目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第108話 親子模型教室 当日

「本日は、模型製作教室に参加していただき、ありがとうございます」

イベントの始めの挨拶を彼が少し照れながら言っている。

午前の部は欠席者もなく、全員参加だった。

そして、午後の部もキャンセルの連絡は今のところない。

実にいい感じだ。

そして意外だったの、女の子の参加が多かったことだ。

たまご飛行機をチョイスした実に五割が女の子だった。

小学校なんかでもたまご飛行機が少し流行っているとは聞いていたが、ここまでとは思わなかった。

もちろん、保護者の大半はお父さんと参加だ。

普段家族サービスできない分、いい機会ということなのだろう。

遠出に行くわけでもなく、近場で手ごろな金額で遊べて、思いでも出来るという実に一石三鳥みたいな感覚なのかもしれない。

それに塗装サービスもあるのが大きいようだ。

実際に綺麗に塗装するのは、結構手間と技術が必要になる。

それを希望すればこっちで無料でしてくれるのだから、ありがたいのだろう。

そんな事を思いつつ、彼が話す姿をボーっと見ていた。

実にうれしそうだ。

それはそうだろうと思う。

ここまで来るまでに彼がどれだけ、時間とアイデアと努力をしてきたのかを私は知っている。

それを思えば、感無量になるのが当たり前だと思う。

そして、そんなにうれしい彼を見て、私もうれしい。

なんか、幸せだと痛感する。

そんな事を思いつつ、気がつくと彼の挨拶は終わっていた。

いけない、いけない。

彼の姿を見るのに夢中で、話が頭の中に入ってなかった。

もっともデジタルビデオカメラでとっているので後で見直そう。

そして、彼の後に南雲さんがにこにこ笑いながら前に出てくる。

もちろん、怪我に対しての注意と製作に当たっての簡単な説明をするためだ。

そして、教室はスタートした。


「いやぁ、緊張したよ」

照れた笑いをしながら、彼が私のところにやってくる。

その表情はすごくうれしくて、そして肩の荷が下りた安堵感に満ちていた。

「お疲れ様」

私はそう言って微笑みながらタオルを差し出す。

「ありがとう」

彼はタオルを受け取ると額の汗を拭いた。

そして私の隣に来ると、全体を見回す。

そこにはいろんな家族が、思い思いに製作を始めていた。

すぐにわからないことがあったのか、手を上げて聞いてくるお父さん。

それを「僕わかるよ」って言って、手を下ろさせて組み立て説明書を手に話し出す男の子。

ただ、夢中になって親子で製作する親子。

夢中になって作っている子供を後ろからフォローしつつ見守るお父さん。

娘の見ている前でいいところを見せようとして張り切るお父さんとそれを頼もしそうに見ている子供。

子供が作っているのを感心してみているお母さん。

実に色々な家族の繋がりがそこにはあった。

なんかジーンとしてしまう。

だからなのかもしれない。

私はぼそりと思いを口にしてしまっていた。

「私もあんな家族の一員になりたいな」

べつに小さいときに両親がいなかったわけではない。

それどころか、両親は私達姉妹にとてつもなく大きな愛を注いでくれたと思う。

それに、父と母を交通事故で失ったのは私が高校生の時だ。

それぐらいの年になれば自制も聞くし、照れもあるから親の愛情が足りないとか言う事もない。

確かに亡くなった時はすごく悲しかったし、とてもショックだった。

でも、いや、それだからこそ、私達姉妹は親に愛されていたと自覚できた。

だから、そう思ったのはなんでだろうか。

なぜ……。

しかし、その後に発された彼の言葉に私がなぜそんなことを口にしたのかわかってしまった。

「僕もつぐみさんと僕達の子供達とあんな風になれたらいいなと思うよ」

彼はそう言って、私の方を見て微笑んだ。

その言葉と笑顔は今までのなかで最高の破壊力だった。

もう顔の笑顔にもすっかり慣れてきたはずなのに、その言葉との相互作用で、私は耳まで真っ赤になった。

そして、口にした理由がはっきりした。

私は彼と一緒になりたいのだ。

そして、彼の子供が欲しいのだと。

だから、私は真っ赤になりながらも笑顔で返事を返す。

「うん。そうだね」

今度は彼が真っ赤になった。

多分、何気なく言ったのだろう。

そして、私の返事で、自分が何を口走ったのかをはっきりと認識したみたいだ。

ふふっ。

さっきのお返しだ。

私はくすりと笑う。

すると、横から声がかけられた。

「悪いな。イチャイチャさせてやりたいが、手が足りない。手伝ってくれ」

それは南雲さんだった。

どうやら、塗装ブースに行く人が何人か出始めた結果、製作の手伝いや相談に乗る人の手が足りないらしい。

「わかりました」

彼はうれしそうに南雲さんにそう言うと、私の方を見て手を差し出す。

「つぐみさん。いこうか」

私はその手をとって頷く。

「はい。いきましょう」

そして、私達は甘い二人だけの空間を解除して戦場に向う。

もちろん、笑顔を浮かべて。



「いやぁ、お疲れ様でした」

彼がそう言って頭を下げる。

それにあわせて、隣にいる私も頭を下げた。

ここは、間宮館。

イベントは好評につき無事終了した。

特に塗装サービスはかなり良かったらしく、ほとんどの参加者が実施していった。

また、教室後のアンケートの回収率も8割以上と高く(アンケートを返された方には星野模型店の百円割引チケットをプレゼント)、細かい要望はまだ見てないが次回希望の(はい、いいえ)ではほとんどが(はい)にマルをしてあった。

そういう意味でも大成功だったといっていいだろう。

彼も満足そうだが、スタッフとして参加してくれた人たちも実に楽しそうだ。

「無事にイベントも大成功で終了いたしました。これも皆さんの協力のおかげです」

彼がそう言って、全員を見渡す。

そして、「ありがとうございました」と言って再度深々と頭を下げた。

もちろん、私もだ。

そんな私達に拍手が沸き起こる。

「次の機会がありましたら、またよろしくお願いします」

彼がそう言うと、「当たり前だ。次もやってくれよ」と声が響く。

問屋の佐藤さんだ。

彼にしてみれば、まとまった商品が動くし、新規顧客開拓を兼ねるので実にありがたいのだろう。

その声に、会場に笑いが沸く。

「楽しかったぞ」

「また希望するぞ。もちろんスタッフで参加だ」

「こういうのは大歓迎だ」

「また頼むぞ」

などなどの声が上がる。

中には、「あのチケット、かわいくて使えん。だから、次回も参加するぞ」なんて声もあった。

まぁ、あれは、描いた彼の腕によるものだろう。

そういうことにしておく。

それに言い寄られたって、私には彼がいるんだから。

ともかく、スタッフとして参加してくれた皆も好評だった。

だからだろうか。

南雲さんが立ち上がって、彼を見て笑いながら言う。

「さて、次もやるよな?」

なかなか計算高いなと思う。

ここでいややりませんとは言えないじゃないか。

実にうまい。

それがわかったのだろう。

彼は苦笑しつつ、「南雲さんには敵わないな」と呟くように言って私を見る。

私は笑顔で頷く。

そして、視線を私から皆に移して宣言した。

「みんな、またやりましょう。だから、また手伝ってくれ」

その言葉と同時に店内が歓声に包まれた。

本当に今日は最高の一日だ。

私は充実感と満足感でいっぱいになっていた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?