間宮館で簡単な説明を受けた木下さんはかなり乗り気になっていた。
「いいじゃないですか、それっ。『親子で作る思い出模型』って感じでアピールすると受けそうですよね」
「面白いなそれ。『親子で作る思い出模型』か……。キャッチフレーズとしてはいいかもしれない」
「確かに、それはいいですね」
そんな木下さんの言葉に、みんなはかなり盛り上がっている。
確かに私もいいと思う。
しかし、素直にそう言えなくて黙り込む。
「どうだ?彼女も本格的に巻き込んでみたら?」
佐藤さんが彼にそう言っている。
彼もかなり乗り気なのだろう。
「和美ちゃんなら信用出来そうだし。いいかも。つぐみさんはどう思う?」
彼からいきなり話を振られ、私は慌てて頷く。
「う、うんっ。いいかも」
「そっか。なら、細かいところまで話してみるかな」
彼のその言葉に佐藤さんは同意し、見本の模型と企画をまとめた紙、それに追加で話し合ったことを彼が木下さんに説明する。
見本を見つつ、彼の話を聞いた木下さんは少し考え込んで口を開く。
「せっかくだから、もっと種類を増やしましょうよ」
「種類?」
「そうそう。たまご飛行機の件は聞いてます。だから、せっかくだからたまご飛行機も作れるようにしてみたらどうでしょう?」
「でも、たまご飛行機の価格が八百から九百円。それに安いニッパーにヤスリをつけても二千円前後にしかならないぞ」
彼がそう聞くと、木下さんはにこりと笑って言う。
「塗装サービスって出来ませんか?」
「塗装サービス?」
「はい。エアブラシとかで塗装するサービスです。それで塗装終わったものに参加者はシールを張って完成させる。こっちの戦艦の方は塗装しなくてもシールとかでかなり完成度高いですけど、たまご飛行機は塗装しないと完成度は数段落ちますからね」
木下さんの説明に、彼は少し考え込む。
「確かに、細かいところは無理でも、簡単な塗装なら…いけるか?」
彼はそう言うと、「少し席を外します」と言って立ち上がると店の外にでた。
多分、南雲さんに電話して相談するのだろう。
もし、塗装サービスをするのなら同好会の全面協力が必要になるからだ。
そんな彼を見送った後、佐藤さんが木下さんに声をかけた。
「えらい詳しいじゃないか」
「いやね、ここ最近、たまご飛行機ってこの辺の小学生の一部じゃちょっとしたブームなんですよ。親戚の子なんかも作っているのを見かけてね。聞いてみたら親戚の通っている学校でも色々作っててプレゼントしたりとかやってるらしくて。それで少し調べてみたんですよ。そしたら……」
そう言いつつ、木下さんが私を見る。
「星野模型店さんが関わっているって話がわかって。それでね、少し模型についても勉強しました。あとね、親戚の子とかに不満点なんかも聞いてみたんですよ。そしたら、一番の不満が色塗りだったんですよ。きれいに塗れないって」
その言葉に佐藤さんが聞き返す。
「だから、塗装サービス?」
「そうそう。やっぱりきれいに作ったやつをプレゼントしたいって言ってましたから」
「なるほどなぁ。確かに。どうせ、プレゼントするなら綺麗なやつがいいものなぁ」
そんな事を話していると、彼が帰って来る。
電話での相談は終わったようだ。
「一応聞いてみたんだが、細かい塗りわけはかなり厳しいとの事だ。ただし……」
「ただし?」
木下さんが聞き返す。
「単純な塗りわけならいけるという話だ。たとえば、零戦なら、エンジン部分と上の緑と下の灰色の三色の塗りわけとかは、マスキングテープ使えば簡単に出来るって話しだし…」
「ああ、いいですね。後は、タイヤとか一部を塗るだけで完成度はグーンと上がりますね。じゃあ、塗料四色と筆と小さな溶剤をつけると大体同じ価格になりますね。自分で塗装したい人は筆で塗ればいいし、塗装に自信がない人は塗装サービスを受けて、細かいところだけ塗ればいい。なるほど……」
佐藤さんが楽しそうにそう言う。
「出来なくはないってことかな、それは……」
木下さんがそう言うと彼はニヤリと笑いつつ返事をする。
「まぁ、いくつか使うたまご飛行機の種類を絞る必要性はあるけどね。塗りわけが難しいものや色をたくさん使うものは難しいかな」
「それでも選択肢があるっていうのはいいんじゃない?それに、今回は第一回目でしょう?色々やってみて確かめる価値はあると思う。二つのコースがあるってだけで、次回はもう一つのコースにチャレンジしてみるかなって感じに思えるし。うちとしても一回で終わってもらっても困るしね」
木下さんは楽しそうにそう言う。
「それって、今回だけでなく、ずーっと関わっていきたいって事かな?」
彼が苦笑して聞く。
「もちろんよ。こういった企画は、うちも大好きなのよ。一回だけの特集だけなんてもったいないわよ。うちとしては、末永く関わっていきたいと思ってますから、よろしくお願いします」
最後の方は軽い言い回しだが、木下さんはかなり本気だ。
それがわかったのだろう。
「わかった。考えとくよ。ところで、編集長とかに報告して指示うけなくていいの?」
「ええ。いらないわ。だって……」
そう言って胸を張る木下さん。
「私が編集長だもの」
その言葉に、一瞬呆気に取られた彼と佐藤さんだったが、すぐに笑い出す。
「そりゃいいや。許可いらないわな」
「確かに」
そんな中、私だけが取り残されている感覚に私は襲われていた。
雰囲気に入り込めない。
そんな感じだ。
木下さんのようにポンポンとアイデアが出るわけでもなく、話がうまいわけでもない。
なんか劣等感に襲われ、何もいえないまま話が進んでいく。
ただ、ただ、愛想笑いを浮かべるだけ……。
最初こそ、私に話を振ってくれた彼だが、今や視線は木下さんの方を向いている。
私は無力だ。
敗北感が私の心を満たしていく。
惨めだ。
すごく惨めだった。
なんなんだろう。
何で私はこんな思いをしているのだろう。
いや、それはわかっている。
私には彼の力になれない。
それが悔しいのだ。
そして、小学生の時とはいえ、彼女だったというこの木下和美という女性に負けたくない。
そんな女の意地がそうさせているのだ。
今の彼女は私だから。
そう思えれば楽なのだが、私は私が持ってないものを持っているこの女性に彼をとられるのではないかという不安があるのだろう。
そして、それはますます私の中で大きくなっていく。
だから、私はただこの時間が早く済んでしまって欲しいと願わずにはいられなかった。