「ごめんなさい、つぐみさん」
「本当にすまん、嫌な思いさせてしまって」
新郎新婦が、私に頭を下げて謝罪する。
「ごめん。すぐに来れなくて」
そう言って彼も頭を下げる。
「い、いえ。こっちこそ、うまくあしらわないといけないのに。せっかくの結婚式に……」
私は申し訳なくてそう言って頭を下げる。
なんか、周りから見たらすごい光景だろう。
全員が全員頭を下げまくっているのだから。
まぁ、日本ではありがちの光景なのかもしれないけど。
さすがに、それでは埒が明かないと思ったのだろうか。
中年の男性が近寄ってきて「まぁまぁ……。これはお互いの落ち度って言う事で」と言って収めようとする。
「すみません。課長」
新郎が頭を下げる。
どうやら彼の会社の課長さんらしい。
「いいってことだよ。こんなお酒の入ったときにはよくある出来事だよ。やっぱり、自分にはない幸せを得た人を見ると焦りまくるなんていう人っていうのは結構いるからな」
そう言って課長さんが苦笑して周りを見ると、何人かの男女がなんか顔をそらしたり、こっちを見ないようにしていたりする。
まぁ、結婚式は出会いの絶好の機会だっていう話を聞いたことがあるので、今の話、なんか納得してしまう。
「しかし、あれはいただけないな。嫌がること話強要するというのは、酒が入っていたとしてもやってはいけない事だよ。彼らにはきっちりと注意しておくから許して欲しい」
そう言って私に頭を下げる課長さん。
私は慌てて頭を上げるように言う。
また彼も苦笑して、「つぐみさんもこう言っている事ですし」と言ってフォローしてくれる。
「そうですよ。課長の責任じゃありませんって。悪いのはあいつらですよ」
「そうですよ。気になさらないでください」
新郎新婦もそう言ってくれる。
頭を上げた課長は、苦笑して言う。
「なんか、お前らの尻拭いしていたころを思い出したよ。あのころはお前らのおかげで頭下げっぱなしだったからな」
「懐かしいですねぇ」
新郎がそう言うと
「その節は、すみませんでした」
笑いつつ彼が言葉を続ける。
それに課長も笑って言い返す。
「まったくだ。お前は別の部門に引き抜かれるし、こいつはせっかくモノになったと思ったら辞めやがって……」
そう言った後、優しそうな微笑を浮かべて彼に聞く。
「今の生活はどうだ?」
「ボチボチですよ。彼女も出来ましたしね」
そう言って私を見る。
なんかすごく恥ずかしいんですけど。
「そうか。彼女、大事にしろよ。あと、何かあったら相談に乗るからな。一応言っておく。仲人なら大歓迎だ」
そう言って笑いながら彼の肩を軽く小突いて立ち去った。
「敵わないな、本当に」
彼がそう呟く。
その横顔は、うれしさと申し訳なさが掻き混ざったような表情になっていた。
その後は、トラブルもなく二次会は終了する。
後で聞いた話だが、あの騒動の後、なんかカップルが四組も出来たらしい。
どうやら悪い例を見てしまった男性が穏やかに無理強いしないように注意して女性に声をかけ、女性もあんな男とは比べようもない男性の優しいお誘いにうれしくなってそういうことになったらしい。
牧子さんのそんな報告を聞いて、ああ、やっぱり友達の結婚式は出会い絶好の機会なのだと再認識した。
さすがにあんなことがあった上に時間も時間なので、私達は新郎新婦に三次会は辞退して帰途についた。
「こっちに泊まればいい。なんならホテルを取ろうか」とも言われたが、私にはお店があるし、彼も明日は仕事だというとさすがに無理強いできないと思ったのだろう。
落ち着いたら、遊びに来てくれと言って見送ってくれた。
すでに時間は夜の二十二時を回っており、帰り道は墨汁を流したような真っ黒に染められている。
そんな中、建物などの人工の明かりと空から降り注ぐ月や星の自然の明かりが交じり合い、わずかに道を照らしている。
「今日は、本当にありがとう。それとごめんね」
彼は運転しつつ私にそう声をかける。
「ううん。私も来たかったし、それに助けてくれたじゃない。だから誤る事はしないで」
私はそう言ってゆっくりと眼鏡を外す。
「それって、伊達眼鏡たったんだね」
彼が何気ないように言う。
やっぱり気がついていたんだ。
「いつ気がついたの?」
「この前のベッドの中でかな」
この前っていつよ?
ここ最近はよく泊まっているからそう聞こうと思ったけど、まぁいいや。
「おかしく思わなかった?」
私の問いに、彼はちらりと私を見て微笑む。
「いいや。何か理由があるんだろうと思ったし、それに……」
「それに?」
「すごく似合ってたしね」
そう言って彼は笑う。
私もつられてくすくす笑う。
多分、話さなくても彼は何も言わないだろう。
でも、だからこそ、やっぱり話しておくべきだろうなと思う。
だから、私は口を開いた。
「この眼鏡はね、お父さんの形見なの」
そう言って、じっと眼鏡を見る。
もう何度も修理しており、よく見ると傷だらけのガタガタだが、色が黒と言うこともありあまり目立たない。
でも、それでももうそろそろ寿命だろう。
「私のお父さんとお母さんはね、事故で一緒になくなったんだ。おじいちゃんが私達を引き取ってくれたけど、私はすごく心細くてね。確かにおじいちゃんもおばあちゃんもすごくよくしてくれたし、いろいろ支えてくれた。それでもね、私は心細かったんだ。その時は、まだ正和さんは東京の方の大学にいてね。身近にすがるもの、何か頼りたいものが欲しかった私はこれにすがったの」
そう言いつつ、私は眼鏡を撫でる。
「これをつけているとね、お父さんが私のすぐ傍にいるみたいで、私は私でいられたの」
彼は黙って真剣な表情で私の話を聞いてくれている。
だからこそ、今こそ言うべきだ。
そして、私は軽く深呼吸をする。
決意を口から吐き出すために。
「でも、そろそろ私もこの眼鏡からは巣立たないといけないかな」
そう言って笑う。
彼はいきなり車を道路脇に止めた。
そして私を見つめる。
「無理しなくていいよ。つぐみさんはつぐみさんだ」
そう言って抱きしめてくれる。
自然と目から涙が流れた。
「ありがとう。でも……」
彼の身体が離れ、私を見つめるのは優しい彼の笑顔。
「何言ってるんだい。僕はそんなつぐみさんのすべてを見て好きになったんだから」
そういった後、苦笑して言葉を続ける。
「それにさ、今はもう眼鏡のないつぐみさんは、なんかしっくり来ないんだよ」
そう言って、私の手にある眼鏡を手に取ると私にそっとかけてくれる。
「なんかいいこと言ってそうで、実は酷くない?」
私は泣きながら笑顔を浮かべてそう言い返す。
「そうかな。でもね……」
そう言って、私の唇に唇を重ねて、そして離れてにこりと笑った。
「眼鏡をかけているつぐみさんを見ると安心するんだ。僕のつぐみさんだってさ」
「もう、なによ。それ……
私は少し膨れて見せるが、そんな私の様子がよかったのだろうか。
「かわいい、かわいい」
そんな事を言われて、頭を撫で撫でされてしまう。
「もう、誤魔化されたっ」
私はそう言いつつも、彼の撫で撫でを受け入れて微笑んでいたのだった。