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第30話 迷宮の中の小鬼、外で自分の強さを知る

「試験開始!!」  


 ミーアの声が響き渡ると同時に、ゴブリンが突っ込んできた。  


 ──遅い。  


 クロウ・ヴァンガードとの死闘を経験した俺の目には、その動きが驚くほど鈍く映る。  


 無防備な姿勢のまま、一直線に俺へと突進してくるゴブリン。  

 愚直すぎる。まるで自ら死にに来ているようなものだ。  


(……これ、戦いって言えるのか?)  


 軽く息を吐き、大太刀を抜く。  


 その瞬間──一閃  


 シュバッ!!  


 音すら置き去りにする超速の抜刀。  

 大太刀が閃光のように走り、ゴブリンの首を刎ねる。  


 ──が、ゴブリンはまだ気づいていない。  


 切り落とされたことを理解できないまま、数歩駆け続け──  

 膝から崩れ落ちるように、地面へと沈んだ。  


「……な、な、なにが起こった……?」

「おいおい、お前見えたか!?」

「いや……気づいたらゴブリンが倒れていた……」  


 訓練場に驚愕のざわめきが広がる。  


 冒険者たちは目の前の光景が信じられないらしく、呆然と俺と倒れたゴブリンを見比べていた。  


(どうやら俺の実力は、このギルドの基準では相当高い部類らしい)  


 まあ、当然か。  

 元S級の猛者とやり合ったんだ。並の冒険者より強いのは明らかだろう。  


「倒したけど、次は?」  


 俺は何事もなかったかのように、大太刀を鞘に納めながら尋ねる。  


「えっ? な、なにが……?」  


 ミーアの声が戸惑いに満ちている。  

 どうやら何が起きたのか、まだ完全に理解できていないらしい。  


(ふーん……ミーアさん、そこまで強くはないな)  


 前世では、受付嬢がボスをソロ討伐するケースもあったが、どうやら彼女はそういう部類ではなさそうだ。  

 俺の剣筋をまるで捉えられていなかった。  


「いや、普通にゴブリン倒したから次の相手を出してほしいです」  


「わ、分かりました……」  


 驚きつつも、流石は大都市の受付嬢。  

 動揺を抑えつつ、すぐに次の準備に取り掛かる。  




「それでは、E級のモンスターを討伐したので、正式に冒険者としての資格は得られました。  

 ここで試験を終えることもできますが……まだ続けますか?」  


「続けたらどうなるんですか?」  


「次はD級のモンスターを召喚します。このモンスターに勝てば、E級冒険者として認められます。」  


 なるほど、倒したモンスターより一つ下のランクで登録される仕組みか。  

 なら、ここで終わる理由はない。  


「続けます。」  


「分かりました。では、召喚を開始します。」  


 ミーアは再び深紅の宝玉を掲げ、詠唱を開始する。  


「──《召喚せよ、具現の宝玉。記憶の中より形を成せ》」


 今度は先ほどよりも濃い魔力の波動を感じる。  


 魔法陣が赤く脈動し、空間が震え始める。  

 地面が小刻みに揺れ、熱を帯びた風が吹き抜けた。  


 次の瞬間、地響きを立てながら、魔法陣の中心から巨大な獣の影が現れた。  


 ──ドスン!!  


 四足の巨躯、分厚い筋肉に覆われた身体。  

 赤黒い毛皮は鋼のように硬く、牙を剥いた獰猛な顔には、無数の古傷が刻まれている。  


「《バーサル・ボア》、召喚完了!」


 ミーアがその名を告げる。  


 バーサル・ボア  


 D級モンスターに分類されバーサル・ボアるこの魔獣は、  

 猪のような姿を持ち、その突進は鋼鉄すらも砕くと言われている。  


「この魔獣の最大の特徴は、強靭な突進と耐久力です。真正面から受け止めるのは危険なので、うまく対処してくださいね……?」  


 忠告をくれるミーアだが、その瞳は少し俺を疑っているようにも見える。  


(……ふむ、つまり頑丈な突進特化型か)  


 ゴブリンより強くなっているが、苦戦する程ではないだろう。  


「……では、試験再開です!」  


 ミーアの合図と同時に──  


 バーサル・ボアが咆哮し、地を蹴った。  


 凄まじい土煙を巻き上げ、轟音と共に突進してくる!!  


「ふっ……いいね。さっきよりは楽しめそうだ。」  


 俺はニヤリと笑い、大太刀を構え直した。




 バーサル・ボアが突進してくる。  


 殺意の塊と化した巨体が、地を砕くような勢いで迫ってくる。  


 俺は軽く身をひねり、その突進を紙一重で回避する。  

 駄目だな、ただ斬るだけじゃつまらない。  


 クロウとの死闘を経た今、ただの力任せの一撃なんて芸がなさすぎる。  

 だったら、ちょっと"派手"にいこうか。  


「──燃え上がれ。」  


『炎初級魔法──炎狼』 


 指先から燃え盛る狼の炎が生まれ、そのままバーサル・ボアに飛びかかる。  


「ブギャァァァァッ!?」  


 クラッシュボアは悲鳴を上げながら暴れ回る。獣の皮膚に絡みついた炎の牙が、肉を焼き切る。のたうち回りながら、バーサル・ボアの巨体が徐々に動きを鈍らせ──  


 やがて、最後の足掻きも虚しく崩れ落ちた。  


 ──静寂。  


「な、なにが起きた……?」  


「……今の炎魔法、初級魔法の発動速度じゃなかったぞ!?」  


「剣術に加えて魔法まで……こいつ、何者だ!?」  


 冒険者たちが驚愕の声を上げる。  


 ああ、やっぱりこういう反応はいいな。  

 自分の力を"証明"できた瞬間ほど、気持ちがいいものはない。  


 俺は軽く肩を回し、目の前で固まっているミーアに声をかけた。  


「次のモンスターを出してくれ。」  


「……えっ?あ、はい!?」  


 戸惑いながらも、ミーアは再び《具現の宝玉》を掲げ、詠唱を始める。  


 ──そして、それから先は……  


 圧倒的な流れだった。  


 D級、C級、B級、A級のモンスターを一撃で討伐し続け、ミーアや冒険者たちは"驚愕"を通り越して"沈黙"するしかなかった。  

 誰もが理解したのだ。  


 ──こいつも自分達とは違う"規格外"だと。  




「試験はここまでです……」  


 ミーアは震える声で言いながら、俺を見上げた。  


「……ラグナさんを、B級冒険者に認定します。」  


 その言葉を聞いた瞬間、周囲の冒険者がどよめく。  


「おい、マジかよ……!?」  


「試験受けたばかりでB級になったやつなんて聞いたことねぇぞ……!」  


「ていうか、こいつ本当に子供なのか?」  


 ああ、そういう反応も悪くない。  


「そういえば、冒険者のランクってどこまであるんですか?」  


 俺の問いに、ミーアは少し落ち着きを取り戻しながら答えた。  


「はい、基本的にはA級までです。その上にS級、さらにその上にSS級というランクがあります。」  


 へぇ~、S級の上があるのか。  


「SS級ってのは?」  


「人の限界を超えた者に与えられる称号です。現在、世界に5人しかいません。」  


 ほう、つまりそれが冒険者最強ってことか?  


「なるほど。じゃあ、A級になるにはどうすれば?」  


「A級は、他の冒険者を率いる立場につくことが多いため、それに見合う"実績"を積む必要があります。ギルドの高難易度依頼を達成していけば、A級昇格の試験を受けることができます。」  


 なるほどね。普通に冒険者を続けていればA級には到達できる、ということか。  


 でも──  


「冒険者やるなら、S級以上になりたいな。」  


 俺の呟きに、ミーアは目を見開いた。  


「S級以上……?」  


「なるにはどうすればいいですか?」  


「それは……高難易度すぎて誰も手を付けられない依頼を達成したり、討伐難易度・超越オーバーS級の魔物を倒したり、レベルフォー以上のダンジョンを攻略することなどが条件です。」  


 ふむふむ、超越オーバーS級の魔物とかレベルフォー以上のダンジョンとか、色々あるわけか。  

 でも、ちょっとイメージが湧きにくいな。  


「具体的にはどんな案件がある?」  


「そうですね……最近で言うと──」  


 ミーアは一瞬、苦い顔をしてから続けた。  


「大遠征を返り討ちにした超越オーバーS級の魔物……"剣魔"を討伐すれば、S級として認められるでしょう。」  


 ……ほう?  


 大遠征を返り討ちにした魔物、剣魔ね…









 それって──  


 俺じゃん。 




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