とろんとしたまどろみの中、私は暖かくて安心出来るものに包まれている感覚を感じていた。
何だろうと思ってうっすらと目を開けると彼の寝顔がそこにある。
どうしてかは知らないが裸だった。
そして、私も裸のようだ。
下着や服のようなものがなく、二人とも素肌で布団に包まっているといったほうがいいだろうか。
その瞬間、わかってしまった。
ああ、夢か……。
私はそんな事を思いつつ、夢なら何してもいいよねと思いつつ彼の胸に顔を埋める。
彼の匂いが鼻の奥をくすぐる。
ドキドキと鼓動が聞こえ、彼の体温が感じられる。
顔を埋める事で暖かさで包まれている感覚が強くなった。
なんて幸せなんだろう。
本当にこういう体験できたら幸せなのになぁ……。
私はそう思う。
でも、なぜだろうか。
すごくリアルなのは……。
彼の胸から伝わる鼓動が私をよりドキドキさせる。
だからと言うわけではないが、彼の胸に思わず頬をすりすりしてしまう。
「んんんっ……」
彼の口から声が漏れ、彼の手で優しく抱きしめられた。
ああ、まるで本当に抱かれているみたい。
そこではっとする。
やっぱりおかしい。
ぼんやりとしていた思考がはっきりしていくにつれ、違和感がより大きくなる。
そんな中、昨日の記憶が断片的に脳裏に浮かぶ。
私、昨日、酔って……彼に送ってもらって……。彼、すごく優しくて………すごく………気持ちよくて……。
カチリとまるでバラバラだったパズルがきちんとハマったような感覚。
それで全てを思い出した。
そして、全てを思い出した瞬間、かーっと熱が頭に集まって思考が沸騰した。
私、やっちゃった……。
慌てて起き上がろうとして、自分も裸だという事を思い出す。
えっと……下着っ、下着っ。
周りを見渡すと、彼の服と私の服が放り出したかのように散乱している。
彼がまだ寝ている事を確認し、起こさないように彼の手から離れて服を身につけ始める。
何気なく時計を見たのは下着を着け終わったときだった。。
七時過ぎだった。
そういえば、昨日、彼は何と言ってただろうか。
確か「明日も仕事だから一次会で帰ります」と言ってなかっただろうか。
もう一度時計を見る。
正確には七時十一分になろうとしていた。
すーっと血の気が引く。
私は何も考えずに彼の肩に手をかけて揺さぶって声をかけた。
「起きてくださいっ。もう七時過ぎてます。時間大丈夫ですかっ」
ぼんやりとした感じて彼が目を開ける。
「あ、おはよう、つぐみさん……」
「あ、おはようございます」
私も思わず朝の挨拶を交わす。
どうやら彼は朝が苦手のようだ。
もし結婚したら、私が起こさなきゃいけないなぁ…なんて思っていたが、そこではっとした。
そんな場合じゃないっ。
「今日仕事ですよね?仕事あるんじゃないんですか?」
「仕事?」
ぼんやりとした口調でそう呟く彼。
私は時計を見せる。
少しの間それをじっと見ていた彼だが、はっとした表情を浮かべて跳ね起きた。
ふとんがめくれ上がり、もろに見えてしまう。
まぁ、もっとも昨日の夜も見たのだが、思わず目を手で覆って悲鳴を上げる私。
その悲鳴で自分が裸だと気がつく彼。
慌てて布団を身体に巻きつける。
そして、悲鳴を聞きつけたのだろう。
何事かと慌てて私の部屋に飛び込んでくる美紀ちゃん。
そして、今度は美紀ちゃんの悲鳴。
打ち上げの翌日の朝は、実に波乱万丈な混沌とした状況から始まったのだった。
彼が慌てて仕事に向った後、美紀ちゃんと二人で少し遅い朝ごはんを食べる。
さっきからじーっと私を見る美紀ちゃんの視線がとても痛い…。
「彼、泊まったのよね、つぐねぇの部屋に……。ねぇ、もしかして……しちゃった?」
はっきりとした質問に、私は真っ赤になりながらも頷く。
「ふーんっ。そうなんだぁ。しちゃったんだぁ」
意味深な確認にますます血が上っていく。
「ふふふっ。いつ彼をお兄ちゃんと呼べようなるのかなぁ…」
美紀ちゃんは楽しそうにそう言って笑う。
「もう、美紀ちゃん、からかうのやめてよっ」
「でも、まんざらでもないんでしょ?」
図星を突かれて言葉を失う。
それで調子に乗ったのか、興味津々で聞いてきた。
「ねぇねぇ、気持ちよかった?」
思わずこくんと頷いてしまって慌て首を横に振った。
「今のなしっ」
そう言って美紀ちゃんを見ると、ニマリといやらしそうな笑みを浮かべる美紀ちゃん
「もう、そんなこと聞く暇があったらさっさと短大に行きなさいっ」
思わずそう叫んだ私に、「はいはい……」と返事をして、美紀ちゃんは笑いながら食べた食器を流し台に運ぶとうれしそうに出て行った。
多分、これから短大に行く準備をするのだろう。
美紀ちゃんが出て行った後、私は大きくため息を吐き出した。
どんな顔で、彼に会えばいいんだろうと思って。
時間が止まればいいなぁとも思ってみたが、それでも時間は待ってはくれない。
あっという間に開店時間になったので私はお店を開ける。
すると待っていたのだろう。
おじいちゃんがお店の中に飛び込んできた。
よほど急いだのだろう。
息を切らしている。
そして、私の顔を見るなり「よくやったっ」と叫んで私の肩をがっしりと掴む。
何の事かわからなかった私だが、おじいちゃんの「美紀から聞いたぞ」と言う言葉からすべてを理解した。
そういえば、以前からおじいちゃんは彼とさっさと結婚しろとか言ってたっけ。
たからなかなか進展しない私達の仲にヤキモキしていたに違いない。
だから「よくやったっ」という第一声なのだろうが、なんか嫌だ。
結婚する為に彼としたみたいで。
まぁ、確かに酔った勢いでという事はあるが、私は本当に彼としたかった。
それだけのはずなのだ。
だから、自然と言葉が出た。
「いい加減にしてよ、おじいちゃんっ」
しかし、おじいちゃんは引かない。
「何言ってる。つぐみは彼のことが好きで、彼もつぐみのことが好きなんだろう?」
「まぁそうだけど……」
確かにそのとおりなのだが、なんかすっきりしない。
「なら、問題ないじゃないか。バンバンやってしまえ。もちろん出来ちゃった婚は大歓迎だ!!」
なんかものすごくイラっとした。
ええ、本当にイラっとしましたよ。
だから、私は無言で近くにあった箒に手をかける。
そして、ゆっくりとおじいちゃんの方を見た。
その瞬間、おじいちゃんは真っ青な顔でウサギのように店から逃げ出していた。
もう、足の調子悪いはずなのに、なんでいつも逃げ足だけは速いのよぉ。