打ち上げ会場になっている居酒屋『花暖簾』の奥座敷はすごいことになっていた。
参加人数は、星野模型店からは、僕とつぐみさん。それに遅れて美紀ちゃんと悟さん。
有限会社佐藤からは佐藤さんが。
それに今日の打ち上げに参加することが出来る同好会会員二十一名と飛び入り参加のモデラーさん達や知り合いの模型同好会の人達が十三人の合計三十九名。
結果、奥座敷三部屋全部を使っての大掛かりなものになっていた。
最初の乾杯から、テンションが高かったのだが、三十分もしないうちにどんどんちゃんちゃんの大盛り上がりとなっている。
しかし、残念な事に僕は車の運転もあるため、ウーロン茶を飲んでたりする。
ちなみに、美紀ちゃんや悟さんも少し遅れてだがお店を閉めて参加していたりする。
「確か午後八時まで営業じゃなかったっけ?」
そう聞き返すと、「たまにはいいってこさ」と言う返事が悟さんから返ってきた。
なお、徹くんは一応十八だが高校生で受験生の為、未参加だ。
「僕も美紀さんと騒ぎたい」と最初は言っていた徹くんだったが、「お前は受験生だろう。だったら、少しぐらいは我慢しろっ。その代わり、受験が終わったら絶対に呼んでやる」という南雲さんの言葉に頷くしかなかった。
だから、居酒屋でヤキトリを二十本ばかり焼いてもらってお土産に持たせている。
もちろん、昨日の運送や準備の手伝い。それに今日分の手伝いも含めて少しだがバイト代も出すつもりだ。
もっとも、本人は最初こそ、「美紀さんの傍にいるだけでいいですから」なんて言ってたけど「バイト代でデートでもすればいいじゃないか」と囁くと受け取る事にしたようだ。
そうそう。素直が一番だ。
それに好きな女性に見栄を張りたいからデートはお金がかかるものなのだ。
そんなわけで、僕はお酒を飲まないで場の雰囲気楽しみながら食事していたんだけど、つぐみさんは乾杯の後、ビールを一人で一瓶空にして、その後はいろいろつまみつつ日本酒をちびりちびりやって料理とお酒を楽しんでいる。
時折、「あっ、これおいしい。どうやって作ってるんだろう…」とか「ふむふむ。これは出汁がキモなのね」とかぶつぶつ言ってたりするが、意外と渋い飲み方だ。
その反対に、美紀ちゃんはかなり派手な飲み方をしていた。
乾杯の後、ビール、チューハイ、カクテル……。ともかくいろんなお酒を飲み、いろんな人との会話を楽しんでいた。
それ以外の人たち、悟さんは熱燗を飲みながら、若い会員と楽しそうに模型談話をしているし、秋穂さんは女性モデラーたちと恋話で盛り上がっている。
向こうの方では、梶山さんが汚しのテクニックを熱心に他の会員やモデラー達に語っていたりする。
しまったなぁ。
僕も代行か何かにして飲めばよかったな。
そんな事を思っていたら、南雲さんと佐藤さんがやってきた。
「楽しんでるか?」
そう言う南雲さんはコーラなんかを持っている。
南雲夫妻の場合、二人とも参加の飲み会の時は、秋穂さんと交代で運転手をすることにしているらしい。
そんでもって今回は、南雲さんが運転手の番になっていたようだ。
「まぁ、どうせ幹事だからあんまし飲めないんだけどよ」
そう言いつつも、うまそうに酒を飲む秋穂さんの方を恨めしげに見ていたりする。
「まあまあ。ところで佐藤さんは飲まないんですか?」
僕が話をふると、透明な液体、ミネラルウォーターの入ったコップを口に運ぶ。
そして一口飲んだ後、苦笑して答える。
「飲みたいんですけどねぇ。残念ながら医者に止められていまして……」
どうやらドクターストップらしい。
「どこか調子悪いんですか?」
「ええ。ちょっと肝臓がね。ところで、最終どうでした?」
答えた後、話を変える佐藤さん。
どうやらあまりしたい話ではないようだ。
或いは、売り上げや売れ残りとかが気になっているのかもしれない。
「ええ。おかげさまで、訳あり品は百六十点すべて完売です。たまご飛行機も八割近く売れましたね」
「おおおっ、それはよかった」
「やっぱりさ、展示品の中にお前が作った見本みたいなやつがあったし、後、デフォルメ改造マニュアルとデフォル目デカールも大きかったよな。他の県の同好会のやつがうなってたよ。あれはすごくいいと」
「そうですか。それはよかった」
「あと、それでな、お前にマニュアルのコピーを使っていいか連絡を取りたいと言ってたぞ。確か、そいつの同好会は子供対象のプラモデル教室みたいな事をしているらしくてさ、出来れば正式に許可を取って使いたいといってたな」
「ほほう。律儀な人ですね」
佐藤さんが感心したように言う。
「まぁ、そういうきちんとしたやつだから付き合いを続けているんだけどな。それでどうするよ?」
「うーん。あれはもう星野模型店の方の管理になっているといってもいいからな。つぐみさんに話してみますよ」
「よろしく頼むぞ」
南雲さんはそう言って、ヤキトリを口に運んだ。
「それでですね。今回、これだけ実績を作ったんですから、うちとしては本格的に参加したいと思うんですよ」
そう言ったのは佐藤さんだ。
展示即売会に協力してくれたとは言っても、あくまで星野模型店に協力したのであり、直接協力したわけではない。
だから、今度は直接参加したいということらしい。
その言葉にしばらく考え込む。
そして、僕は口を開いた。
「なら、今度からは、訳あり品の準備や用意は佐藤さんの方にお任せしていいですか?もちろん。今回のように帯を作ったり組み合わせをしたりと言った事はこちらでしますし」
その僕の言葉にわかったのだろう。
「つまりは、買取ではなく、貸し出しで品物を出して欲しいと?」
「そのとおりです。次回は、今回以上の品数になると思いますが、今売り上げがいいと言ってもそんな大金をぽんぽん動かせるほど多分余裕はないと思います」
「ふむふむ。最初に言われていた案ですよね」
そう。この企画の最初に佐藤さんに言ったこと。
一時的に商品を借りての販売。
売れ残った商品は返品し、売れた分だけの卸値を支払うという方法だ。
この方法の利点は、売れ残ったとしてもデッドストックにならないこと。
欠点は、利益が少ない事。(基本、貸し出しの場合は、卸値はあまり割引されないことが多い)
しばらく考え込む佐藤さん。
しかし、すぐに笑顔で頷く。
「いいでしょう。次回からは、貸し出しでいきましょう」
しかし、すぐに言葉を続ける。
「今度する時はうちの社員一人派遣しますんで、やり方とか知識を徹底的に教え込んでくださいよ」
要は、他の即売会とかでも同じように出来ないかと考えているようだ。
それは南雲さんにもわかったのだろう。
「あんまりいろんなところでやられるとせっかくの相乗効果がなくなるんじゃないか?」
そう言って牽制する。
「大丈夫ですよ。近場では絶対にしませんから」
「本当ですか?」
「本当です。だって、こっちもこのイベントの売り上げ下がったら意味ないですからね。やはり加減を決めて美味しくいただけるようにしないと」
その言葉に僕と南雲さんは苦笑した。
佐藤さんらしいと。
結局、打ち上げの一次会は、二十一時三十分ごろにお開きとなった。
悟さんと美紀ちゃんは二次会に参加するらしい。
僕は明日は仕事があるため、二次会は辞退した。
つぐみさんももうおなかいっぱいなのでと言って辞退している。
だから、僕はつぐみさんを家に送ることにした。
酔ってほんのりと頬を染めるつぐみさん。瞳は潤み、時折唇を舐める舌の動きがなめまかしい。
ドキドキしながらも、無事駐車場に着く。
「着きましたよ、つぐみさんっ」
「もう歩けなーいっ。つれてけ~っ」
普段のつぐみさんからは想像できないほどあっけらかんとした言葉使いとわがまま。
僕は困ったなという表情をしつつも、ドキドキしてつぐみさんに肩を貸す。
そして、言われるままに鍵を開けて建物の中に入った。
誰もいない建物の中は真っ暗で、明かりをつけて店先を過ぎると奥の方に移動する。
「はい。着きましたよ、つぐみさん」
僕はそう言って靴を脱がせて居住区の入口につぐみさんを座らせる。
「やだぁっ、お部屋までっ、つれてけーっ」
つぐみさんはそう言って両手を広げる。
「えっと、それはどういう……」
「抱っこ」
甘えた声でそう言うつぐみさん。
「えっと、それは……」
「やだっ。抱っこっ」
くうーーーっ。
普段なら絶対にありえないそんな蕩けた顔で甘えられると、理性が……。
くーっ。
しかし、ここはぐっと我慢だ。
「わかりました。抱っこですね」
僕はそう言うと、つぐみさんをお姫様抱っこで抱え上げる。
おっ、意外と……。
いかんいかん。女性にそういう話題は禁物だ。
それよりも問題なのは抱き上げた瞬間、つぐみさんの両手が僕の首に回されたこと。
それによって、より体が密着していろいろなところが当たるわ、つぐみさんの匂いにくらくらするわでまるで正気をどこまで保てるか試されているかのようだ。
おまけに、つぐみさん、耳元で息を吹きかけたりしないでください。
くうううううっ。
それでもなくとかつぐみさんを落とすことなく、部屋にたどり着く。
「ここよぉ」
つぐみさんの手が動いてドアが開く。
そこには女性らしい落ち着いた部屋があった。
派手さはないものの、上品な色合いでまとめられている家具。それにたくさんの本棚。そしてテーブルには赤色のノートパソコン。そして白と黒の二重になったカーテンと、少し大きめのベッド。
僕はゆっくりとつぐみさんをベッドに下ろす。
しかし、つぐみさんの両手は、まだ僕の首に回されたままだ。
「はい着きました。手を離して下さい」
そう言う僕の目の前につぐみさんの蕩けた顔。
そして、僕を見て妖しく微笑んでいる。
女は魔物だ。
誰かが言っていた言葉を思い出す。
それと同時に、「昼は淑女、夜は娼婦のような女を男性は好む」という話もあったなと思ってしまう。
何を考えているのか僕自身もわけがわからない。
そして、ゆっくりとつぐみさんの顔が近づく。
逆らえなかった。
いや、もう逆らう気さえなかった。
そして僕も引き寄せられるように顔を近づけ、ベッドに倒れこむ。
それを待っていたかのようにつぐみさんの体が密着してきた。
自己主張するかのようにふくらみが押し付けられる。
がちゃん……。
頭の中で何かが外れるような音がした。
それは理性と言う名のタガのようだった。