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第116話 小さな教会で……

六月の最初の日曜日。

その日は大安であり、五月末日から続いていた雨も一旦収まって晴れになっていた。

ポカポカという感じの日差しはとても暖かいものの、まだ猛暑と言えるほどの暑さはない。

つまり、過ごしやすい一日という事であった。

そんな梅雨の谷間の気持ちのいい日にK市にある古い小さな教会で一組の結婚式が執り行われようとしていた。

その教会はとても古く由緒あるものではあったが、長くそこに務めていた牧師が高齢の為に引退したためここ最近は無牧教会となっていた。

その為、ここ最近は結婚式は行われていなかったが、そのカップルはここでやりたいという事をその教会を管理している組織へ交渉。

なんでも新婦の両親が以前ここで結婚式を挙げ、それがとても素晴らしく幸せだったと母親から聞いており、ずっとここで結婚式をしたいと思ったいたらしい。

それを聞き、それならばという事で、神前ではなく人前結婚式を行うという事で場所だけ提供という形になったのであった。

そして今、午前十時。

まもなく、その結婚式が行われようとしていた。



「いい天気だね」

僕が窓の外を見てそう言うと、つぐみさんも窓の外を見て微笑む。

「はい。いい天気ですね」

そう言った後、少しほっとした表情になった。

「それにしても晴れてよかったです」

「ああ。本当に」

僕はそう言ったが『まるで神様も僕らを祝福してくれるようだね』とは言わなかった。

流石に気障かなと思ってしまったからだ。

「昔、母に聞いた結婚式もこんなふうにいい天気だったそうです」

「そっか、じゃあ一緒だね」

そう言った僕に、つぐみさんは嬉しそうに微笑んで「はい」と言って笑った。

そんなつぐみさんを再度見る。

前に一度は見てはいるんだが、その時はドレスのみであり、化粧やベールなどを身に着けた完全状態(パーフェクトモード)は今回が初めてである。

白い花をあしらったベールをかぶり、シンプルながらもきれいな真っ白のウェディングドレスを着て、手にはウェディングブーケを持っている。

化粧は、ほんのりと薄くされていて、服装の真っ白な中に浮かび上がるかのような唇の紅がひときわ目立つ。

また、何でも秋穂さんの知り合いが作ってくれたらしいそのドレスは、前はかっちり隠されているが、背中の部分が大きく開いていて普段とは違う色っぽさを強調している。

くぅーーーーっ。いいなぁ……。

本当に幸せだ。

この気持ちを、こんな素敵な人が僕の奥さんだと自慢したいという思いもあるが、でも、他人に彼女の奇麗な背中を見られるのは嫌だという気持ちもあったりする。

うーん。複雑である。

だが、そんな僕の様子を見て少し申し訳なさそうな表情をするつぐみさん。

「今更だけと、無理ばっかり言ってごめんなさい」

どうやら、僕の表情を別の意味でとったようだ。

多分、つぐみさんの希望に沿う為、色々四苦八苦して手配した事を言っているのだろう。

だが、それがわかっていても、僕はわざと知らない振りをする。

「えっと、何がだい?」

その口調と表情から、僕が揶揄っていると判ったのだろう。

つぐみさんは苦笑して言う。

「意地悪だ……」

そんな表情をして少しふくれっ面でいうつぐみさんがかわいくて、くすくす笑った。

「ふふふっ。別にその事ではないんだ。それにさ、僕は楽しかったよ。つぐみさんのこだわりの結婚式を準備できてさ」

「じゃあ、なんでそんな顔してたの?」

つぐみさんがそう聞いてきたので、僕は笑って言う。

「いや、奇麗で色っぽいつぐみさんを独り占めしたくなったんだ。みんなに見せたくないなと思ってさ」

その言葉に、つぐみさんは真っ赤になって笑った。

「もう、そんなこといったって何も出ないんだから」

「別に出なくてもいいよ。だってさ、もう手に入れてるもん」

僕はそう言うとつぐみさんを抱きしめる。

もちろん、優しくだ。

だってさ、強く抱きしめたら、せっかく奇麗にきたウエディングドレスが皺になったら嫌だしね。

そんな感じイチャイチャしてたら、いつの間にか開いていたドアから声がかけられた。

「あのさ、今更言うのもなんだけどさ」

そう前置きして呆れた顔で美紀ちゃんが言う。

「どうせイチャイチャするなら結婚式の後にしてくれない……」

そんな美紀ちゃんの言葉に、その後ろにいた秋穂さんが苦笑して言う。

「いいじゃないの。美紀ちゃんもあとで徹君とイチャイチャすればいいんだからさ。なんでもファーストキスしたんだって?」

その言葉に、美紀ちゃんが真っ赤になって慌てた。

「ち、ちょっと、それどうして知っているんですかっ?!」

「ふっふっふ……。秘密っ」

そう言ってはぐらかすと秋穂さんは美紀ちゃんから視線を僕らに向ける。

「今、幸せ?」

その問いに、僕とつぐみさんは頷く。

「ああ。すごく幸せだ」

「ええ。すごく幸せよ」

まるでタイミングを計ったかのように同時にそんな言葉が出た。

それを見て、美紀ちゃんと秋穂さんは笑った。

「本当に、お似合いだわ」

「息もぴったりだし」

「ほんと、ほんと」

そして、秋穂さんが言う。

「では、そろそろ時間よ。準備はいい?」

その問いに、僕らは答える。

「ああ。問題ない」

「ええ。いいわ」

そして、僕は手をつぐみさんに差し出す。

「では参りましょうか、僕の大好きな花嫁様」

その手を取りつつつぐみさんは答える。

「ええ。お願いします。私の大好きな花婿様」

そして二人で笑いあう。

こうして、僕らの結婚式は始まったのであった。

なお、その様子を秋穂さんは実に楽し気に、美紀ちゃんは呆れ返った表情で見ていたのは言うまでもない。



香部屋(祭器具、祭服、典礼書などを保管し、祭服を着用したり、典礼準備をする小部屋)から聖堂に入る。

信徒席にはぎっしりとゲストの方々が座っており、僕らが入ってくると立ち上がって拍手をして向かい入れてくれる。

みんないい笑顔だ。

まぁ、一人だけ面白くなさそうな顔がある。

真奈美ちゃんだ。

もっとも、来てくれているという事は、祝福はしてくれると思っていいんだろう。

つぐみさんも真奈美ちゃんの様子に気が付いたのだろう。

一瞬だが、ニヤリという感じの勝者の笑みが浮かぶ。

そう言えば、戸籍を入れる時もこの笑みが出ていたな。

二人の間に何があったんだろうと思ったが、気にしたらいけない気がする。

うん。その方がいい気がしてきた。

忘れよう。

そして、秋穂さんの案内で主祭壇の前に歩いていく。

そこには、南雲さんが普段なら結婚式の時に牧師のいる位置で待っており、僕らを見てニコリと笑みを浮かべている。

なぜ、南雲さんがその位置にいるのか。

神前結婚式は牧師が司会進行を務めて神に誓いを立てるのに対して、人前結婚式は神の代わりに家族や友人達に誓いを立てて、承認してもらう挙式であり、今回は司会進行を南雲夫妻にお願いしていたのである。

なお、南雲夫妻は、司会進行を喜んで引き受けてくれたりする。

特に、秋穂さんが……。

そして、南雲さんの前に着くと、ゲストが信徒席に座り、式の開会を宣言した。次は、僕とつぐみさんの誓いの言葉だ。

僕らは向きを祭壇から信徒席に向ける。

そして互いに顔を見つめ合い頷くとゲストの皆さんを見回した。

みんなとてもうれしそうに微笑んでくれている。

それはそれだけ祝福されているという事だ。

つぐみさんの手をぎゅっと握ると、つぐみさんも握り返してくれる。

そして、僕は口を開いた。

「今日は、御多忙の中、僕とつぐみさんの結婚式にご参加していただき、ありがとうございます。本日、自分、鍋島光二と」

「星野つぐみは」

「ここに結婚し、共に助け合い、苦楽を共にして生きていくことを誓います。まだまだ未熟な二人ですが、これからも皆さんの御指導御鞭撻、よろしくお願いいたします」

そう言った後、二人で頭を下げる。

ゲストから拍手が沸き起こる。

そして、南雲さんがニヤリと笑って言う。

「では、指輪の交換を」

その言葉に合わせて、小型の移動式テーブルの上にビロードの布が敷かれ、その上には二人が作ったたまごひこーきと共におそろいの指輪が二つ並んでいる。

その一つの指輪をまずはつぐみさんが手に取り、僕を見つめつつ僕の左手の薬指にはめていく。

そして今度は僕の番で、つぐみさんの手を取り、彼女の左手の薬指にゆっくりとはめていく。

もちろん、見つめ合ったままだ。

なんか、もうドキドキが止まらない。

口の中にたまった唾を飲み込む。

本当なら、これで終わりのはずだった。

もうキスまでしなくてもいいという事に事前の打ち合わせではしておいたはずだった。

もちろん、秋穂さんは猛反対したが、みんなの前でキスをするという行為に、僕もつぐみさんも恥ずかしかったのだ。

しかし、見つめ合ったままの僕らを見て南雲さんはニタリと笑って秋穂さんに視線を向ける。

秋穂さんはニヤリと笑って頷いた。

そして、南雲さんがニヤリと笑う。

「では、誓いのキスを」

やっぱりかーっ。

だが、もうそう言われても拒否できないほど、僕らは盛り上がっていた。

自然と身体が近づき、僕は口を開く。

「つぐみさん、愛してます。これからもよろしくね」

もちろん、そんな事を言うつもりはなかった。

出来る限り、愛だのなんだのは言わないでおこうとつぐみさんとは言っていた。

だのにである。

その場の雰囲気に完全に僕は飲み込まれていた。

そして、それはつぐみさんもだった。

「私も、光二さん、愛しています。私の方こそよろしくお願いいたします」

そして、見つめ合って言う。

「幸せになろう」

「はい」

そして、僕とつぐみさんの顔が近づいていく。

ゲストの視線が僕らに集まっているのがわかる。

恥ずかしいはずなのだが、もう止められない。

多分、顔も耳もな真っ赤だろう。

でもそんな視線の中でも、この人は僕のものだという証明を示したいという思いが強く湧き上がってくる。

それは間違いなく、独占欲だ。

だが、それがどうした。

つぐみさんは僕のものだ。

誰にも渡さない。

その独占欲を満たすかのようにつぐみさんを抱き締めつつ、キスをしたのであった。

そして、その瞬間、拍手と祝いの言葉がゲストから贈られる。

それは、僕らの結婚を祝しての、彼らからのはなむけなのだ。

こうして、僕とつぐみさんは、皆の前で結婚したという事実をきちんと行動ではっきりとお披露目したのであった。

キスの後、一気に恥ずかしさが身体中を満たしていく。

場の雰囲気に飲まれたとはいえ、みんなの前でキスをすることになるとは……。

それも結構長いキスを……。

ちゅっという感じてばない。

舌こそ入れていないが、かなり熱烈なキスだったようだ。

秋穂さんがこそっと「見せつけてくれるじゃないの」って言って笑っていた。

いや、もうね、間隔がわからなくなっていたのよ。

本当に。

だから、まぁ、大丈夫だろうとその時は思ったが、なんてキスしてたんだとつぐみさんと二人で真っ赤になって慌てまくったりしたのは、後日、修と牧ちゃんとのタプルデートの際にスマホに撮影された動画を見た時であった。

ともかく、もう後の祭りである。

で、キスの後、結婚証明書に名前を書き込んでいく。

籍はもう入れているので、ここに記載する際に記入するのは星野の性でだ。

僕の後に、つぐみさんも名前を書いていく。

一枚の紙に、二人の名前が記入されていく。

籍を入れる時に一度は経験したものの、なんか嬉しいなぁ。

そして、二人が記入が終わると、南雲さんがその用紙を上にあげてゲストに見える様に掲げると言う。

「では、この二人の結婚を承認して下さる方は、より盛大な拍手をお願いいたします」

その言葉が終わるか終わらないかのうちに教会内は、拍手の音で満たされた。

その拍手を受け、南雲さんが宣言する。

「では、これで二人の結婚は承認されました」

そして、視線をゲストから僕らに向けた。

その視線は温かく、ほっとしたような印象さえ受ける。

「おめでとう」

そして、南雲さんのその言葉に賛同するかのようにゲストの人々も拍手しつつ立ち上がり「おめでとう」と言ってくれる。

本当にうれしい限りだ。

僕もつぐみさんもみんなに頭を下げる。

「ありがとうございます」

何度も何度も頭を下げる。

本当に感謝しかない。

そして、最後は、ブーケトスだ。

これは、絶対にやった方がいいと秋穂さんに言われて、式の最後にやることになった。

未婚の女性に向けてブーケを投げて、それを取った人は次に結婚できるという奴である。

何人かの女性が手を上げてアピールしている。

その中には、和美ちゃんもいる。

何か必死に手を振っているのが彼女らしい。

つぐみさんも最初はそっちにと思ったのだが、どうやら妹の美紀ちゃんの方に投げると決めたようだ。

最近、徹君との仲はかなり良くて、最初は高校卒業するまでは仮採用とか言ってたのに、高校卒業前にいつの間にか本採用になっていたらしい。

だから、姉として妹に幸せになって欲しいと思ったのだろう。

だが、運命の女神は、実に悪戯心があるようだ。

投げた瞬間、風が吹き、ブーケは予想外の人物の所に飛び込んでいた。

鍋島真奈美。

そう従弟の真奈美ちゃんの所である。

彼女としては、アピールもしていなかったし、少し離れた所に居たのに、自分の所にブーケが飛んできたのだ。

思わずといった感じで受け取ってしまったらしい。

そして、え?!といった感じの表情ででブーケとこっちを何度も見直している。

「あら、よかったわね、真奈美ちゃん」

近くにいた僕の母がそう言って微笑んでいるようだ。

それを聞き、やっと状況把握が出来た奈麻美ちゃんは、むすっとした表情でつぐみさんを見ている。

つぐみさんは、その視線を受け、ごめんって頭を下げている。

わざとじゃないという意味らしい。

なお、近くにいた美紀ちゃんによると「なんで私なのよっ。嫌がらせかしら」とか呟いていたらしい。

そんな彼女に梶山さんが何か言ってたらしいのだが、よく聞こえなかったようだ。

KYな梶山さんのことだから、変なことは言ってないといいんだけどな。

ともかく、こうして最後のブーケトスも無事?に終わり、皆の祝福を受けて僕らの結婚式は無事に終わったのであった。

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