ、目玉となる訳あり品がほとんど売れてしまったのだからそうなって当たり前だ。

もうあんな地獄は勘弁して欲しい。

まぁ、でもそのおかげで、今の目の前の光景があるのだが。

お父さんとお母さんに連れられて、たまご飛行機を選んでいる男の子。

多分、お父さんに「どれがいい?」と言っているのだろう。

笑いながら迷うお父さん。

それを見て、笑うお母さん。

それに釣られるように笑う男の子。

みんな楽しそうに笑っている。

「なんかいいよね。ああいうの……」

その様子を見ながら思わず僕は呟いていた。

するとそばにいたつぐみさんも「そうですよねぇ……」と言って見入っている。

いつの間にか、僕の右手につぐみさんの左手が当たり、当たり前のように手を繋いでいた。

「ああいう光景を作り続けたい」

そんな僕の言葉に、つぐみさんがうれしそうに僕の手をぎゅっと握り締める。

思わずつぐみさんの方を向くと、僕を見てすごく素敵な笑顔で笑っているつぐみさんの顔がそこにあった。

「出来ますよ」

「出来るかな?」

「きっと出来ますよ。だって……」

そこまで言って、少しくすりと笑う。

「私の大好きな貴方なら、出来るに決まっているじゃありませんか」

その言葉にプレッシャーを感じつつも、僕はすごくうれしくてたまらなくなっていた。

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