「おかしくないですか?」
頬を少し朱に染めてそう言いうつぐみさん。
そこには、淡いピンク色のドレス、その上から黒い感じの色合いの肩掛けとそれにあわせて白っぽい低めのヒールを掃いたつぐみさんの姿があった。
開いた首元には指輪をつけたチェーン、耳元には赤い宝石のついた小さなイヤリング。髪は、少し後ろに流し気味で、普段は隠れがちの耳元を出している。その流している髪を抑えるのとワンポイントを入れるためだろうか。髪にも小さなアクセサリーがはめられている。
そして、普段はナチュラルメイクに近いのだが、今日は化粧もかなり気合が入っている。しかし、厚化粧とは感じない程度で、実に自然な感じだ。唇を飾る鮮やかな朱の口紅が白い肌にマッチして実に色っぽい。
もっとも、黒縁の眼鏡は相変わらずで、そこですごく安心してしまうのはそれだけその眼鏡とつぐみさんが一緒にあるのが当たり前と思ってしまっているのだろう。
思わず見とれてしまって言葉が出ない僕だったが、美紀ちゃんが肘でつつかれて我に返った。
「す、すごくきれいだよ、つぐみさん」
その言葉で少し不安気味だった表情が、安心をたたえた微笑に変わる。
うっ……。やばい。
最初見たときより数倍きれいだ。
心臓がドキドキしてしまう。
そして、それと同時にこの人が僕の彼女なんだと誇らしげに思う。
「大丈夫かなぁ……」
そんな僕を見て、美紀ちゃんがため息を吐き出す。
「そんなんでつぐねぇちゃんとエスコートできるの?」
「だ、大丈夫だよ。きちんとするに決まってるじゃないか」
「本当かなぁ。きっと他の男達に声かけられたりするから、しっかり守ってよね」
美紀ちゃんが心配そうにそう言っている。
確かに今のつぐみさんなら、間違いなく十人中十人は声をかけるだろう。
それでなくても、友人の結婚式は、知らない異性と出会うことが出来る場なのだ。
独身の男も女も気合を入れてくるに違いない。
「私は、あなたの方が心配です。女の人に誘われてもどこにも行かないでくださいね」
つぐみさんが心配そうに言ってきたので、胸を叩いて答える。
「つぐみさんよりきれいな人はいませんよ」
その瞬間、白い肌が真っ赤になる。
そして、言った僕も真っ赤になった。
そんな僕らを見て、美紀ちゃんはあきれ返った声で言った。
「本当にいつもどおりなのねぇ、つぐねぇ達は。それよりさっさと行ったら?あんまし時間ないんでしょう?」
そう言われ、時間を確認する。
確かにそろそろ出ないとまずい時間帯だ。
「じゃあ、いこうか、つぐみさん」
「はいっ」
こうして僕らは友人の結婚式に出発したのだった。
結婚式会場には、途中道が混んでいた為に三十分前ぐらいに到着した。
受付に行くと、さっそく控え室に呼ばれる。
そこには、赤いウェディングドレスを着た野々村牧子さんと白いタキシードを着た牧瀬修一さんがいた。
牧子さんのウェディングドレスはかなりきわどい胸元で、豊満な胸を強調するかのようだった。それに燃えるような赤が彼女に実にぴったりだ。
うーん、負けてますね。
思わずそう思ったが、彼はそんな彼女を見てもいつもどおりの様子なので少しほっとする。
ちなみに、修一さんの白いタキシードもかっこよかったが、やっぱり少し細すぎて、物足りない感じだ。
やっぱり彼ぐらい肉がついてないと……。
そんな事を思っていたら、彼に向って修一さんが声をかけてくる。
「今日はよろしく頼むぞ」
「知らないからな、どうなっても」
そう言ってにやりと笑う彼。
そう。どんな事を喋るかは、二人に連絡していないのだ。
彼曰く、サプライズだそうだ。
私からしてみれば、茶目っ気たっぷりの悪戯って感じなのだが、どうも修一さんはそう思ってない様子だ。
「うっ、ともかく、お、お手柔らかに…頼むぞ」
互いに親友同士。
相手の苦手な事や失敗談なんてものは知り尽くしている。
それをこんな時にばーんと披露された日には、された方はたまったものではないだろう。
「ふっふっふ……。楽しみにしていろよ」
「本当に、本当に頼むからな」
そんな二人を牧子さんと私は見ている。
「なんか昔みたいでうれしいな」
牧子さんがそう呟いてほっとしたような表情になった。
いくら縁が戻ったとはいえ以前のような関係にならない恐れさえあったのだ。
それを心配していたのだろう。
「大丈夫ですよ」
私はそう言って牧子さんを見た。
「ふふっ。つぐみさん、変わったわね」
「えっ?何がでしょう?」
「以前のがむしゃらというか余裕のなさがなくなってる感じだね。ふふっ……。進展したの?」
その問いに私は少し頬を染めて頷く。
「そっかぁ。なんか、ほっとしたわ」
そう言うと、視線を私の方に向けた。
その目は真剣だった。
「本当に彼のこと、よろしくね」
私は答える。
「もちろんです」と。
修一さんと牧子さんの結婚式は時間通り始まり、問題なく進行していった。
そして、恒例の会社の上司の言葉の後、友人代表として彼のスピーチの番になった。
修一さんがなんかハラハラした表情で見ているのに対して、牧子さんは余裕たっぷりの様子で、実に対照的で面白い。
彼はマイクの前に立つと緊張をほぐすかのように軽く深呼吸をした。
そして、会場全体を見渡しながら話し始める。
「えっと、こういうたくさんの人の前で話すのはとても苦手なので、持ち時間の五分を少しオーバーするくらいの間、新郎や新婦との昔の話をしたいと思います」
笑いながらそう言う彼の言葉に少し笑いが起こる。
「えー、ぶっちゃけて言いますと、彼が彼女と知り合うきっかけは僕のおかげです。そんな美人の奥さんと結婚出来たのは、私のおかけですから、新郎、感謝するように」
彼は、少し軽い感じでそう言いながら茶目っ気のある表情で新郎である修一さんを見ながら言う。
その様子は、テレビやトークショーに出てくる噺家のようで、会場に程よい笑いを誘いつつ彼と彼女との馴れ初めや告白などを面白おかしく話していく。
彼の話にあわせて新郎はあたふたとしているし、新婦は必死で笑いをこらえていたりしていて、彼の話を聞きつつその様子を見るのは実に楽しい。
また、その前が硬い上司の話だったこともあり、会場は程よい笑いに包まれていく。
実にいい雰囲気だ。
多分、この場に居る誰もが笑い、このカップルの幸せを願ったに違いないと思う。
私もクスクス笑って話す彼を見ていた。
そのうえ、自分の知らない別の顔を見られてすごく満足感に満たされている。
この人のもっと違ういろんな顔をより知りたいと思うほどに。
そんな楽しい時間がずっと続きそうな彼の話だったが、時間が来たのだろう。
「えっと、これ以上言うと新郎に後で何言われるかわららないのでこれくらいにしておきます。もし、新郎になんか文句を言われている僕を見かけたら、皆さん助けでくださいね」
そう言って笑いを取った後、少し間をおいてうれしそうな微笑を浮かべて二人を見た。
「修、牧子ちゃん、結婚おめでとう。絶対に幸せになってくれ」
その言葉はさっきまでの軽い感じてはなく、真剣な、そして思いが籠められた言葉だった。
「それでは、僕の話は終わらせていただきます。ありがとうございました」
彼は、さっきまでの軽い感じの話し方に戻るとそう言って頭を深々と下げて締めくくった。
それと同時に会場には拍手が起こる。
そんな中を、彼は二人の方に行き、それぞれ握手をして私の隣の席に戻って来た。
「お疲れ様」
「ははっ、少し焦ったよ」
顔は笑っていたが額に浮かんだ汗がその言葉を裏付けていた。
「まさか、こんなに食いつきがいいとは思わなくてね。話していると実に楽しかったんだ。昔の事を思い出してね。本当に時間を忘れるところだった」
私は、白いハンカチを取り出すと彼の額の汗をやさしく拭く。
彼はうれしそうにされるがままだ。
私は汗を拭き終わると、微笑んで言った。
「面白かったですもん。それにあなたもノリノリだったし」
「ありがとう。なんかさ、昔に戻ったような感覚になったよ」
遠くを見るような目で新郎新婦を見る彼。
いろんなことがあったのがそれだけでわかる。
そして、そんな二人に私は少し嫉妬を覚えた。
私の知らない彼を彼らは知っているという事実に。
しかし、それと同時に、彼らが知らない彼の事をもっと貪欲に知りたいと思った。
だから私は彼に言う。
「彼らとの思い出以上のものを私達も作りましょうね」
その私の言葉に彼は視線を向けて頷く。
「そうだね」
そして微笑む彼に心配していた牧子さんへの未練の色はなかった。