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第96話 提案 その3

「あれ、今日はつぐみさんは?」

仕事帰りにお店に寄った僕は、カウンターでなにやら電卓片手に計算している美紀ちゃんに声をかけた。

「今日は、つぐねぇは夕方から町の寄り合いに行ってるの。聞いてなかったの?」

そう聞かれ、「あ、うん……」と返事を返す。

以前なら、メールなり、電話なり、ここであったときなどで伝言していたはずなのに。

ここ三日ほど、なんかお互いがズレている感覚になってしまう。

確かに、イベントの企画でドタバタしているとはいえ、毎日お店には顔を出しているし、声もかけている。

メールも電話もあるし。

それでもなんかズレが生じている気がする。

考え込んでいる僕の顔をいつの間にか覗き込んでいる美紀ちゃん。

「え、なに?」

「え、何?じゃないわよ。どうしたのよ、最近、おかしいわよ二人とも」

頬杖を突いてじっとこっちを見る美紀ちゃんの目は疑わしそうに僕を睨んでいた。

「いや、ちゃんと毎日会って話してるし、電話やメールだって……」

そう言う僕の様子を見てため息を吐き出す美紀ちゃん。

その様子には、わかってないなっていうニュアンスが見え隠れしていた。

「ねぇ。つぐねぇに最近相談受けた?」

「えっ、相談?いいや。雑談とかはするけど相談された事はないなぁ……」

僕の答えに、美紀ちゃんはまたため息を吐き出す。

「あのね、貴方だから教えとくけど、つぐねぇ、最近、夜泣いてるよ」

「えっ、それって……」

「夜中とか部屋から出たとき見かけると目の周り真っ赤だもん。あれ、絶対泣いてるよ」

「そ、それって、理由はっ」

僕が慌ててそう聞くと、頭に軽くチョップを入れられる。

「私が知るわけないじゃないっ」

そう言って、腰に手を当てると挑発的な態度で言葉を続けた。

「あなた、つぐねぇの彼氏よね」

「あ、ああ、そうだけど……」

「なら私よりもあなたの方がよく知ってないとおかしくない?」

少し非難めいた言葉とニュアンスに、僕は呆然とする。

美紀ちゃんの言うとおりだ。

僕はつぐみさんの彼氏だ。

なのに、どうして……。

言葉もなく立ち尽くす。

さすがにまずいと思ったのだろう。

美紀ちゃんが、僕の背中を強く叩く。

「しっかりしろっ!そんなんじゃ、つぐねぇ、任せられないぞ」

多分、激励のつもりなんだろうけど、強く叩く必要性はないんじゃないか?

なんで、ここに出入する人は、励ます時に強く背中を叩くのだろう。

さすがに勘弁して欲しい。

そう一瞬思ったが、それはあえて飲み込む。

そうだ。僕がきちんとしなければ。

僕が不甲斐ないばかりに、つぐみさんも相談できないのかもしれない。

少しはマシになってきた。

頼られるようになってきたと思っていたけど、まだまだだと自覚した。

「わかったよ。美紀ちゃん、ありがとう。それで、今日、つぐみさんは帰って来るのは何時になりそう?」

「うーん、多分二十二時過ぎるんじゃないかな…」

「そうか。わかった。今日は僕の方も話し合いがあるから明日出直すよ」

「企画も大事だけど、つぐねぇの事、第一で考えてよ?」

美紀ちゃんが心配そうに聞いてくる。

「もちろんだ。ぼくにとってつぐみさんが一番大事だからね」

僕はそう言うと、店を後にしたのだった。



ぴゅららーんっ。

メールの着信音が鳴る。

多分、彼だ。

ベッドにうつぶせで寝ていた私は、ゆっくりと手を伸ばす。

なんか身体が疲れている感じだ。

スマホを掴んで確認するとやっぱり彼だった。

今日会えなくて残念なこと。

そして、最近、元気がないこと。

最後に悩み事があるなら相談してと書かれてある。

それを見て、私はため息ほ吐き出す。

彼は優しい。

私を気遣ってくれているのがわかる。

だから余計に情けなくなる。

そして、思ってしまうのだ。

自分は彼に相応しいのだろうかと。

今まで、こんな風に思った事はなかった。

牧子さんや真奈美さんの時は、負けたくない。

そう思って対抗心が燃え上がった。

しかし、今回の場合違う。

木下和美さん。

あの人に私は始めて敗北感を感じた。

私にはないものをあの人は持っている。

彼をとられてしまうのではないかという不安がまた私の心を支配する。

それは日に日に大きくなっていく。

彼が好きなだけ、不安はどんどん大きくなっていく。

なんで。

好きってこんなに苦しいものだろうか。

正和さんのときに感じなかった、負の感情。

それがすごく嫌で、汚くて、そして、そんな事を思う自分が大嫌いだった。

ぼんやりと天井を見る。

自己防衛だろうか。

何も考えずにぼっとした方が気が休まる。

あ、返事送らなきゃ……。

私は返事を送るためスマホを操作する。

あれ?

なんでだろう。

画面が歪んで……。

いや、違う。

私は無意識のうちに泣いていた。


つぐみさんから帰って来たメールを見る。

ありきたりの大丈夫だよっ。ありがとうねって返事が返ってきたのみだ。

やっぱり、おかしい。

普段なら、なぜ心配してくれたのかとか、色々聞いてくるはずだ。

それがまったくない。

美紀ちゃんに言われて今やっと確信した。

つぐみさんは何か悩みがあると。

それは僕にも言えないことなのか?

力になれない自分が不甲斐ない…。

こんなんじゃ駄目だ。

考えろ。考えろ。

そうだ。逆転の発想をすればいい。

僕に言えないなら、言える人に相談するように仕向ければいい。

そこまで考え、誰に話を持ちかけるか思考する。

「よしっ……」

僕は短くそう言葉を吐くと、スマホを操作し、その人物に電話を繋いだのだった。

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