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第92話 H社 1/32 零式艦上戦闘機五十二型丙 その3

あの騒動があってから五日目になっていた。

いつもならもう来ている時間帯だが、東山さんの姿は店にない。

「今日も駄目かな……」

僕が呟くように言うと、つぐみさんも悲しそうな笑顔を浮かべる。

一応、あの後、床に飛び散った部品や道具なんかは拾ってまとめてある。

しかし、壊されたコックピット部分の修復は不可能だろう。

部品取り寄せするにしてもお金がかかる。

結局、このまま終わったとしても、代金は回収しなければならないので連絡はしなければならないだろうが、なんかそれは躊躇われる。

多分、つぐみさんもそう思っているのだろう。

だからずるずると待つ日が続いている。

ふと店内を見渡し、以前つぐみさんに話していた事を思い出す。

「そういえば、たまご飛行機の事、どうなったの?」

他の模型製作同好会から改造マニュアルをその同好会が行っている子供向けの模型製作教室使ってもいいかという問い合わせがあり、それをどうするかつぐみさんに言っていたのだ。

「ああ、あれはもう先方にオッケーの連絡してます。でも、あれって貴方の発案でしょう?何でうちの店の扱いなんですか?まぁ、売り上げは上がったし、新しいお客様も来るようになってお店としては助かりますけど……」

「ああ、発案は僕でも、それをうまく商売に使ったのはつぐみさんだし、やはりあの件は星野模型店の管理にしておいた方がいいと思ったんだ。それに……」

そう言って、僕は微笑んで言葉を続けた。

「僕もこのお店は大好きだから、少しでもこのお店を、違うな。つぐみさんの力になりたかったんだ」

顔を真っ赤にしてして俯くつぐみさん。

「あ、ありがとう」

「いえいえ。どういたしまして」

そう言いつつも、そんなつぐみさんをかわいいなぁと思う。

しかし、たまご飛行機以外も何か新しい企画を考えるべきかなぁ…。

今、増えた新しい客層、小さな子供や親子連れ、女性に受けそうなものがいいだろう。

もちろん、従来のお客様を無視するつもりはない。

今までのラインナップに新しい企画を追加していく。

そんな形を取っていきたいと思うし、新しいお客様達にたまご飛行機だけで終わるだけでなく、もっといろいろ模型製作を楽しんで欲しいと思っている。

うーん、そういうものがないだろうか。

そう考えつつ店内を歩きながら見渡す。

そこでふち目に入った商品があった。

ああ、あれなら。

一度買ってみて、いろいろやってみるか。

そう思ったときだった。

からんっ、からんっ。

入れ口の鐘が鳴る。

いつもなら聞こえるつぐみさんの声が聞こえない。

どうしたんだろうと思って入口を見ると、そこには東山さんが立っていた。

「前回はお見苦しいところをお見せしました」

そう言って、東山さんは頭を下げた。

「あっ、い、いえ、いいんですよ」

慌ててつぐみさんがそう言って頭を下げた。

多分、言い過ぎたかもと思っていたんだろう。

僕も慌ててカウンターに行くと頭を下げる。

「それで……どうなりましたか?」

そう聞くと、東山さんが恥ずかしそうに口を開く。

「店長さんに言われた事がかなりショックだったみたいで、かなり考えさせられたようです。そして、色々二人で話し合った結果、二人であの模型を作ろうということになりました。一人でいいと言うとせめて手伝わせてくれと。それで今までのことの償いにならないことはわかっているがそれぐらいはさせてくれと」

「きちんと話し合われたんですね。それはよかったです。でも、どうしましょう?」

つぐみさんが持って来た模型の箱の中を覗き込み、そう聞く。

「それも決めてきました。新し物をもう一つください。それと家で作るので道具や塗料なんかも追加お願いしていいですか?」

「はい。わかりました。」

つぐみさんがテキパキと道具や塗料の準備を始める。

そんな様子を見ていると東山さんが、僕の方を見ていった。

「またわからない事とかあったら聞いてもいいでしょうか?」

「ええ。わからないことがあったら聞いてください。あ、その時はお店にでも連絡入れておいて貰えると助かります」

「わかりました。こちらこそ、よろしくお願いします」

そう言って頭を下げる東山さん。

「いえいえ、そんな頭を下げないでください」

慌てて僕が言うと、いや、教えてもらうんだから、こうするのは当たり前だといわれる。

うーん。別に師匠と弟子ってつもりでもないんだけどなぁ。

まぁいいか。

そんなことを思いつつ、僕も頭を下げた。

「しかし、ここはいいお店ですね。店長さんもお客さんもいい人ばかりだ。また、ご厄介になっても?」

「もちろんですよ。つぐみさんも喜びます」

「そうですか。そう言っていただけると、私もうれしいです。今度は家内も連れてきますよ」

照れてそう言う東山さん。

その様子から、奥さんとのわだかまりは完全にとはいえなくてもかなり消えたように感じた。

僕はじっと東山さんを見つめる。

「何でしょう?」

そう聞いてくる東山さんに、僕は笑いながら言った。

「いい顔になってますよ」

「ははは……。それはうれしいですね」

僕の言葉に、東山さんは照れて答える。

その後、今までかかった代金と新しく買った模型や道具の代金を払い、荷物に車に乗せて東山さんは帰って行った。

「おじいさんの事もうまくいくといいんだけどね」

「そうですねぇ。でもきっとうまくいきますよ」

「そうだね」

二人でそんな風に少し心配しつつも、こればかりはどうしょうもない。

僕らが関与すべき事を越えてしまった以上、どうする事も出来ないのだから。



そして一ヵ月後……。

東山さんから連絡があった。

僕がお店に行くと、東山夫妻がもう来ていた。

「この度はありがとうございました。おかげで無事おわりました」

そう言って頭を下げる。

「うまくいったんですか?」

つぐみさんがそう言うと、東山さんは苦笑して答えた。

「いや、何も言わなかったんですけど多分自分が作ったものではないとわかったみたいでした」

「そうですか……」

「でも…すごく喜んでくれました。目を輝かせて。そして、私達を見た後『そうか、そうか、大事にしろよ。お前の家族の絆だぞ』って言って……」

多分、おじいさんは、それが東山さんと奥さんの二人で作ったものだとわかったに違いない。

それがわかったからこその言葉なのだろう。

つぐみさんもそれには気がついたようだった。

「よかったですね」

そう言って、微笑む。

しかし、そのことを言う事はない。

だって、東山さんや奥さんの態度から多分本人達もわかっていると感じたからだ。

それにこういう事は他人が言うべきことではないような気がする。

「はい、お二人や南雲さんのおかげです。本当にありがとうございました」

東山さんがそう言うと、夫妻は頭を下げた。

「もういいんですよ。代金はいただいてるし、お客様が満足された。それが私達の報酬ですから」

つぐみさんがそう言って頭を上げるように言う。

頭を上げた東山さんは、少し言いにくそうに言葉を続けた。

「それでですね、あのよければなんですか、あの模型を入れる展示ケースみたいなのは取り扱いありますか?」

「ふふっ。わかりました、取り寄せになりますけどよろしいでしょうか?」

東山さんの言葉に、うれしそうな声で応じるつぐみさん。

「はい。お願いします」

その後、カタログを見せてデザインを選んでもらい、サイズを確認する。

「ではこちらに連絡先を記入してもらっていいですか?」

出された用紙に記入が終わると、東山夫妻はそのまま店内を見て歩き始めた。

奥さんが質問し、東山さんが答える。

その様子は、以前のギスギスした関係からは想像できないほど穏やかで落ち着いたものだった。

「なんかよかったですね」

そう言ってほっとした表情になるつぐみさん。

「そうだね。つぐみさんがバーンって言ったからね。あれは横で聞いていた僕も驚いたよ」

僕の言葉に、つぐみさんが少し伺うような表情で聞いてくる。

「えっと……引いちゃいました?」

「いいや。どちらかというと惚れ直したかな」

「もう。そんなことばかり言って」

照れたのか、ぽかぽかと僕を軽く叩く。

そんなしぐさもかわいいと思う。

「本当の事だよ。つぐみさんがますます好きになった、だから、僕もがんばってつぐみさんにもっと好きになってもらえるほど努力しないとな」

僕の言葉に、つぐみさんは頬を染めながら言う。

「はいっ。もっともっと好きにならせてくださいね」

その言葉に僕は頷いたのだった。

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