「いらっしゃいませ」
店内に挨拶が響く。
「おっ、美紀ちゃんが店番か」
南雲は少しうれしそうな顔をして言う。
その言葉に、美紀は少し不満げな顔をした。
「えっと、私じゃ何か問題でも?」
「いやいや、そういうわけじゃないさ。いやね……」
カウンターの美紀の近くまで歩きながらそう言いかけてニタリと笑う南雲。
怪訝そうな表情の美紀。
「色々アドバイスした身としては、うまくいって欲しいと思ったからな。だからつい、な……」
その言葉に美紀の表情が怪訝そうな表情がぱーっと明るいものに変わる。
「それって……」
「ああ。そういうことだ」
ニタリとうれしそうな、それでいて悪巧みをしてうまくいった悪代官の様な笑みを南雲は浮かべた。
そして納得したかのような表情で頷く美紀。
「どおりでつぐねぇ気合が入ってると思ったんだ…」
「まぁ、わかるんだろうな。それにあいつは隠し事下手そうだしなぁ」
「いいことじゃなの。お互いの事はきちんとわかりあったほうがいいと思うんだけどなぁ。南雲さんところもそうじゃないの?」
その言葉に、南雲は苦笑して頭をかく。
照れくさそうだ。
「まぁな。互いの事がよりわかっていれば、互いに嫌な思いもさせにくいしな。ところで……」
「ハイ、なんでしょう?」
「美紀ちゃんの方はうまくいってるのかな?」
下品な笑いを浮かべて聞いてくる南雲に、美紀は真っ赤になって言い返す。
「セクハラですっ」
しかし、そんな事では南雲は引き下がらない。
「なに、うまく言って欲しいと思ってな。それをセクハラだなんて、ひどくない?」
「いや、絶対にそんなこと思ってないでしょっ、その顔はっ」
「いやいや、思ってるって」
「もうやだーっ。なんかもう秋穂さんに似てきてますよっ」
きょとんとした南雲が自分の顎を触りつつ「そうか?」と聞き返す。
「ええ。すごく似てきてます。昔の南雲さんはこういう話はしなかったですっ」
美紀の言葉に、南雲は少し考え込むとうれしそうな笑顔を浮かべた。
「そうか……。似てきたか……」
何がうれしいのかわからない美紀にとって、南雲の笑顔の意味はよくわからない。
だから不思議そうな表情になった。
だが、すぐに南雲の表情が興味本位の表情になる。
「それはそれでうれしいが、今は美紀ちゃんの事のほうを聞きたいなぁ」
「もうっ。何で気になるんですかっ」
「いや、なんかさ……」
少し苦笑して言葉を続ける南雲。
その表情には照れが混じっていた。
「なんかさ、娘みたいな感覚でだな。なんせ、親父さんの孫だし……」
親父さんの孫、その言葉が出た瞬間、美紀は黙る。
両親に代わって、私達姉妹をしっかり育ててくれたのは祖父の徹であり、南雲にとって徹は第二の親父という感覚なのだろう。
だから、南雲はいつも祖父の事を親父さん、親父さんって言って慕っていたっけ。
それに、南雲は美紀にとって、良き相談相手であり、年上の男友達と言う感覚だった。
それは、もしかしたら父親が生きていたら、そんな親子関係を作りたかったという自分の望んだ関係なのかもしれない。
そんな事を考える。
だから自然と照れてしまう。
「うん。ありがと、南雲さん……」
しんみりとした雰囲気があたりを包み込む。
しかし、それは寂しいとかそんなものではなく、どちらかというと少し暖かい、そう優しい暖かさに包まれていた。
なんかほっとした空間。
それを破ったのは入口に取り付けられた鈴の音だった。
カランっ。
反射的に美紀は視線をそっちに向けながら挨拶を口にする。
「いらっしゃいませ」
しかし、すぐに慌てた表情になった。
しまった。そうだった。
視線を南雲に向けると、南雲の視線が美紀と合う。
ニタリ……。
それは獲物を見つけた肉食獣の鋭い目だった。
「嘘だっ。絶対に嘘だぁーーっ」
その顔を見て反射的に美紀が叫ぶ。
「ふっふっふ、そんなことはないぞ、美紀ちゃん」
南雲が楽しそうに入ってきた人物を手巻き寄せる。
「あ、こんにちわ」
怪訝そうな表情でカウンターに近づいてくる人物。
それは美紀の彼氏である間島徹だった。
「よう。確か、徹くんだったな」
「はいっ。そうです」
会うのは別に初めてではない。
しかし、こんな感じで話すのは初めてだ。
「実はな、美紀ちゃんの事でな……」
「いやーーーーっ。駄目ーーーーーーーっ」
叫ぶ美紀。
しかし、それはかえって徹の興味を引く事となった。
「えっ、美紀さんのことですかっ」
目を輝かせて興味心身で聞き返す徹に、美紀は少しうれしくなる。
しかし、それはそれだ。
「駄目ですーっ。話すの駄目っ」
真っ赤になって叫ぶ美紀を勝利者の笑顔で南雲は見返し、そして徹の肩を叩いて言う。
「なんかさ、美紀ちゃん、すごく照れてるみたいだからな。どうせなら男同士でしっかりの話し合わないか?美紀ちゃんのこと、色々教えてあげるからさ」
その提案に「はいっ。お願いしますっ」と徹はうれしそうに即答する。
「いやっ、駄目だってばーっ」
真っ赤になってなんとか阻止しょうと叫ぶ美紀だが、旗色は悪い。
いつものお姉さんぶった雰囲気はそこにはない。
だから、普段とは違う対応だからこそより興味をそそられているのだが、混乱している美紀にわかるはずもない。
慌てふためく美紀に、徹は優しく微笑む。
「大丈夫だって。僕は美紀さんのこと大好きだから」
その言葉と笑顔に見とれて一瞬だが美紀の表情が落ち着いたように見えた。
そして、その瞬間、南雲が宣言する。
「じゃあ、彼氏、借りていくな」
そして二人して出て行く。
それを呆然と見送りながら、店の手伝いのために(それは建前で、いっしょにいたいなと思って)徹を呼んだ事を後悔する美紀であった。
そして、一時間後、二人は戻ってきた。
徹はすごく美紀に優しくて、それでいてラブラブ状態。
普段よりも甘々だ。
それに対して、南雲はうんざりした表情だった。
何を話したのか聞いてみたいと美紀は思ったものの、聞かない方が良さそうな雰囲気に、黙っていることにしたのだった。