つつがなく進行していき、結婚式は終了した。
ちょっと残念だったのは、ブーケが取れなかったこと。
牧子さんが私の方に投げてくれたんだけど、私の前に居た三十代後半ぐらいの女性があまりに必死なので無理に取らなかった。
そんな私を見て、彼が「残念だったね。でも、大丈夫だから」と言ってくれる。
なんかブーケは取れなかったけど、その言葉が聞けただけでよし!!とか思ってしまった。
ほんの少し前までは、結婚と言うとあんまり乗り気にならないどころか、いいイメージなかったんだけどね。
もちろん、元許婚の母親のせいではあるが。
だけど、それも彼と彼の母親のおかげでなんか結婚に対して、少し前向きになれたような気がする。
もちろん、相手は、彼でという限定的なものではある。
「二次会、どうする?」
彼がそう聞いてくる。
多分、彼は行きたいんだろう。
いや、行きたいに決まっている。
親友だもの。
それに以前愛した人だもの。
だから、本当はすぐにでも行きましょうかと返事をすべきだろう。
しかし、なんか心の中で、すぐに返事をしたくない皮肉れた自分が居る。
少し嫉妬心があるのかもしれない。
だから、少し考えた振りをする。
「あ、つぐみさんが無理ならいいんだけど……」
かれは優しいからそう言ってくれる。
何で私、すぐ返事をしなかったんだろう。
簡単だ。
彼が二人より私を優先してくれる事を確認したかったんだ。
自分自身、なんて嫉妬深いんだろうと思う。
でも、そうしないと怖いと感じる弱い自分がいる。
多分、私は、もう彼にゾッコンで、彼なしの人生なんて考えられなくなってしまっているのかもしれない。
そんな事を考えつつ、私はにこやかに微笑んで返事をする。
「いいわ。参加しましょう」
なんて嫌な女なんだろう。
そう思う。
だけど、なんか幸せそうな牧子さんのウェディング姿をみて、多分私は嫉妬して、そして悔しいと思ってしまっているのだろう。
だって、普段はそんなことまで考えないのに。
だって、彼はいつも私を見ていてくれるから。
二次会は、近くのおしゃれなバーを貸切で行われた。
かなり大き目のお店で、二次会参加者四十人近くが入っても余裕がある。
右端に十二席のカウンター、左側には四人座れるテーブルが六つ、奥の方に六人座れるテーブルが三つあり、中央は広くなってダンスをしたりイベントをしたり出来るようになっている。
そして壁には、大きなポップが張り出され、そこには「牧瀬修一さん、野々村牧子さん、結婚おめでとう」と大きく書かれていた。
「懐かしいな……」
彼がそう口にして店内を見渡している。
私が不思議そうな表情で見ていたのに気がついたのだろう。
「昔ね、ここで三人で馬鹿やらかしたことがあってね、それで店長に平謝りしてさ。店長がすごくいい人でね。僕達を気に入ってくれてさ、それ以降、ここはよくいく店の一つになったんだ」
懐かしそうにそういう彼。
そしてそんな彼に中年の男性が近づくと「よう」と声をかけてくる。
「あっ、噂をすればだ。彼がここの店長さんだよ」
私にそう教えてくれると、彼はにこやかに男性、いや店長に声を返した。
「お久しぶりです」
「本当に、久しぶりだねぇ。ほんと、来なくて寂しかったぞ」
そう言ってニヤリと笑う店長。
「何言ってるんですかっ。どうせ、僕の払う分の売り上げが下がって寂しかったんでしょう?」
笑いながらそう返す彼に、店長は豪快に笑いながら、「それだけ言えるなら、元気にやってるな」と言って手を差し出した。
「はい。おかげさまでなんとか」
手を握り返しながらそう答える彼。
店長の視線が、彼から私に向けられる。
「そっちの美人さんが、彼女ってことでいいのか?」
「はい。美人でしょう?」
彼はそう言って笑っている。
「うん。そうだな。牧子ちゃんとは違うタイプの美人だ」
そう言ってじっと私を見る店長。
頭を下げて、少し微笑む。
うーん、うまく笑えているだろうか。少し自信がない。
そんな私をしばらく観察した後、店長は彼に視線を戻してニヤリと笑う。
「ふむ…。お前にお似合いの女性だな。大事にしろよ」
「はいっ。もちろんですよ」
「じゃあ、楽しんでいけよ」
そう言って店長は、その場を離れていった。
「なんか、心の奥を覗かれているみたいな感じしました」
思わず私はそう呟く。
すると彼は頷きながら、「そんな感じがするんだよね。多分だけど、いろんな人を見てきているから、わかっちゃうのかもね」と言葉を返してくれる。
そんな事を話していると、時間になったのだろう。
司会進行の人が出て来てマイクを握る。
「さてっ、時間になりましたので、修一さん、牧子さんの結婚式二次会をはじめたいと思います。皆様、テーブルの方に移動してください」
そう言われ、僕らも近くのテーブルに着く。
各自に飲み物か配られて準備が整う。
もちろん、彼は運転する為、結婚式からずっとウーロン茶だ。
なんか申し訳ないので、私もウーロン茶にしている。
「それでは、お二人の入場です。皆さん、拍手を~♪」
一斉にみんな立ち上がり、拍手が沸き起こる。
そして、そんな中、新郎と新婦が奥から手と手を取り合って現れる。
わーっと盛り上がる会場。
二次会は無礼講と言うこととアルコール入っててる人が多い為、かなりタガがみんな外れているらしい。
まずは二人の挨拶。そして乾杯!
みんな楽しそうに酒と会話を楽しんでいる。
彼も元上司や同僚に捕まり、向こうに連れて行かれてしまった。
「すみませんっ、つぐみさんっ」
「大丈夫ですよ、いってらっしゃい~」
私は連れていかれる彼に苦笑を浮かべて手を振って見送った。
しかし、そうなると、新郎新婦以外の知り合いのいない私としては、手持ちぶさになってしまう。
仕方ないから料理を楽しんでいると、後ろの方から声をかけられた。
「お嬢さんっ。一人?」
なんか軽そうなヘラヘラしたひょろりとした男性とニヤニヤ笑いの小太りの男性がそこにいた。
二人ともかなりお酒を飲んでいるのだろう。
かなり顔が赤い。
「いえ。一人ではないですよ。連れが今、席を外していますけど」
私がそう言うと、ヘラヘラした男性が私の横に無理やり座り込み、顔を近づける。
「ならさ、俺らと少し楽しくお話ししょうぜ」
お酒臭い息が不愉快だがここは祝いの席だ。少し我慢をすることにした。
「すみません。もうすぐ帰って来ると思いますから、すみません」
そう言って、愛想笑いを浮かべて頭を下げる。
しかし、男性はそんな事をお構いなしに私に身体を寄せてくる。
「いいじゃん。いいじゃん。少しぐらい話そうよ。それだけだからさ」
そう言いつつ、私が押し返そうとした手首を掴む。
「やめてください」
「何言ってるのっ。スキンシップだよぉ。しかし、美人さんだねぇ。でもさぁ……」
そう言いつつ、男性の手が顔に伸びる。
そしてあっという間に、私の眼鏡が外された。
「いやっ。返してっ」
私が必死に眼鏡を取り返そうとしたが、まるでそれを軽くあしらうかのように眼鏡はもう一人の男性の手に渡る。
「やっぱり眼鏡ない方が美人だよ。こんな眼鏡、要らないよなぁ。コンタクトにした方がいいって」
「返してくださいっ。眼鏡、返してっ」
「ならさ、俺達と付き合ってよ。ならさ、眼鏡は返すからさ」
その言葉に私はカッとなった。
ここがどこだがどうでもよかった。
怒りが湧き、憎しみが心を支配した。
ぎりっと男性を睨みつけ、叫ぼうとした。
しかし、それは出来なかった。
「お前ら、人の連れに何してんだよ」
静かな、しかし、人をゾッとさせるような怒気の含まれた声が聞こえた。
そこには、小太りの男性から眼鏡を取り返した彼と、ボキボキと拳を鳴らして二人を睨みつける新郎の姿があった。
「お前ら、俺の親友の彼女に手を出すなんざいい度胸してるな」
新郎の声も低くドスがきいている。
「声かけるだけだったら、アルコール入っているから少しぐらいは大目に見ようと思ったが、そこまでやられたら絶対に許せないな」
彼がそう言うとヘラヘラしていた男性の手首を強く握ってテーブルから引きずり出す。
男性はその場にへなへなと崩れるように座り込む。
小太りの男の方もその隣で座り込んでいる。
二人とも真っ青になっており、多分酔いもすっかり冷めてしまっただろう。
そして、何人もの女性や男性が周りを囲んで二人を責めている。
そんな様子をぼんやりと見ていた私だったが、彼が私の傍に近づく。
「大丈夫だった?つぐみさん。ごめん。助けるの遅くなった」
彼はそう言って眼鏡を私にそっとかけてくれる。
まるで傷つけないように優しく優しく。
そして眼鏡をかけてくれた瞬間に、すーっと私の中で何かが外れる。
私は彼の腕の中に飛び込んで泣き出していた。
そんな私を優しく抱きしめ、彼は落ち着かせようとやさしく肩を叩く。
私は、ただ私を包んでくる優しさと暖かさに身を任せるだけだった。