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第102話 中古模型とデカール

「すみません」

そう言って店で次に買うやつを物色していた僕に声をかけてきたのは徹くんだった。

「やぁ、久しぶり。どう?美紀ちゃんとうまくいってる?」

「は、はいっ。それは問題ないんですけど」

なにやら言いにくそうな感じだ。

仕方ないな。助け舟を出すか。

「美紀ちゃん絡みじゃないという事は、模型の事?」

そう聞いてみる。

だって、今まで相談受けたのは、美紀ちゃんのことと、模型の事だけだから。

「えっとですね。そうなんですよ」

「そうか。いいよ。なんかあったのかい?」

「実は、後輩で模型製作好きなやつがいて、そいつと話をすることがあったんですよ。それで中古ショップでかなり古いキットを買ったらしいんですけど、デカールが……」

「ボロボロで使えなかったということなんだな」

僕がそう言うと、徹くんは驚いた表情になる。

何でわかったんだという事なんだろう。

「別に珍しい事じゃないさ。古いキットにデカールのトラブルはつきものさ。現に僕だって二つばっかりデカール劣化で、製作したけどデカール張ってないやつがあるしな」

「えっと、どれくらい古いやつなんですか?」

「そうだな。一つは1998年の1/48 P-51ムスタングの限定キットでな。普通版のキットは今もあるやつだから部品取り寄せは出来ない事もないんだが、デカールがその時限りのもので取り寄せ不可。カラーリングもその特別仕様に塗ってしまってね。おかげでお手上げだよ」

「1998年って、二十年前ですか?」

「ああ。カビ生えかけていたから、こりゃ駄目かなと思いつつ作ったら案の定ってやつだ」

「えっと、もう一つは?」

「2006年のこっちも限定ものの1/48 A-7EコルセアⅡで、こっちはメーカーに取り寄せ聞くか確認しなければならないけど、取り寄せ方法はあったなぁ」

「なら、取り寄せたら完成ですね」

「でもなぁ、デカールだけで1200円+輸送費はでかいよ。安い1/48の飛行機キットが買えちゃう」

「あー、確かに……」

「それにな。別に年月でデカールが劣化したとかそれだけが原因じゃない場合もあるんだ」

僕がそう言うと、徹くんは驚いた表情になる。

「えっ?!それはどういうことなんですか?」

「各メーカーによって、デカールの質が違っててさ。海外製のキットだとあまりいいデカール使ってない事もあるんだ。この前海外メーカーの1/48 Ta152 C-1/R14のデカールなんて硬いくせに脆くてね。使い物にならなかったんだ。仕方ないから、手持ちの余ったり追加で取り寄せたデカール繋ぎ合わせて、それらしく仕上げたけどね」

「あ、やっぱりそういう感じでメーカーにも色々あるんですね」

「そういうことさ。特に飛行機やレーシングカーなんかを作っている人には、デカールは大問題だからね」

そこで、少し間を入れて言葉を続ける。

「もっとも、それ以前に、中古ショップの査定が酷い場合も多いねぇ」

「プロみたいな人がやってるんじゃないんですか?」

そう言葉を返す徹くんに、僕は苦笑して答える。

「いいや。ほとんどの店がバイトだよ。酷いところになると中身を確認せずに、そのまま店頭に出しているところもあるくらいだよ」

驚いた表情から、徹くんの表情が嫌そうなものに変わる。

「だから、中古ショップは部品の破損や不足のトラブルも多いね。こう言ってはなんだけど、中古ショップでプラモデルを買うときは中身チェックしておく必要があるかな。あと、デカールの質のチェックもね」

「ひどいですね」

「酷いのはそれだけじゃないさ。古くて手に入らないキットとかはプレミア価格とか定価の何倍もの価格を付けておきながら、ろくにチェックしてないという場合がほとんどだよ。酷いどころじゃない」

「あ……。それは酷いを通り過ぎてますね」

「だから、僕はなるべく中古は買わないようにしてるんだ。どうしても欲しいものがあったとしても、定価以下でしか買わないね」

「そうか。こういた話は後輩にも話さなきゃいけないなぁ」

二人でそんな話をしていたら……。

「二人とも楽しそうなお話してますね」

少し怒ったような声色の女性の声が後ろから聞こえた。

恐る恐る後ろを振り向くとつぐみさんが仁王立ちしていた。

「やぁ、つぐみさん」

「私も混ぜてもらおうかしら?」

僕が慌てて言う。

「だから、中古ショップで買わないで、こういうきちんとしたお店で買おうよって話してたんだよ。なぁ」

「はいっ。そうなんですよ」

僕らの言葉に、少し不満そうな表情をするつぐみさん。

でも、納得したのだろう。

「まぁ、うちにないものを買うためなら何も言えませんしね」

「そうそう」

「でも、そんな限定のキット、いつ買ったんですか?うちのは大抵チェックしてるから、デカール劣化なんかはあんまりないと思ったけど……」

不思議そうな顔をするつぐみさん。

やっぱりここで買ったやつじゃないとわかるのか。

「仕事で隣の県に行ったときに買って来たやつだよ。ほら、この前の訳あり販売の時にたまご飛行機のレシピの件で連絡くれた模型サークルが常連にしているお店だよ」

僕がそう言うと思い出したのだろう。

「ああ。あの老夫婦が経営しているお店ですね」

「よく知ってるね。知り合い?」

「私の知り合いと言うか、おじいちゃんの知り合いですよ」

そういわれて納得できた。

「でも、あそこで四つ買ったキットのうち二つがデカール劣化には参ったけどね」

僕の言葉に、つぐみさんの表情が曇る。

「まぁ、あそこもお年だし、手が回らなくなってるんでしょうね。模型って、きちんといい状態を維持しょうとすると意外と手間がかかったりしますよ」

その言葉は寂しそうだった。

少ししんみりした空気になる。

しかし、徹くんが思い出したかのように言った。

「あ、それで話を戻しますけど」

あ、そうだった。

徹くんの相談を受けていたんだった。

「ああ。ごめんね。えらい脱線してしまった」

「いえ。それは構わないというか、すごく勉強になったし話のネタにもなるからいいんですけど、劣化したデカールどうにかなりませんか?」

「取り寄せは?」

「無理みたいなんですよ。取り寄せ表とかもないし」

ああ、それがないならまず無理だな。

多分、つぐみさんもそう思ったのだろう。

互いに目が合うとうなづく。

「方法としては三つある」

僕の言葉に真剣な表情を向ける徹くん。

その顔を見つつ、指を一つ立てる。

「一つ目は、同じスケールの似たようなキットを買ってきてデカールだけ使うということ。ただし、限定のものだったらデカールが手に入らない可能性が高いし、お金もかかる。でも、まぁ、他のキットの余ったやつを使うんなら安く済むこともあるけどね」

こくこくと徹くんが頷く。

指を二本立てて言う。

「二つ目は、他のメーカーが出しているデカールを購入する事だ。いろんなメーカーが出していることもあるから、探せば手に入る場合もある。でも、これも値段は高くつくし、製造が終わっていたりして手に入らないこともある」

「厳しいです」

指を三本立てて言う。

「三つ目は、自分で作るという方法だ」

「自分で作る?」

「ああ。環境さえ整えれば作ることも可能だし、オリジナルデカール製作を受ける企業もある。ただし、お金がかなりかかるね」

今までの話を聞いてがっくりと肩を落とす徹くん。

まぁ、仕方ないよな。

こればっかりはなぁ。

「だから、お勧めとしては、予備のデカールや安い凡庸デカールを買ってきて、それらしく仕上げる事かな」

「やっぱりそうなりますか……」

黙って話を聞いていたつぐみさんが声をかける。

「キットのサイズとかデータがあるとこっちでも似たようなデカール探す事はできるけど、購入にはお金がかかるわね」

その言葉を聞き、徹くんは苦笑して言う。

「仕方ないですよ。後輩と話をしてこっちに寄る様に言っておきます。もし来たら、よろしくお願いします」

「ええ。わかりました。出来る限りはするからね」

「ありがとうございます」

そう言って、徹くんは店を出て行った。

その後姿を見送りつつ、つぐみさんがポツリと言う。

「その後輩さん、今回の事で模型製作止めないといいけど…」

僕がぽんと肩を叩く。

「大丈夫だよ。そのうちこっちに来るんじゃないかな」

「ならいいんだけど…」

そんなつぐみさんに僕は微笑む。

「本当に、つぐみさんは模型を作る人を応援したいんだと感じるよ」

そこで少し間を空けて言う。

「でも、出来れば僕だけを応援してほしいなぁ」

僕の言葉に真っ赤になり照れるつぐみさん。

でも迷いもなくはっきりと言う。

「当たり前です。あなたを公私共に応援するのは私だけなんですから」

その言葉に、今度は僕が照れる番だった。

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