仕事の帰り、いつものようにお店に寄ると、残念な事につぐみさんはお出かけ中だった。
なんでも、おじいちゃんの徹さんのところに作りすぎたおかずを自転車で届けに行ったらしい。
だから、もう少ししたら帰って来ますからね。
美紀ちゃんはそう言ってニタリと笑った。
店内でいちゃいちゃしてると怒るくせに、二人で店内にいると実に絵になるからとか言ってたりする。
うーん……。どういう意味だろうか。
そんな事を思いつつ、艦船のコーナーを見ていると後ろから声をかけられた。
「よう」
そう言って声をかけてきたのは南雲さんだ。
「どうも」
僕も軽く返して聞く。
「イベントの件、どうなりました?」
「ああ。塗装の件だな。人数は何とかなりそうだ。道具はどうする?」
「一応、先行投資と言うことで、三台分は確保できそうです」
「そうか、なら話してみてやってもいいってのが七人ばかりいるから、一時間程度で交代していけばいいか」
「そうですね。一応、バイト代は出るそうです。なお、つぐみさんからの話で、現金じゃなくて商品券での対応なら少しアップできるそうですよ」
商品券、もちろんいろんなところで使えるわけではない。
うちのみで使える商品券だ。
あまりうちで買い物をしない人にとっては、あまり魅力的ではないものだろう。
しかし、同好会のメンバーにとっては違う。
現に、その言葉に南雲さんが驚いた表情になっていた。
「うちの会員には、そっちの方がありがたい。結婚してると小遣いの制限があるからな」
そう言って、ニタリと笑う。
「独身貴族のお前が羨ましいよ」
「いえいえ。僕の場合は貧乏貴族ですから…」
僕がそう返すと、南雲さんはからかうように言う。
「つまりは、つぐみちゃんに貢いでるってことか?」
「えっと……」
言葉に詰まる僕。
貢いでいないといえば嘘になる。
というか現在、色々やっているのだ。
おおっぴらに言えないだけで。
そんな僕の態度に思いつくことがあったんだろう。
周りのつぐみさんがいないことを確認し、南雲さんがポンポンと肩を叩く。
そして、耳元で囁くように言った。
「がんばれよ」
どうやら考えている事は筒抜けのようだ。
僕は頷くだけで誤魔化す事にした。
そして、目の前にあるキットを手に取る。
「T社 1/700 ウォーターラインシリーズ 軽巡洋艦 最上」
最上は、最初は軽巡洋艦として作られたものの、その後は、重巡洋艦、そして航空巡洋艦になったというなかなか興味深い経歴を持つ船で、軽巡洋艦時代の主砲が、戦艦大和の副砲に転用されたという話もあるなどエピソードもなかなか面白い。
それにキットの出来もなかなかいいとも聞く。
作ってみようかな。
そんな気になって、手の取ってみた。
「ほほう。最近は艦船も作るようになったのか?」
そう聞いてくる南雲さんに僕は苦笑して言う。
「中学生のころは、ウォーターライン無茶苦茶買い漁ってましたからね。全部で百隻近く持っましたよ」
「ほほう。てっきり飛行機メインだと思っていたよ」
「僕は実家の目の前が海ですからね。船と飛行機に特に思い入れがあるんですよ」
僕がそう言うと、「そうかそうか」と頷いている。
「そういえば、この前、F社のやつとH社のやつを買っていったんですけど……」
「なんだ?気になることでもあったのか?」
「いや、なんかF社のやつってプラスチックの材質、違うのかなって」
「何でそう思ったんだ?」
「いや、アンテナとかすごく折れやすかったんですよ。なんか、ちょっとしただけでポキポキ折れてしまって」
僕がそう言うと、南雲さんが納得したように頷く。
「ああ、それはあるなぁ。細かいところまで作りこんであるからと思いたいが、俺もそう感じたな。だから、俺はF社の艦船のアンテナ関係は、エッチングパーツ使ってるよ。」
「ああ、やっぱりそうなっちゃいますか……」
「そうなるなぁ。だから、F社は手軽に作るというより作りこむ人向けだと俺は思っている。だから、どうせ買うならエッチングパーツ付きか、別売りのエッチングパーツを同時購入するのをお勧めしてるな」
「そうなると…いい金額になっちゃいますね」
「仕方ないさ。こればっかりはなぁ」
こだわる分、お金がかかる。
それはどんな趣味でも同じ。
だから、どこまでと線引きする必要性があるのも世の常というやつだ。
「まぁ、エッチングパーツ使うの慣れてないんで、気が向いたらやってみますよ」
「そうだな。それがいい。どうせ、趣味だしな」
その南雲さんの言葉に、僕はニタリと笑って答える。
「されど趣味ですよ」
そして二人で笑いあった。
しばらくして落ち着いたら、この前つぐみさんに聞いた話を思い出した。
せっかくだから、聞いてみるか。
「そういや、某擬人化艦隊コレクションのプラモ、同好会の人たちで買い漁ってたそうですね」
「おっ、さてはつぐみちゃんか情報源はっ」
南雲さんが苦笑いしつつそう言う。
否定はしない。
つまりは本当のことって事だ。
「しかし、あれ、グッズ付いてるけど通常版より値段高いんでしょう?」
僕がそう聞くと、何を言ってやがるといった感じの表情を浮かべる南雲さん。
「何言ってんだよ。あのゲームのファンにとっては、そのグッズが大事なんだよ。だから、少しぐらい値段が上がっても関係ないぞ」
開き直りとも取れる態度でそう言い切られると、なんか返しにくい。
それに、ゲームやってなくてハマっていない僕では理解できないんだろうな。
そう思いつつ、「あ、そうなんですか?」と無難に返事をする。
するとなにを思ったのか南雲さんがスマホを取り出しいじり始める。
そして目指すものが見つかったのだろう。
ニコニコしながら画面を僕に見せる。
「お前なら、この子がお勧めだ」
そこには何やら大砲やら何やらを背負った感じの女の子の絵があった。
眼鏡をかけ、ショートカット。
なんかつぐみさんとイメージが重なる感じだ。
「えっと、これは?」
「ふっふっふ……。これが霧島だ」
そう言われて納得した。
前、なんで霧島を買ったとき、つぐみさんがゲームの話をしたのかを。
「ああ、それでか」
思わず口からそんな言葉が漏れる。
「何が、それでなんだ?」
怪訝そうな顔付きの南雲さんに、この前、霧島のウォーターラインシリーズを買って行ったときのつぐみさんとの会話を話す。
「ああ、なるほどな。だからなのか」
南雲さんも納得したみたいだ。
そして、ニタリと笑う。
「結構好みだろう?」
そう言われてしまえば、なかなかかわいいと思う。
しかし……。
「そうですね。好みといえば、好みですね」
「そうだろう。そうだろう」
南雲さんがニコニコと笑っている。
しかし、ここで終わりではない。
「でも、僕にはつぐみさんがいますから」
南雲さんの後ろを見つつ、しれっとそう言ってみる。
その瞬間、南雲さんの顔が呆気にとられていた。
こいつは何を言っているんだ?
まさにそんな言葉が相応しい表情だ。
しかし、すぐに驚いた表情を浮かべて聞いてくる。
「あのなぁ、そういうことではなくてだな……」
南雲さんがそう言いかけたが、南雲さんの肩をポンポンと叩く人がいた。
「どういうわけなんでしょうか、南雲さん……」
恐る恐る後ろを振り向いた南雲さんが見たのは、にこやかな笑顔を浮かべているつぐみさんだった。
「あっ、いや、なんでもないよ、つぐみちゃん……」
汗を滝のように噴出して、顔を引きつらせて何とかそう言う南雲さん。
「ならいいんですけどね」
そう言ってつぐみさんはきびすを返しかけてぎろりと南雲さんを見て言う。
「彼にあまり変なこと教えないでくださいね」
その言葉と迫力に、「は、はいっ」と返事をする事しか出来ない南雲さんであった。