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第110話 デート その1

「あっ、思ってたとおりこれ美味しいっ」

思わず口に出てしまう。

慌てて手を口で塞ぐものの、ちらりと前を向くとその様子を彼は微笑んで見ていた。

「気に入ってもらってよかったよ」

彼はそう言いつつ、自分の注文した料理を口に運ぶ。

彼が頼んだのは、パスタ&グラタンフェアと言うことで、焼きカレーグラタン風と言う料理でバターライスとグラタン風の焼きカレーのセット。

私はまるごと車海老のパスタをチョイスした。

車海老を丸ごと使ったぺペロンチーノで、普段はあんまり海老を食べないのだが、見た目がおいしそうなのでついつい頼んでしまった。

もちろん、車海老の味が口の中に広がって実に美味しい。

で、ついつい口に出てしまったというわけだ。

今日は彼が親子模型教室の時に言ってくれたように、二人でデートをしている。

最近はイベントやら用事やらでこんな風に二人で出かけたのは久しぶりな気がする。

まぁ、ほぼ毎日お店で会ってるし、お泊りなんかもあるけど、それとこれとは別物。

やっぱりこういうのは必要なんだと思う。

そして、ここは日本三大松原の一つのに数えられる松原の中にある欧風料理レストラン。

白い建物がおしゃれな感じで、何回かお店の前を通った事はあったが入った事はなかった。

見た感じ、デートなんかで来るとかなりいいんだろうなとは思っていたんだけど、実際に彼に誘われてデートの途中の昼食で寄ってみたものの、料理の美味しさの方に意識がいってしまっておしゃれとかそんなのはどうでもいいように感じてしまう。

うーーん。私は、花より団子派なのかもしれないと再度実感してしまった。

まぁ、以前からその気はあるとは思っていたんだけどね。

「美味しそうだな。僕もそっち頼めばよかったかな?」

彼が私の食べる様子を見てそう口に漏らす。

「えっと、そんなに美味しそうに食べてる?」

思わず気になってそう聞き返す。

「うん。すごく美味しそうだった」

そう言いつつ、彼がもの欲しそうな表情をしている。

実に珍しい。

普段はそんな表情はしないんだけど……。

それは、私には気を許しているということなんだろうか。

そして、その表情は、私だけしか知らないというのならとてもうれしいな。

そんな風に浮かれてしまっていた為だろうか。

思わず「一口食べてみる?」なんてその場の雰囲気で言ってしまう。

「えっ。いいの?」

即答で答えが返ってきた。

しかし、ふと彼の料理と彼の手にあるものに目がいった。

カレーだけにスプーンだった。それで気がつく。

パスタ、スプーンじゃ食べにくいじゃない。

彼もそれに気がいたのだろう。

自分の持っているスプーンと私の料理を何度か交互に見ていた。

それって、つまり……。

つまりは、私が、彼に……。

想像して顔に熱が集まる。

彼も想像したのだろう。

照れている……。

沈黙がそれも恥ずかしい感じのなんというかこそばゆいと言ったほうがいいだろうか。

そんな沈黙が二人を包む。

えーいっ。

言った以上、やるわよぉっ。

なんか半分、自棄になった気分で私はフォークでパスタを巻いて絡める。

そして、口の中にたまった唾液を飲み込んで彼を見て口を開いた。

「はい。あーんっ……」

ああああーーーーーっ。すっごい恥ずかしい。

世の中の女性は、よくこんな事ができるものだと痛感してしまう。

まぁ、私も女だけどこれは恥ずかしすぎる。

でも、彼は照れているのだがすごくうれしそうだ。

私の言葉に合わせて口を開く。

私はフォークをゆっくりと彼の口に近づける。

彼の口が、パスタを捉え閉じられる。

私はゆっくりとフォークを引く。

彼の唇に触れながら口の中に入り込んでいたフォークの先が外に出た。

つまり…関節キスということになる。

確かにキスなんてもう何回したかわからないほどしてきたけど、こういうのは初めてだった。

ある意味、キスより恥ずかしいと思うのは私だけだろうか。

そんな私に関係なく、彼が驚いた表情で口の中に入ったバスタを食べる。

「これは確かに美味しい。今度来た時は、絶対にこっち頼もう」

そんなことを言っている。

その様子は普通に見えた。

まぁ、うれしそうではあるが……。

それを見ていると、なんか一人恥ずかしがっている私が馬鹿みたいだ。

そんな事を思いつつ、パスタを絡めて口に運ぶ。

そして口に入れた瞬間思い出す。

あ、関節キスの関節キスだ。

収まりかけた熱が再び上ってきて、顔が熱い。

うーーん。

落ち着け。落ち着け。

付き合い始めたばかりの中学生じゃあるまいし……。

しかし、考えてみれば早々と許婚が出来た為だろうか、こういう感じのデートはしたことがなかったな。

本来なら経験すべき体験を今しているという事なのだろうか。

うーーん。

順不同なんだろうか、こういうのは。

段階というものがあると思うんだけどなぁ。

そんな事を思いつつ、食事を再開する。

なお、さすがに二口目はそんなに動揺しなかった。

しかし、私、何考えてんだろうか。


食事が終わった後、松原の中を散策する。

海風がすごく気持ちいい。

潮の匂いが鼻の奥をくすぐる感じだ。

私と彼はとりとめもない話をする。

ゆったりとした時間が過ぎていく。

最近忙しかったからなぁ。

「なんか久しぶりだね。こういうゆったりした時間は……」

彼が笑いながらそう話しかけてくる。

「そうだね。最近はいろいろあったからね。本当に」

「色々あったねぇ。でも、そのおかげで……」

彼はそこまで言って私の手を握る。

「僕はつぐみさんのことがよくわかった気がするんだ」

彼の言葉は、すごく心に響く。

そして、脳裏に浮かぶのは、私が迷惑をかけている場面ばかり。

今思い返すと恥ずかしい事ばかりだ。

「あははは……。その際にはお世話になりました」

私は苦笑しそう返答する。

「いやいや。僕はうれしかったけどね。僕に甘えてくれているとか、嫉妬してくれているとか、さ。それって僕のこと、気にかけてくれる、思ってくれているということだから」

彼は真面目な顔をして、そう言ってくれる。

私は自然と言葉を口にする。

「私の事を見てくれていてありがとう。私もあなたの事を見続けていていいかな?」

私の言葉に彼は頷く。

「もちろんだよ」

そう言って悪戯っ子のような微笑を浮かべた。

「だから僕を見捨てないでね」

楽しそうに言う彼の言葉に、私は笑ってしまう。

「ええ。約束するわ。あなたが私を見続けていてくれるなら、私もあなたを見続ける。以前言ってくれたじゃない?『自分の価値を勝手に決め付けないで。つぐみさんの価値を決めるのは僕だって、うぬぼれさせて欲しい』って。だから、あなたの価値は、私が決めたいの」

私の言葉に、彼は苦笑した。

まさか、こんなところで以前言った言葉が出てくるとは思わなかったに違いない。

そして、口を開く。

「わかった。ますます価値を高くするために、がんばらないといけないな」

「もちろん、私もがんばるからね」

手をぎっと握り締める。

それに彼は握り返してくれる。

私と彼は自然と笑いあっていた。

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