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第111話 デート その2

松原の中をぐるりと散策して風景と海風、それにぽかぽか陽気を堪能した後、駐車場に戻ってきた。

そして車の傍まで来たとき、ふと思い出したように彼が私に言う。

「海岸からお城見えてたから思い出したけど、そういや、お城の藤棚見ごろらしいよ」

「へぇ。いいわね。見に行きたいな」

私は笑って返事を返す。

その言葉に、彼はほっとした表情を見せる。

もしやっぱり違うところがいいと言われたらどうしょうかとハラハラだったに違いない。

なぜそう思ったか。

それは、今回のデートで藤棚を見に行こうと彼が言うだろうという事は事前にわかっていたからだ。

なぜ知ってるのか。

それは前日の夜に秋穂さんから電話があったのだ。

今、ちょうど旦那の南雲さんはあの近辺で仕事をしていたから、彼がお城の藤棚の事を聞いていたらしい。

それで見ごろだぞと言われて喜んでいたみたいだからきっと誘われるわよと。

そして、ついでたけどと藤の花言葉も教えてくれて、最後に「がんばって」と言ってくれた。

あの喫茶店の時の一件以来、なんか頼りっぱなしだなと思う。

でも、それを言うと多分、彼女は気が向いたからとか、言って笑って誤魔化すんだろう。

もし、私にお姉ちゃんがいたら、秋穂さんみたいな人がいいなと思う。

そんな事を私が思っていたら、少し怪訝そうな顔で彼が聞いてきた。

「どうかした?やっぱり違うところがいい?」

少し不安そうな表情だ。

だから慌てて、私は否定する。

「ううん。少し昨日の電話の事を思い出していただけ」

「電話?」

「うん、昨日ね、秋穂さんからね、電話があって、デートがんばってって言われたから」

藤棚の事は言わない。

ただ、デートがんばってという事だけ話す。

だって、彼が必死になって考えてくれたデートプランなんだもの。

私も素直に楽しまなきゃ、もったいないじゃない。

彼は私の言葉に苦笑して頭をかく。

「この前の時にお世話になったからなぁ。そうだ。今度、南雲さんと一緒にご飯でも食べに行こうか?」

彼の提案に、私は頷いて返事をする。

「いいわね。ダブルデートって感じで……」

私がそう言うと、彼は苦笑して言う。

「ダブルデートとは言わない方がいいんじゃないかな」

「えっ、どうして?」

彼の言葉に思わず聞き返す。

「だってさ、南雲さん、すっごい拒絶すると思うんだよ、そう言うと…」

彼の言葉に、私は驚く。

「何で?あんなにラブラブなのに?」

あの二人、見ているだけで胸焼けするほどラブラフなのだ。

惚気具合が半端じゃない。

まぁ、すごく羨ましいと思うし、彼ともあんな関係になりたいなと思う。

なのに、なんで?

私の言葉に、彼は困ったなと言う顔をした後、口を開く。

「あんまり言いふらさないでくれよ」

「うん。わかった」

顔を近づけて二人とも自然と小声になる。

別に誰も聞いていないのだが、おかしな事だと後から思い出すと笑えてしまうが、この時はそうは思っていなかった。

それが当たり前だという感覚だったのだ。

「南雲さん、すごく照れ屋なんだよ。この前も、『秋穂の事はすごく好きだけど、人前でイチャイチャされると、こう、なんだ馬鹿ップルみたいで嫌なんだよ』って愚痴ってた」

「えーっ、まんざらでもないって顔してたのに?」

「あはははは……。やっぱりそんな風に見えるよねぇ」

「見える。見える」

そして二人で笑う。

「仕方ないなぁ。じゃあ、ダブルデートではなくて一緒にご飯食べに行きましょうって言えばいいわよね」

笑いつつ私が言うと、彼も笑いつつ頷く。

「それでお願いするよ」

「じゃあ、私から秋穂さんに連絡入れておくわね」

「ああ。頼むよ。僕の方も出来る限り日時の方は合わせるからさ」

「うん。わかった」

そして、彼は車のドアを開ける。

「じゃあ、藤棚、見に行こうか」

彼が車に乗りつつ言う。

私も助手席に乗ってシートベルトを着けつつ「うん。楽しみね」と返事を返す。

彼もシートベルトをつけると私の方を見て微笑むと車を出発させた。

松原の中は、枝の間から陽の光が入り込み、影と光のコントラストか実に綺麗だった。

すーっと光の線が入り込んでいるのが見えそうだ。

神聖な空間といったらいいのだろうか。

「まるで映画のワンシーンみたい」

思わず感想が口から漏れる。

「そうだね。今日は気持ちいい日だよね。いい天気になってよかったよ」

彼の言葉に私は頷く。

「そうね。天気がいいと気持ちも晴れ晴れした感じがするし……」

「晴れだけに?」

彼は笑いつつそう言ってくる。

だから私も、笑いつつ頷く。

しかし、私の心が晴れ晴れなのは天気だけが原因じゃないの。あなたが傍にいるからだよ。

そう言おうかと思ったが、多分、言ったら、私も彼も照れてしまいそうだったからぐっと我慢をすることにした。

前のように真っ赤になって黙り込むって事はもうないだろうけど、それでも照れてしまってせっかく心地よいいい雰囲気を壊したくない。

そんな事を考えていたら、いつの間にか松原を抜けて街中に入っていた。

そしてしばらくすると右手に城の天守閣が見えてくる。

あそこが目的の場所だ。

藤棚綺麗だろうな。

そんな事を思いつつ何気なく彼の横顔を見ると、少し緊張気味の様子だ。

何で緊張してるんだろう?

その時はそうとしか思わなかったが、この後の事で、彼の緊張の原因と秋穂さんが最後にがんばってねといった意味を知る事になる。

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