「えっと、秋穂さん、呼び出したりしてごめんなさい」
私は、間宮館に入ってきて私に気が付いて近づいてくる秋穂さんに立ち上がって頭を下げて言う。
「いえいえ。ちょうど仕事終わった後の時間帯の連絡だったし大丈夫だよ」
秋穂さんはそう言うと椅子に座った。
私も椅子に座ると秋穂さんはマスターにコーヒーを注文した後、ずいっと顔を近づけて聞いてくる。
「しかし、つぐみさんから相談なんて珍しいわねぇ。模型とかじゃないだろうし、そうねぇ……」
ニタリと笑みを浮かべる。
「もしかして、結婚関係かしら」
「ど、どうしてわかったんですか」
慌ててそう聞くと益々楽しそうな表情になる秋穂さん。
楽しんでますね。
正にそう言う顔だった。
「だってさ、彼にプロポーズされて受け入れたとなったら、後は結婚式とか披露宴とか、いろいろ忙しい時期でしょう?そんな時に、普段は自分から相談してこない友人が相談してくる。簡単にわかるわよぉ」
その口調と表情は、もう楽しませてもらう気満々だった。
いや、その通りなんですけど、でもなんか色々楽しまれている感があるのは……。
でも、年齢近くてすぐに相談できそうな人って、秋穂さんなんだよなぁ。
そんな事を思いつつ、口を開く。
「えっとですね。結婚式とか、披露宴とかはまぁ何とかなってるんです」
その言葉に、秋穂さんが不満そうな顔になった。
いや、そこでそんな顔されても……。
秋穂さん的には、そういった相談をされて友人同士でキャッキャウフフでもしたいのかもしれない。
逆の立場だったら、私も楽しんでそうしたかもしれないなと思ってしまう。
もっとも、彼と出会う前だったら違っただろうが……。
本当に彼と会って私はすっかり変わったと思う。
でも、いい変化だと思っている。
おっと、なんか思考が彼のことになっていたわ。
最近、彼のことを思うと思考が暴走しがちなのよね。
気を付けないと……。
そう思いつつ、昨日、彼と話し合って決まらなかった事を聞く。
「実はですね、婚姻届けのことなんです」
『婚姻届け』
その単語が出たとたん、秋穂さんの不満そうな表情が満身の笑みを浮かべたものになる。
「そうよ。そういうのを期待していたの。で、何々?何でも聞いて」
なんかその勢いとよりずいっと近づいてくる顔に圧倒されて、少し引き気味になった。
でも何とか言う。
「えっと、婚姻届けっていつ出したらいいんだろうって……。調べたら結婚式前に出してもいいし、後でもいいって……」
その言葉に、秋穂さんは頷く。
「そうね。どっちでもいいわよ。でも、そんな事確認したいわけではないわよね?」
秋穂さんの言葉に、私は頷く。
「えっと……、秋穂さんはどうしたのかなと……」
その問いに、秋穂さんは楽し気に言う。
「ふっふっふ。うちはね、プロポーズされて一週間後には出したかな」
予想外の言葉に私は驚く。
「えっと……それって……」
目を白黒させて言う私に、秋穂さんは笑って言った。
その表情は笑っていたが、目は笑っていなかった。
「だってさ、まだうちの旦那狙っている女、まだいたからねぇ。横取りされてたまるもんですかっ」
そう言えば、南雲さんを狙っている女性は複数いて、その戦いは熾烈だったという話を色々聞いたような……。
そんな私の様子を気にすることもなく、秋穂さんは言葉を続ける。
「折角陥落させたのに、横からかっさらわれるわけにはいかないわ」
その言葉には凄みがあった。
それと同時に秋穂さんらしいとも。
そして、すーっと私を見る。
「だから、もしそう言う危険性があるなら、早期で籍入れるのは有効な手段だわ」
そういう秋穂さんの表情は、修羅場を潜り抜けていた猛者のようであった。
「そ、そうなんだ……」
そんな言葉しか出ない。
そんな私に、秋穂さんは苦笑する。
「まぁ、それは私の場合だけど、つぐみさんはつぐみさんで好きなタイミングでいいと思うのよ。それに、彼、婿養子になるんでしょ?」
「ええ。そうなったんです。うちの店のことも考えてくれて……」
その言葉に、秋穂さんはクスクス笑った。
「ふふっ。さすが悟さんだね。人を見る目はあるなぁ。どうりで悟さんが必死になってくっつけようとしてたわけだ」
「えっと、それはどういう……」
おじいちゃんの話が出てきて思わず聞いてしまう。
「いやね、悟さんって、つぐみさんや美紀ちゃんの事、すごく大事にしているのと同時に、お店もすごく大事にしてるのよ。だから、その両方をしっかり考えてできる人物だって彼をかなり前から思っていたみたい。だから、結構、彼にはっぱかけたりいろいろしてたわよぉ」
その言葉に、私は真っ赤になった。
「もう、おじいちゃんはっ……」
「いいじゃない。だって、彼と一緒になって生きたいと思ったんでしょ?」
「うんっ……」
「なら、悟さんはいい仕事をしたって事で」
そう言うと秋穂さんはクスクス笑った。
「そうね。そう言う事にしておきます」
私はそう言って笑う。
で、ひとしきり笑った後、秋穂さんが聞いてくる。
「で、どうするの?」
「そうね。彼と話し合うけど、私は……」
模型同好会のミーティングの帰り。
相談があると言うと、流れから近くの自販機によってコーヒーを飲みつつ会話をすることになった。
「なんだ相談なんて?まぁ、この時期なら、結婚式とかそんな類のことだろうが……」
南雲さんはそう言うとニタリと笑った。
いや、その通りなんですけどね。
苦笑して、僕は言う。
「いや、婚姻届けのことなんですが……」
そう言いだして、二人でいつ出すか迷っているという話をした。
「ふむ。たしかにどっちでもいいというのは迷うよなぁ」
少し考えこんでいる南雲さん。
そんな南雲さんに、僕は聞く。
「南雲さんの時はどうしたんです?」
「俺の時か?俺のは参考にならんぞ」
そう言いつつ照れた顔で説明してくる。
なんでもプロポーズした翌日には秋穂さんが婚姻届けを持ってきたらしい。
それも何枚も。
で、なんてそんなに持ってきたかと言うと、失敗したら修正が効かないかららしい。
後、間違ってしまったまま提出したら、誤字や間違った情報が残ってしまうのだ。
だから、予備は必要らしい。
いい事を聞いた。
よし。用意するときは何枚ももらっておくか。
そんな事を思いつつ聞く。
「えらい早くないですか?」
その僕の問いに、南雲さんは照れつつ言う。
「いや、俺もそう思ったよ。でもさ、プロポーズしてすぐにそう反応されるってうれしいだろう?」
たしかにそのとおりである。
プロポーズを真剣に受け止め、すぐに態度で示してくれるのだ。
嬉しくないはずがない。
それも大好きで、愛している人にそうされたら格別である。
「確かにそうですね」
「それにそれだけ一緒になりたいという気持ちもわかってさ。もう、すぐに書いて、一週間後には提出しちゃったよ」
ああ、熱々だ……。
惚気全開と感じる。
だが、それはいいと思う。
二人の絆をしっかりとしておくというのも。
どちらかというと披露宴や結婚式は、周りに二人の絆を示す為のものという感じだ。
だが、入籍は違う。
婚姻届けを出したことは、黙っていれば周りにはまずわからないだろう。
だが、入籍したという事実は大きい。
お互いの繋がりはしっかり結ばれて繋がっているという証だ。
うん。いいな……。
思わずそんな事を思う。
そんな僕に南雲さんは聞いてくる。
「で、どうするんだよ?」
その問いに、僕は答える。
「南雲さんの話を聞いて思いました。つぐみさんが何と言うかわかりませんけど、僕は……」
そして、一週間後、僕は、今までの名字から星野という新しい苗字に変わったのであった。