「タウン誌ですか?」
僕が聞き返すと佐藤さんが言葉を続ける。
「そうそう。この近辺の都市に出すタウン誌を出している出版社に知り合いがいましてね。そこに頼めばいけるんじゃないでしょうか?」
「しかし、お金はそんなにかけられませんよ。ただでさえギリギリなのに」
「大丈夫です。お店紹介とかではなくて、イベントの特集とか言う感じの広告ではなくて、記事として載せてもらえればお金がかかるわけではないですよ。実際、会う度にいいネタない?ってよく言われるんですよ」
「なるほど、記事としてイベントを紹介してもらうというわけですか」
つぐみさんが納得したように言う。
「そうです。それに今回は、親子参加のイベント企画でしょう?タウン誌の購読層って二十代から三十代が多いと言う話ですし、その年齢なら、小さな子供さんがいてもおかしくないでしょうし、いいんじゃないかと思うんですよ」
「ですが、開催時期とかまだ未定ですよ?まだ、まだ煮詰めなきゃいけないことが山盛りですし……」
僕がそう言うと、佐藤さんが、ニタリと笑って言う。
「今回は前回のような急に決まったイベントではなくて、じっくりと取り組んでいる最中ですから、タウン誌の記者も巻き込んでしまえばいいんじゃないでしょうか?」
「佐藤さん、気軽に言いますね」
僕の言葉に似たりと笑みを漏らす佐藤さん。
「言うだけなら、簡単ですからね。ちなみに、南雲さんにはもう連絡してオッケー貰ってます」
くそっ。すでに手を回していたのか。
佐藤さんもやるな。
だけどなぁ、今まで仕事でいろんなイベント企画してやったけど、外部の知らない人が入り込んでかき回されて何度も酷い目にあってるからなぁ。
しかし、ここでそれを理由に否定するわけにもいかないし。
うーむ。仕方ない。
「わかりました。妥協案として、一応、その記者と会ってみます。それで話してみて良さそうなら巻き込みましょう。駄目そうなら断ります」
僕がそう言うと、佐藤さんはスマホを取り出す。
「えっと、何を?」
「いやね。早い方がいいでしょ?今から連絡しますから」
そう言って、電話をかけている。
なんか準備よすぎだ。
もしかしたら、今日は最初からそのつもりだったのかもしれない。
そしてすぐに相手は出たのだろう。挨拶の後、なにやら色々話を始めている。
それを眺めつつ頭をかく。
くうっ。後手に回ってるな。
今回の佐藤さん、かなりいろいろやってるじゃないか。
少し僕の中の佐藤さんのデータを修正する必要があるみたいだ。
多分、苦虫を潰したような表情をしていたのだろう。
「まぁ、いいじゃないですか」
僕を心配してつぐみさんが苦笑しつつ、そう声をかけてくれる。
本当にありがとう。
しかし、どうしたものか……。
そんな事を思っていると会話が終わったようだ。
佐藤さんがスマホをポケットに戻してにこりと笑った。
「これから来るそうです。十分ほどお待ちください」
やっぱり事前に打ち合わせてに違いない。
そうでなければ、そんな短時間に来れるはずがない。
しかし、言った以上は観念すべきだろう。
「……わかりました」
すごく気が重い。
なんか、こういう記者とかそういう類の人とは相性悪いんだよねぇ。
あんまり関わりたくないんでけどなぁ。
そう思って少し落ち込んでいると、つぐみさんが、慰めるように僕の肩ほポンポンと軽くたたいてくれたのだった。
「すみませーんっ。間に合いましたかね?」
元気よくお店に入ってきたのは、二十代後半の女性だった。
軽くパーマをかけた茶色の髪で、ふわりとした感じで肩にかかるかかからないかと言う感じのショートヘア。
それに悪戯っ子のようにきょろきょろと動く大きな目。小さい鼻とアンバランスのように大きな口。
動きやすいビジネススーツっぽい服装に肩かけのバッグとカメラが動きにあわせて揺れている。
「やぁ、木下さん。間に合いましたよ。ぎりぎりですけどね」
佐藤さんがそう声をかけると、にこりと笑い手を振る。
「よかったーっ。道を間違えちゃって。もう焦りましたよ。しかもですよ。こういうときに限って、パトカーが……」
「では、時間もないから、話をしちゃいましょうか」
話が止まらなくなりそうだったので佐藤さんが無理やり止める。
「あ、そうですね。私、有限会社洞泉出版社の……」
そう挨拶しかけた時、僕は無意識のうちに声をかけていた。
「もしかして……和美ちゃん?」
僕の声にはっとして、佐藤さんに向けていた視線をこっちに向けてまじまじと僕を見る。
そして、素っ頓狂な声を上げる和美ちゃん。
「えーーーっ。もしかしてっ」
「そう。もしかしてだよ。久しぶりっ」
「本当っ。懐かしいなぁ。いつ以来だっけ?」
「小学生の六年の時以来かな」
「そっかぁ。それぐらいの時か……」
そこで初めて、周りに気が向いた。
ぽかーんとして僕らを見ているつぐみさんと佐藤さん。
しまった。懐かしくてつい、声をかけてしまっていた。
いかん。紹介しとかないと。
「えっと、こちら、僕の小学生の時までの同級生で、木下和美さんです」
「そうでーすっ。小学生の時の彼女でーすっ」
和美ちゃんが、おどけた口調で言う。
「おいっ。それは言う必要はないだろうっ」
「いいじゃん。小学生の時の事だもん。清い交際してたんだし、いいじゃないの。それともこっちの美人さん、もしかして貴方の今の彼女さんだったりして……」
そう言ってケラケラ笑う和美ちゃん。
そう、彼女はこういうタイプだった。
人をからかって楽しんでいたっけなぁ。
今頃思い出してきた。
しまったなぁ。まさか知り合いだったとは……と思っていると、なにやら殺気じみた視線がこっちを見ていた。
ゆっくりと視線の先に目を向ける。
「ええ。わかっちゃいましたか?今、お付き合いさせてもらっている星野つぐみといいます」
笑顔で静かにそう言うつぐみさんがそこにいた。
だが、なんか笑顔が怖い。
笑顔の下に般若のお面があるような錯覚に囚われてしまいそうだ。
そんな異様な雰囲気に気がついたのだろう。
和美ちゃの表情にさすがにちょっとこれはまずいといった感情が浮かぶ。
「あ、そうなんですか?ごめんなさいね。あはははは……。しかしっ、こんな美人さん、彼女にするなんて、すみにおけないねぇ」
汗を流しながら、笑って誤魔化している。
そしてしばしの沈黙……。
その沈黙が痛い。
そんな中、少し上ずった声が響く。
「あ、そうだっ。気分転換に間宮館で話し合いでもしまょうか。構いませんよね、星野さん」
雰囲気に飲まれていた佐藤さんだったが、慌てて空気を変えるため提案する。
「そうですね。美紀ちゃーんっ。私、少し出てくるからお店お願いね」
そう二階に声をかけるつぐみさん。
少し、声が震えている。
「なによ、もう、つぐねぇ……」
文句を言いつつ降りてきた美紀ちゃんだったが、その場の不穏な雰囲気を感じたのか慌てて背を伸ばす。
「は、はいっ。言ってらっしゃいませ、つぐみおねぇさま。お店はお任せください」
なんか丁寧な口調になってるよ、美紀ちゃん。
顔が引き攣ってるし。
しかたない。
お土産で間宮館のケーキでも買うか。
僕はそんな事を思いつつ、佐藤さん、和美ちゃん、つぐみさんと一緒に話し合いをするため、間宮館に移動したのだった。