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第106話 準備

「それで、チケットの売り上げ、どう?」

僕がそう尋ねると、つぐみさんがノートを見ながら答える。

「いい感じです。80枚のうち、1回目の午前の部があと5枚、2回目の午後の分は完売ですね」

「うちの方にも問い合わせ、結構来てるわよ」

そう言ったのはタウン誌の編集をやっている和美ちゃんだ。

今回のイベントの企画段階から参加しており、雑誌の方に今回のイベントの事をちょくちょく連載しており、この前でた最新号にはイベントの予定日決定と載せたばかりだ。

「思ったより反応いいな」

僕の言葉に、佐藤さんが反応する。

「なら、人数増やします?」

「いや、止めとくよ。これ以上増えたら指導するスタッフ集めや場所の確保が大変になるからね。今回、チケット手に入れそこなった人は、次回にお願いしますって事で対応しょう」

「それで納得してもらえますかねぇ」

佐藤さんが恨めしそうな声でそう言う。

佐藤さんにしてみれば、チケット数=商品の売り上げなのだから、多いにこした事はないのだろう。

しかし、現状では無理すると崩壊してしまいそうだ。

だから、今回は諦めてもらうしかない。

「その代わり、第二回の開催を早めようと思う。そして、できれば目標は一ヶ月に一回開催くらいかなぁ」

「まあ、妥当なラインってとこかしらね」

和美ちゃんがそう言うと、「そうですね。それぐらいが目安と言う感じでしょうか」とつぐみさんも相槌を打つ。

そして内訳を上げていく。

「たまご飛行機コースが42枚。軍艦コースが33枚ですね」

「へぇ、意外と軍艦コースも予約多いね。チケット高いし、難易度高そうだからたまご飛行機コースが多いかもと思ったけど……」

僕がそう言うと、つぐみさんがニコリと笑ってポスターを指差した。

「やっぱり素組みと塗装したキットの写真があるのがいいですね。それ見て決めた人もいるようですし」

「それはうれしいなぁ」

「うちの雑誌の問い合わせにも、あんな風にできるんですか?って問い合わせあったからねぇ。やっぱり比較して載せたの正解だわ」

和美ちゃんも頷きつつタウン誌のページを開いて見せてくれる。

そこには、素組み、塗装の2種類のたまご飛行機と戦艦の写真が載せてあり、詳しく解説が入っている。

佐藤さんは手帳を開いて、ボールペンを取り出すと確認するように言う。

「じゃあ、仕入れはたまご飛行機ゼロ戦45個、ちび丸戦艦大和ニッパー付き35個。それにニッパー45個と速乾性流し込み接着剤80個、細筆80本、アクリル系薄め液80、塗料は、ゼロ戦用に明灰白色、黒、濃緑色、赤褐色の4種類を45セット。大和用にタン、軍艦色、艦底色、白の4種類を35セット、それでいいですね?」

「そうですね。ちょっとしたゴールドや黄色あたりは、サービスでやろうと思ってますし、それでお願いします」

「了解しました。遅くとも1週間前には納品終わらせますから」

どうやら、セットにまとめたりする時間も考えてくれているようだ。

以前やってた企画のイベントとかは、イベント販売の分は、前日、良くて三日前が普通だった。

だから、徹夜で数量チェックとセット製作なんかもやってたもんだ。

それを考えたら、佐藤さんのような気遣いは実にありがたいし、小売店のことも考えているいい卸業者といえる。

「助かります。ありがとうございます」

「あ、あと、セットを作ったり数量チェックするときは連絡ください。うちのスタッフ一人派遣しますから」

「いえいえ。そこまでは……」

「何言ってるんですか。星野模型店さんとうちの仲じゃないですか。それに、このイベントの支援企業としてはそれぐらいやって当たり前ですよ」

笑いつつそう言い切る辺り、佐藤さんはやり手だと思う。

実際、この前の難あり模型の販売の事もあるし、多分、スタッフに参加させる事でイベントのノウハウを蓄積させて他のイベントなんかに活用させたいと思っているのだろう。

もっとも、こっちとしては人手があるのは助かるし、一石二鳥といったところだろうか。

「そういえば、協力してくれる模型同好会にバイト代ってことで配るチケットはどうなってるんですか?」

ふと思い出したのだろう。

つぐみさんが聞いてくる。

今回、イベントでの指導や塗装サービスで協力してくれる同好会の人達には、バイト代として現金は無理だが、当店だけしか使えないが商品券が配られる。

まさか、同好会の人たちが偽造するって事はないだろうが念のためにしにくいようにしておく必要はあるし、それに今後も使っていくつもりだったからこったものを用意している。

「えっとこんな感じでどうかな?」

そう言って僕はファイルから2枚のお札程度のサイズの紙を取り出した。

色は薄紫とピンクだ。

実におもちゃっぽい色合いだが、それがかえっていいと思って選んだ。

かなり入り組んだ模様がびっしりと書き込まれ、中央に大きくピンクの方は500、薄紫は1000と数字が入っている。

500円分の商品券、1000円分の商品券ということだ。

そして、右下には、管理用の番号が振られている。

もっとも、これは試作なので、番号はXXXXX表記であるが。

「すごくいいですねぇ」

「これは、これは、こりましたね」

「へぇ、いいセンスじゃない」

三人が感心したように見ている。

「それで裏はどうなってるんです?印刷してあるみたいだけど……」

佐藤さんが気になったのか、ぺらりと1000の方をひっくり返す。

そして、裏を見た瞬間、噴出した。

「こ、これはっ」

「えっ、なになに?」

和美ちゃんが覗き込み、裏を見た後、つぐみさんを見て笑い出す。

「ナイスっ」

「えっと、どういうことでしょうか?」

きょとんとしたつぐみさんが裏側を見る。

そこには、入り組んだ模様と一緒に、右側には星野模型店専用商品券と言うことが少し大きく書かれ、その下に注意書きがずらりと書かれている。

そして、左側には……。

「な、な、何ですかっ、これはっ」

つぐみさんが素っ頓狂な声をあげ、そして、商品券のサンプルを掴んでわなわな震えている。

「いや、つぐみさんがこのお店の看板娘だからね」

僕はそう言ってニヤリと微笑む。

「でも、これはっ」

真っ赤になって僕に商品券のサンプルを突き出すつぐみさん。

その商品券の左側には、某映画の配給会社のトレードマークのように丸い円の模様の中で吠えているデフォルメつぐみさんのイラストがあった。

「あら、かわいいと思いますよ」

何とか笑いを抑えながら和美ちゃんが言う。

「そうですよっ。実にいい商品券じゃありませんかっ。一発でここの商品券とわかるし」

佐藤さんも笑いつつ相槌を打ってくれる。

「でもっ、恥ずかしいですっ」

そう言って、商品券のサンプルをカウンターに置く。

「あ、ちなみに同好会の人たちにも好評だったからね」

僕がしれっと言う。

「あーーーんっ。根回し済んでるじゃないですかっ。いいですよっ。もう好きにしてくださいっ」

そう言って真っ赤になった顔をカウンターに伏せた後、ゆっくりと顔を上げて僕を少し睨みつつ言う。

「後で覚えてなさいよっ」

ジト目で睨まれているのだが実にかわいい

「うん。覚えておくよ」

僕がそう言って微笑むと、真っ赤になりながらも悔しそうな表情をしたつぐみさんは呟いた。

「そういうのはずるいですっ」

「心配しないで、つぐみさん。つぐみさんだじゃないからね」

僕は聞こえない振りをしてそう言うと、もう一枚の500の裏側を見せる。

そこには、同じような構図で、デフォルメされた美紀ちゃんが吠えているイラストが描いてあったのだった。



ちなみに、後日それが美紀ちゃんにバレて散々小突かれたのは言うまでもない。

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