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第107話 F社 1/700 幻の戦艦 大和 超「大和」級戦艦

最終的な話し合いを終えて、僕はゆっくりと首を回しながら星野模型店工作室を出た。

コキコキといい音が鳴っている。

すでに僕以外の関係者は、それぞれ外に出ていた。

しかし、考えてみたら、最近は仕事が終わったあとは次のイベントである「親子で楽しもう!第一回親子模型教室」の準備ばかりだった。

それが苦痛とか、嫌だとかは思わない。

それどころか楽しいし、充実感がある毎日だ。

しかし、お金が絡み、人を使うという事は、精神的負担が大きい。

失敗しました。

赤字になりました。

といったことだけではすまないものなのだ。

それは、前の会社でいろいろ企画を立てて実施してきたからわかっていたつもりだった。

しかし、それはあくまで仕事としてのイベントだ。

だが、今回は違う。

今回の企画イベントは、人と人との繋がりを感じて欲しいと思っている自分の思い、そしてつぐみさんと一緒にやり遂げたいという思いがすごく大きい。

だからこそ、余計に緊張するし、失敗は許されないと認識している。

だが、その肩にかかった重かった責任が少し軽くなった。

今日の話し合いの報告で、チケットは無事売り切れたと言う報告があったからだ。

これで赤字にはならない。

自分の金なら仕方ないで済むが、他人の資金を使ってのイベントだから、最低でも赤字だけは避けたかった。

その最低ラインだけでもクリアと言うことで、少し余裕が出来たと感じている。

そういえば、ここ一週間以上模型買ってなかったな。

そんな事を思いつつ、店内を見渡す。

久々に何か買って組んでみょうかな。

目の前に広がる模型を見てそんな気が起こった。

つまり、今まではそんな気が起こらないほど余裕が無かったようだ。

何やってんだろうな。

そんな事を思いつつ、苦笑いを僕は浮かべた。

ざっと棚を見て周る。

定番の商品以外にも、週代わりで入れ替えがあったりと変化があるようにしている為か、店内を見ているだけで見飽きない。

定番の商品が並んでいるという安心感は、ある意味停滞を意味している。

つまり、いつも同じ商品しかないという事は、マンネリを生み出し、お客の購買欲を刺激しなくなっていくという事に繋がっていく。

だからこそ、大抵のお店は、定番の商品はそのままに、一部別に入れ替えを定期的に行っていく。

また、大きな棚変えもあったりしている。

変化は刺激なのだ。

だからこそ購買欲が増し、商品が売れるのだ。

そして、星野模型店の場合、つぐみさんはよくやっていると思う。

また、在庫の把握もしっかりしてて、お客様に聞かれても在庫の有り無しがわかるし、店頭にない場合は裏の方から持ってきたりして対応している。

万引きが怖いと思ってしまうが、どうやらこの店のお客はいいお客が多いらしく、そんな事はほとんどない。

また、新規のお客の場合は、つぐみさんも注意しているのかカウンターからあまり動く事はないし、常連さんが手伝ってくれたりしているようだ。

それに最近は万引きの理由がスリルを味わう為とかが多いみたいだから、スリル味わうにはこの店は緩すぎるのだろう。

あと、小遣い稼ぎするにしても、割に合わないという事もある。

模型の買取をしてくれるところが少ないのと一部の模型以外は買取が叩かれてしまう傾向があり、売れ線のキャラクターモデルがあまり多くないのも万引きがほとんどない要因かもしれない。

ともかく、そんな感じで、今の星野模型店という店は、模型製作をしている人にとっては実に快適な空間になっているのではないだろうか。

そんな事を思いつつ、見て周っていると一つの模型に目が止まった。


『F社 1/700 幻の戦艦 大和 超「大和」級戦艦』


パッケージにはそう印刷されている。

そういや、この前見たときはこれなかったな。

箱を取り出してそんな事を思う。

何気なくカウンターを見るとしてやったりといった感じの顔をしてこっちを見ているつぐみさんがいた。

どうも彼女の策に引っかかったらしい。

最近ウォーターラインシリーズばかり買っていたから、僕が興味魅かれそうな物をチョイスしていたようだ。

僕は思わず苦笑しつつ箱を開けて中を確認する。

どうやら、大和型の模型に追加パーツをつけて、超「大和」型にするらしい。

主砲は46センチ三連三基九門から、51センチ二連三基の六門に変更。

さらに新型の高角砲を装備し、対空能力も向上させた大和級の発展型だ。

実際は、大和型は三番艦信濃までで中止になってしまったが、もし大艦巨砲主義が続いていたらありえたかもしれないといった艦だ。

実に夢があり、面白そうな題材だと思う。

ざっと見た感じ、結構な部品点数だが、戦艦とかならこんなものかもしれない。

特に戦争後半の日本海軍の軍艦は、ハリネズミのように対空砲火を増設していたからより部品点数は多くなる。

そう思いつつ、ランナーを確認していく。

ふむ。少しバリが多いようだ。

あと、細かいパーツが多いし、アンテナなんかも折れやすそうだから結構注意が必要だな。

そう思って見ているとあることに気が付いた。

知らない人はいないと思うが、模型の場合、製作しやすいように部品に番号が振ってある。

部品点数が多い場合は、数字だけでなく、アルファベットなんかも使って振り分けであったりする。

たとえば、Aランナーの21番といった感じにだ。

それに番号は、大体一つのランナーに順番に振ってあることがほとんどだったりする。

まぁ、追加パーツが付いていたり、いくつかのランナーが一つにまとめてあったりといった事はあるが、そういう事はあまりない。

しかし、この模型は……。

「な、何だこれ。番号ばらばらじゃないか……」

思わず声が出た。

そうなのだ。

一つのランナーの中に普通なら順番に番号が振ってあるはずなのに、この模型の場合、番号がばらばらなのだ。

23番のとなりがいきなり105番だったり、番号を示す表示の部分がずれていたり…。

これは…ちょっと探すの大変かも。

後、説明書に目を通すと……。

こっちも問題がある

実にわかりにくいのだ。

後、ピンバイスで加工しなきゃいけない部分が一部載っていない様に見受けられる。

なぜわかったかと言うと、ピンバイス加工は載っていないのに説明書の部品には穴が開いているが、実際のパーツには穴が開いていなかったりしている。

F社の艦船は難易度高めだが、これはかなり高いのではないだろうか。

まず初心者はお勧めできないし、ある程度の中級者ぐらいにならないと手間がかかりそうだ。

しかし、久々に作るのだからこれくらい歯ごたえがあったほうがいいかもしれない。

かえってそう思ってしまう。

確かに製作が難しいものばかり続けば飽きてしまうが、簡単なものばかりも飽きてしまう。

そういえば、ここ最近で最後に作ったのは見本用のたまご飛行機とちび丸艦隊だったからなおさらちょうどいい。

僕は箱を閉めるとカウンターに模型を持っていく。

「買っていかれますか?」

つぐみさんがにこやかにそう言う。

「狙ってましたね?」

僕がそう言うと、つぐみさんは笑いつつ返す。

「はい。狙ってました。あなたなら目を止めるかなって…」

その言葉に僕は苦笑する。

「なんか考え読まれているみたいですよ」

そう言うと、つぐみさんは真剣な表情になって言う。

「だって、私が一番あなたの事を知っておきたいですから」

その言葉にうれしくなってしまう。

「なら、僕もつぐみさんのこと、もっと知っておかないとですね」

「はい。どんどん聞いてください。もっともっと私の事知ってください」

笑いつつそう返してくれるつぐみさん。

自然と目が合う。

以前のようにそれだけで真っ赤になったりしない。

それはそれだけ二人の関係が当たり前になりつつあるということなのだろうか。

ゆっくりと顔が近づき、つぐみさんが目を閉じる。

僕も目を閉じようとしてふと視線に気が付く。

まさかと思ってそっちに目線をやると入口のガラスのところからこっちを覗いている悟さんの姿があった。

「ち、ちょっと、たんま」

僕が慌ててつぐみさんの肩に手をやり、動きを止める。

目をつぶっていたつぐみさんも目を開いて不機嫌そうな表情でどうしたのかときょろきょろ周りを見回す。

そして、入口で覗いている悟さんに気が付いたようだ。

「お、おじいちゃんっ」

つぐみさんが真っ赤になりつつ、悲鳴に近い声をあげる。

ちっ……。

悔しそうな顔でお店に入ってくる悟さん。

「わしの事は気にしないでいいんだぞ」

そう言いつつ、ニタリと笑う。

「いいえ。気にしますっ」

つぐみさんがそう言葉を返し、僕の方に同意を求める。

「あ、そうだね。二人っきりの方が、もっといいかなぁって思うよ」

その言葉の意味に気が付いたつぐみさんがますます真っ赤になる。

そして、悟さんがにんまりと笑う。

「言うようになってきたな」

「まぁ、馬鹿ップルになるつもりはないですがね」

あっはっは……。

悟さんが大声で笑う。

「わしとしてはさっさと結婚して欲しいと思っているがな。そうすりゃ、人前でイチャイチヤしてもだれも文句は言わんよ」

結婚と言う単語が出た瞬間、つぐみさんが何か言いかけた言葉を飲み込む。

そして、ちらりと僕の方を見た。

それは以前見せた反応とは大きく違い、期待するかのような反応だった。

その様子の変化に気が付いたのだろう。

悟さんがばんと僕の背中を叩く。

「つぐみを頼むぞ」

そう言って機嫌よくお店を出で行く。

悟さんが出て行き、僕はゆっくりとつぐみさんを顔を見た。

「えっと……、つぐみさんは結婚に対して……」

僕がそう言いかけると、緊張した表情でつぐみさんが答える。

「い、以前は、結婚って言う言葉を聞くだけでなんか嫌な感じでした。でも、今は……あなたとなら……」

そこまで言って下を向く。

耳まで真っ赤になっている。

多分、僕も真っ赤だろう。

「う、うんっ。がんばるよ」

何とか言葉に出たのは、それだけだった。

実際、プロポーズや結婚を意識していたし、準備はしているつもりだった。

でも、現実にその言葉が本人の口から出たとき、こんなにも緊張してしまうとは思ってもみなかった。

多分、僕の中でもつぐみさんの中でも「結婚」という言葉の意味が重いものだと感じているかもしれなかった。

沈黙が辺りを包む。

そしてどれくらい経っただろうか。

僕は決心して口を開く。

「今度のイベントが終わったら、デートしませんか?」

いきなりの僕の言葉にびくんとなるつぐみさん。

そして、今までの流れからその意味がわかったのだろう。

すーっと顔を上げて僕を見る。

その瞳は潤んでいた。

そして、微笑を浮かべつつ頷く。

「はいっ。喜んで」

「じゃあ、詳しい日程は……」

「イベントの後で、ですね」

僕の言葉の後を続けてつぐみさんが言う。

くすり。

自然笑いが漏れる。

それはつぐみさんもだ。

そして、二人で笑う。

心から落ち着いて安心できる時間。

そんな時間を今、僕は感じていた。

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