……"剣魔"ね。
まさか俺自身がそんな大層な名前を頂くことになるとは。
なるほど、つまりネームドモンスターってやつだな。
──内心、背中に嫌な汗が伝うのを感じる。
それを悟られないように、ゆっくりと深呼吸をする。
顔色ひとつ変えず、もう少し情報を集めるか。
「その……剣魔って、どんな姿をしていたんです?」
俺の何気ない問いかけに、ミーアは少し眉を寄せながら答えた。
「そうですね……生き残った冒険者たちによると──」
「子供のような見た目で、肌は陶器のように真っ白。それに、額には黒い角が生えていたらしいです。」
──ドクンッ
……いやいやいやいやいや、完全に俺のことじゃねぇか!?
なんてこった、情報がここまで正確に伝わっているとは思わなかったぞ!?
ここで変に取り乱したらマズイ、マズイぞ俺。
バレた瞬間、即討伐の流れ一直線だ……!
「へぇ~、そ、それはまた恐ろしい見た目ですね!」
頑張って平静を装い、適当に相槌を打つ。
よし、大丈夫。落ち着け、俺はただの"冒険者を志す可愛い少年"……"剣魔"なんて知らん顔しておけばいい。
「本当にそうですよ!炎と雷だけじゃなく、地形すら自在に操ることができたらしいです。」
……は?
──俺、そんなに盛られてんの!?
いや確かに、迷宮そのものと同化したから地形操作はできた。
でもそれをあんな"無双"みたいな扱いされると話が変わってくるぞ!?
ヤバい、意識すればするほど冷や汗が止まらん。ついさっきまでの"俺TUEEEE"気分が一気に吹き飛ぶ。
「おい、坊主──」
横から、不意に声が飛んできた。
声の主は、さっきから俺をやたら見てくる"髭面の冒険者"グラッツォ。
「……坊主、お前がその"剣魔"じゃねぇのか?」
……ハッ!?
ギクッとしかけたが、咄嗟に表情を作り直す。
それこそ冷静沈着な剣士のごとく、微笑みすら浮かべながら答えた。
「そんなわけないですよぉ……!見た目が違いますし、そもそも魔物が冒険者になりに来るなんて、おかしいじゃないですか!」
──頼むぞ、俺の演技力。
グラッツォは疑うような視線を俺に向けていたが──
「……ハハッ! 冗談だよ、冗談! さすがにそんなわけねぇよなぁ!」
そう言って、豪快に笑い飛ばす。
……よ、よかった……ッ!!
心臓が嫌な跳ね方をしたぞ、今!?
危うく剣魔、討伐されるなんて笑えないオチを迎えるところだった……!
あぁ、冒険者生活即ゲームオーバーとかじゃなくて本当によかった……!!
「それでは──」
間一髪で危機を脱した俺に、ミーアが続ける。
「最後にギルド長との面談があります。今はちょうど休憩時間なので、すぐに面談できると思います。準備ができたらお呼びしますので、それまでロビーでお待ちください。」
ギルド長……!?
……待て、それは非常にマズいのでは!?
ギルド長なんて、確実に歴戦の強者じゃないか。
さっきのグラッツォなんて比べ物にならないレベルで目が肥えているはず。
少しでも"違和感"を悟られたら──終わる。
即・討伐、確定。
──ボロを出したら、即アウト。
……これは、緊張感MAXの面談になりそうだ。
―――――
ロビーのソファに座りながら、じわじわと高まる緊張を押し殺して待っていると、ミーアさんが戻ってきた。
「ラグナさん、お待たせしました。ギルド長が面談の準備を終えたそうです。ギルド長室までご案内します。」
「分かりました。」
一つ息を吐き、心を落ち着ける。
この面談、何としても無難に乗り切らなければならない。
ミーアさんの後ろをついていくと、目の前に螺旋階段が集まる広場が広がっていた。
頭上を見上げると、何層にも折り重なる階段が高くそびえている。
「ギルド長室は、この建物の最上階にあります。大変だとは思いますが、ついてきてください。」
そう言うと、彼女はどこか不機嫌そうに足を踏み出した。
この様子、日常的にギルド長に用事があって階段を登っているのか?
まぁ、ギルド長室が高い場所にあるのは不便だろうな。
前世でも職員室は一階にあるのが相場だし……。
いや、それ以前に──
ギルドの最上階にオフィスを構えるとか、ボスキャラ感がすごいんだが!?
いやいや、落ち着け俺。
すでに"剣魔"というネームドモンスターになってる時点で、俺も相当ボスキャラじみてる。
ここでビビってどうする、堂々といけ。
数十段、いや、数百段もの階段を登り、ようやくギルド長室が見えてきた。
重厚な木製の扉。中央にはギルドの紋章が彫り込まれている。
「どうぞ、中へ。」
ミーアさんが扉をノックし、一歩下がる。
……心の準備はいいか?
ここを無事に通過すれば、冒険者として堂々と活動できる。
────問題は、ギルド長がどれほどの目利きなのか、だ。
意を決して扉を開けると──
広がるのは、予想を遥かに超えた異様な光景だった。
「おお、来たね。"噂の新人"くん。」
──子供だった。
いや、正確には、子供のように見える人物だった。
背丈は低く、顔立ちはあどけない。
しかし、その瞳には老練さと鋭利な光が宿っている。
肩まで伸びた銀髪をサラリと流し、ギルド長の椅子にふんぞり返るように座っていた。
「さぁさぁ、適当に座って楽にしてくれ。固くなると、こちらもやりにくい。」
そう言いながら、彼──シルヴァリエン・アル=ゼラストラは、楽しげにワイングラスを揺らした。
……なんだろう、この妙な"違和感"。
見た目は完全に子供なのに、言葉や仕草は老獪の策士。
それに、この雰囲気……飄々としているようでいて、こちらの隙を窺うような狡猾な空気がある。
──やりにくい相手だ。
だが、ここで変に動揺してはこちらの正体を探られる。
俺もできるだけ自然体を装い、静かに椅子に座った。
「……それで?」
シルヴァリエンがニヤリと笑う。
「君、"何者"かな?」
心臓が、一瞬跳ねた。
「何者って……ただの冒険者志望ですが?」
できるだけ落ち着いた声で答える。
が、シルヴァリエンの笑みは崩れない。
「ふぅん。ただのねぇ。」
彼はワイングラスを軽く回しながら、じっくりと俺を観察するように眺めた。
その目は、獲物を狙う猛禽類のように鋭い。
──この男、試してきている。
適当にあしらうわけにはいかない。
「あれだけの戦闘力を持ちながら、ただの冒険者志望……ねぇ。」
ワインを一口飲み、肩をすくめる。
「まぁいいさ。君の正体が何であれ、ここに来た目的は冒険者になること……それだけだろう?」
「……ええ。」
「ならば、認めよう。今日から君は、正式な冒険者だ。」
……え?
あまりにあっさりとした許可に、思わず肩透かしを食らう。
「……いいんですか?」
「ああ。嘘をつくのが下手なことは、よく分かったしね。」
その言葉に自分が隠そうとしていたことが簡単にバレていて思わず驚いてしまう。
それを見てニヤリと、愉快そうに笑うシルヴァリエン。
「ただし──」
その目が、一瞬、氷のように冷たく光った。
「このギルドにとって不利益なことをしたら、その時は……分かるね?」
背筋に、冷たいものが走った。
──つまり、泳がせるということか。
俺の正体について、確信は持てない。
だが、何か隠していることは見抜かれている。
そして、ギルドに害があるならば、即座に排除する……そういうことだ。
「……心得ておきます。」
「よろしい。」
そう言うと、シルヴァリエンは再びワインを傾けた。
「では、ようこそ──冒険者ラグナくん。」