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第104話 H社 1/700 ウォーターラインシリーズ 戦艦霧島 と F社 1/700 重巡洋艦摩耶

「あっ…珍しいですね」

彼が持って来たキットを見て思わず口が出た。

彼が持って来たキット、それは『H社 1/700 ウォーターラインシリーズ 戦艦霧島』と『F社 1/700 重巡洋艦摩耶』だった。

「最近は、飛行機ばかり作ってたからね。たまにはいいかなと思ってさ。それにウオーターラインシリーズから脱退したF社の洋上モデルも興味あったし……」

彼はそう言って少し苦笑いをして答えてくれる。

それに、昨日話したウォーターラインシリーズの話に触発されてという部分あるに違いない。

F社の洋上モデルも一緒に買い込むのがその証拠だ。

なんか私の話で、気になって買ってくれるってうれしいなぁ。

でも…なんで?

会計が終わった後、気になったので聞いてみることにした。

「でも、なんで戦艦霧島なんです?戦艦以外もそろってるし、戦艦だって金剛型の四隻はもちろん、扶桑や山城、伊勢に日向、長門に陸奥。あと大和に武蔵。日本海軍の戦艦は全部そろってますけど……」

そう聞くと、彼は苦笑しつつ説明してくれた。

「なぜ戦艦にしたかと言うのは、この前が駆逐艦だったから、大きなモデル作りたかったって事とあのハリネズミみたいな砲身が並んでいるところを見てたら戦艦が作りたくなったということかな。あと、空母の艦載機を一つずつ塗る心境じゃなかったから、空母はパスしたって感じ」

「ふむふむ。一つを戦艦にしたのはわかりました。で、なんで霧島なんです?」

「僕は日本海軍が好きだから、作るなら日本海軍のを作りたかった。それに、最近知り合いが宮崎に行って土産に向こう限定のアルコール度数20度の焼酎霧島買ってきてくれてね。それでだよ」

彼の話を聞いて私は苦笑した。

「なんだ~。焼酎絡みでしたか。私はてっきり……」

「てっきり?」

「いや、某擬人化艦隊ゲームの絡みかと思いましたよ」

頭の中に、某擬人化艦隊ゲームの霧島が浮かぶ。

眼鏡をかけた知的美人の姿。

もしかしたら、メガネフェチかと思ってしまったのは秘密だ。

「ああ、あれか。たしか南雲さんにやってみろって薦められてたな。でも、あれってすごいブームになってなかったっけ?」

「ええ。最近は、後発の似たようなゲームに押されてますけど、あのゲームのおかげでウォーターラインシリーズが息を吹き返したのは事実ですねぇ。あのゲームのキャラクターと言うことで珍しい艦船がプラモになったりしてるし……」

私がそう言うと、ふと思い出したような表情で彼が聞いてくる。

「そういや、ここにはあのシリーズのウォーターラインキットないけど、どうしたの?」

「あー、一時期入れてたんだけど、すぐ売れちゃうんですよ。ゲームやってる南雲さんとか模型同好会の人たちが底引き網のようにざーっと一網打尽に。それにもうメーカーから入荷は難しいって問屋さんに言わちゃって」

「あ、それでか。何でないのか不思議だったんだ」

なんか納得した表情で彼が頷いている。

「えっと、欲しいですか?」

恐る恐る聞いてみる。

「えっ?なんで?」

「いや、欲しいのかなと思って」

「無理に欲しいわけじゃないよ。だって、模型の中身は同じなんだろう?」

「はい。ポストカードとか、箱が特殊だったりとか、追加で色々グッズが付いてる感じですね」

「なら、普通のでいいよ。値段だって少し高かったりするんだろうし……」

彼とそんな事を話しつつ、会計を進めていたら入口の鐘が響いた。

「いらっしゃいませ」

私がそう言って入口を見ると、一人の男性が立っていた。

年の頃は四十代後半といったところだろうか。

眼鏡をかけて、少し神経質そうに印象を受ける。

髪は短くて後ろに流しており、ハリネズミみたいにぴんぴんしている。

あ、私はこの人を知っている。

確か……。

「あ、布山模型倶楽部の鹿嶋さんですよね」

彼が先にそう言って頭を下げる。

私も一緒に頭を下げた。

「あ、どうもっ。いやぁ、ちょうどよかった。お二人に話があるんですよ」

鹿嶋さんは頭を下げつつそう言った。


「えっ、お店辞められるんですか?」

私は思わずそう声をあげてしまった。

どうやら隣の県で数少ない模型店が閉店する事になったらしい。

それも布山模型倶楽部に係わり合いの深い、うちのおじいちゃんの知り合いの老舗の店。

そう、この前、彼が行った店だ。

「ええ。もう二人ともお年ですから、さすがに……。最近は、模型の状態維持やチェックなんかも出来てない感じで……」

鹿嶋さんが残念そうにそう言う。

「確かに、この前お伺いした時に購入したキット、デカールが劣化してたやつありましたからね」

彼が考え込むような表情で話す。

「やっぱりですか。うちらもちらほらそういう報告が来てます。で、ご主人さん達もさすがにもう無理だからって……」

「でもそうなると、模型倶楽部としての活動はどうなるんですか?」

彼が心配そうに聞く。

「まぁ、近くの量販店で、キャラクターものは手に入るんですけど、それ以外のスケールモデルは無理でしようねぇ」

「やっぱりですか……」

全員が言葉を無くす。

今のご時勢、個人経営の模型店はかなり厳しい現状が続いている。

経営的なものだけではない。

後継者がいないため閉店と言うことも珍しくない。

うちのように代替わり出来ているのは珍しいくらいだ。

だから、今回の件は、多分こっちだろう。

「だれか後を継いでってわけにはいきませんよね」

彼が諦め切れないのかそう言うが、たぶん、彼もわかってはいるのだ。

「そうですね。厳しいですねぇ」

鹿嶋さんがそう言ってため息を吐き出す。

ふう……。

私の口からもため息が出る。

今でのところは経営は安定しているし、きちんとしたお客も付いているから問題ないが、いつまでもそれが続くとは限らない。

だから、下手をしたら明日はわが身かもしれないのだから。

そして、また無言でしばしの時間が過ぎる。

そして決心したんだろう。

鹿嶋さんは、すーっと息をすって吐き出した後、私たち二人を見てはっきりと言う。

「だからですね、実はお願いがあるんですよ」

「は、はいっ。なんでしょう?」

私と彼は互いの顔を見合わせる。

二人というのが、とても気になる。

そんな私達に構わず、鹿嶋さんは言葉を続けた。

「うちの倶楽部の支援をお願いしたいんですよ」

「支援ですか?」

私が思わず聞き返す。

「はい。うちが模型教室を定期的にやっているのはご存知かと思います。その時に使う模型のキットの準備と倶楽部メンバーの希望キットの取り寄せなどをお願いしたいんですよ」

「つまり、うちが今、南雲さんのところの模型同好会雲海堂にやっているような事をお願いしたいということなんですね」

納得して、私が答えようと口を開く。

「あ、そういうことでしたら……」

しかし、言葉は途中で彼の声でさえぎられる。

「まずはどういう条件を提示できるかお願いできますか?出来る限り協力はしたいですけど、一応商売なんでそういうのははっきりさせておきたいんですよ」

「確かに。その通りです。お金が絡む以上はきちんとしておかないといけませんからね」

さすが、営業してただけあってこういう時の彼は頼りになる。

多分、私なら二つ返事で了解していただろう。

そういえば、この前もおじいちゃんに怒られたっけ。

お前はお金絡みのことがアバウトすぎる。

この店はお前に任せるとは言ったが、もう少しお金のことに関してはシビアになれ。

わかってはいるんだけどなぁ。

そんな事を思いつつ、二人の話を聞く。

多分、色々考えてこっちに来られたのだろう。

彼と鹿嶋さんの話し合いはあっという間にまとまった。

同好会としての取引のルールの大体の内容は、以下のとおりとなる。


基本、取り寄せや注文は前金対応とする。

イベントなどで大量に必要な場合は、一ヶ月以上前に確認を取る事。

新発売の商品は、発売基本一ヶ月前で注文を締め切り、その後は在庫しだいとする。

注文や取り寄せは、電話やメール等でいつでも出来るが、本格的に注文取り寄せするのは入金されてからとする。

商品の受け取りや前金の渡しは、週に一回、同好会から人がお店に来て行う。

基本、発注後のキャンセルは対応しない。


後は、実際にやってみて変更するなり、追加するなり対応していく事になりそうだ。

「こんなものですかね?」

彼がそう言うと、鹿嶋さんも「いいと思います」と返事をする。

そして、二人の視線が私に集まる。

「ええ。うちとしては問題ないですよ」

微笑んでそう言うと、鹿嶋さんはほっとした表情を浮かべた。

「本当に助かりましたよ。下手したら、うちの倶楽部、活動中止の危機でしたからね」

「でも、キャラクターモデルは簡単に手に入るだろうし、ネット注文だって出来るじゃないですか。それなのに……」

彼がそう言うと、鹿嶋さんはため息を漏らした。

「うちの特に年配者はスケールモデルのみだし、若い人たちも最近はゲームやアニメなんかで実物が出てくるから、スケールモデルに興味持って作る子達も結構いるんですよ。やっぱり本人が作りたいものを作りたいじゃないですか」

「確かに。趣味ですから、作りたいものを作るというのは当たり前ですよね」

「それに、ネット注文は注文数の制限があったり、手に入らないときの返金や発想の遅れのトラブルとか結構面倒で長引くし…」

そこで一旦言葉を止めて、鹿嶋さんは店内を見渡す。

「やっぱり、実物を見て買いたい人も多いと思うんですよ」

その言葉に彼も頷く。

「そうですよね。やっぱり実物をみないとね。それで見て欲しくなったりしますし」

「そうなんですよ。一応、倶楽部の会員には、ここのお店の場所知らせておきますから、倶楽部の取引とは別にこっちに来た時はよろしくお願いします」

そう言って鹿嶋さんが頭を下げる。

「いえいえ。こちらこそ、よろしくお願いします」

私と彼が頭を下げる。

そして、顔を上げると目を輝かせた鹿嶋さんがかぶりつくように言う。

「一応、今日はそのお願いだけなんですけど…」

ぐるりと店内に視線を送る。

「店内見せてもらってもいいですよね?」

まるで餌を目の前に置かれて待てを言われた犬のようだ。

「ええ。もちろんです。よかったら見ていってください」

私がそう言うと、鹿嶋さんはぺこりと頭下げるとまずは展示物のコーナーから見て周り始めた。

それを見つつ、彼が私に言う。

「また忙しくなりそうだね」

その言葉とは裏腹に、実に楽しそうに笑顔が浮かんでいる。

「そうですね。でも、手伝ってくれるんでしょ?」

私がそう言うと、彼はうれしそうに言った。

「もちろんだよ」

「うふふ…。頼りにしてます」

私が笑いながらそう言うと、彼も笑いながら言う。

「はい。任せてください」

そして芝居かがった動作で胸に手を当てて言う。

「一命に変えましても」

その言葉と動作に私は吹き出す。

「あはははっ、一命は賭けなくてもいいからっ」

「それぐらいの気持ちだと思ってよ」

「はいっ。その気持ちだけいただきます」

二人して笑っていると、無表情でこっちを見ている鹿嶋さんと目が合った。

えっと、うるさかったかしら。

そんな事を思ったのだが、言われたのはまったく違う言葉たった。

「以前から思ってたんですけど、結婚式には呼んでくださいね」

鹿嶋さんはそう言うとニヤリと笑った。

その表情に浮かぶのは、からかうような感情だ。

そう言われ、一気に恥ずかしさが倍増し、私達二人して真っ赤になったのだった。

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