ギルドの奥へと進んでいくと、そこには広大な訓練場が広がっていた。
(おお……)
思わず感嘆するほどの規模だ。
周囲の壁は高く、訓練の衝撃を吸収するためか、分厚い石材で作られている。
地面には剣戟や魔法の跡が無数に刻まれ、長い年月をかけて積み重なった戦いの歴史が感じられる。
──と、そこでふと気づく。
(ん? 俺と背丈が変わらない子供がいるじゃん)
訓練場の端で、俺と同じくらいの年齢に見える少年が剣を振るっている。
その動きはただの子供のそれとは違う。
明らかに磨かれた剣筋、そして何より、周りの冒険者よりも鍛錬に打ち込んでいるのが分かる。
(ふーん……やっぱり年齢は関係ないんだな)
だったら、最初から俺を登録させてくれてもよかったじゃないか。
まぁ、ミーアさんの慎重さも分かるし、あまり強くは言えないが。
「皆さん、今から冒険者試験を始めますので、訓練場の中央を開けてください!」
ミーアさんの声が響くと、冒険者たちは訓練を止めてこちらを見る。
「……え? あの子供が試験を受けるのか?」
「冗談だろ? どこから見ても貴族の坊ちゃんじゃねぇか」
(おっと……やっぱりザワつくよな)
俺を値踏みするような視線が集まり、訓練場全体がざわめく。
この世界でも見た目が判断材料になるのは仕方がない。
それでも、冒険者たちはミーアさんの指示に従い、ちゃんと中央を開けてくれる。
ここにいる連中は、そこまで粗暴な輩ではないらしい。
(案外、ちゃんとしてるんだな)
前世で読んでいた異世界ものだと、こういう時にいきなり絡んでくるモブがいるものだが……よく考えれば、冒険者ギルドはただの傭兵集団ではない。
街の治安維持も兼ねる、いわば公的な組織だ。だからこそ、冒険者が無闇に騒ぎを起こさないのは、ある意味当然なのかもしれない。
「それでは試験を開始しますので、準備をしてください」
ミーアさんの声が響く。
(準備ねぇ……まぁ、まずは"武器"だな)
俺は、胸元の珠玉──
そして大太刀をイメージする。
──ズズッ……!
珠玉から黒い霧のようなものが出てきて大太刀の形をかたちどる。霧が晴れると俺の手に大太刀が握られる。
それはかつて俺がダンジョンで振るっていた小鬼王の大太刀によく似た形状だ。
もちろん、そのままだと正体がバレるので、
形状を若干変えてあるが、重量や長さはほぼ同じ。
(よし……悪くない)
何度か軽く振ってみる。
手に馴染む感覚──違和感は、ない。
……と、ここで、周囲からどよめきが上がった。
「……どこからその武器を……」
「てか、そんな大太刀を片手で……?」
(あっ、やっべ)
思いっきり周囲の注目を浴びてしまった。
どうやら武器を取り出す瞬間を見られていたらしい。
(適当に誤魔化さないと……)
「えーっと……
「あ、あぁ……」
「それに、さっき言ったでしょ? 強さには自信があるって」
「……それはそうだけど……」
(よし、押し切れる!)
「さぁ、早く始めましょう!」
「そ……そうね」
ミーアさんが若干戸惑いながらも、何とか納得してくれた。
(ふぅ……危ねぇ)
こういう時は、堂々としてるのが一番だ。
疑いを持たれたとしても、こいつはそういう奴なんだと納得させることができれば、それでOKなのだから。
――――――
「それでは、冒険者試験を開始します!」
ミーアが高らかに宣言する。その声が訓練場全体に響き渡った。
「試験官はこの私、ミーア・カサンドラが務めます。周囲の冒険者が見守っているため、不正行為は厳禁です。ルールを守って試験を受けてください。」
凛とした声色には、確かな威厳がある。
どうやら受付嬢だからといってただの事務員というわけではなさそうだ。
「分かりました。それでは、よろしくお願いします。」
俺は深く頷き、改めて大太刀を握り直す。
訓練場を囲むように集まった冒険者たちの視線を感じる。ざわつきながらも、その瞳には興味が宿っていた。
──ガキが試験を受けるなんて笑い話か?
──いや、さっき大太刀を片手で振っていた。あの子供、ただ者じゃないぞ……
そんな囁き声が聞こえてくるが、気にする暇はない。
ミーアは俺をじっと見つめた後、手にした深紅の宝玉を掲げる。
「今から
……危険度E、か。
この世界のモンスターランクの基準が分からないが、きっと初心者向けの敵ということだろう。
「詠唱、開始──」
ミーアの声が静寂を切り裂く。
「──《召喚せよ、具現の宝玉。記憶の中より形を成せ》」
ミーアが詠唱した後に自身の血を垂らしたことによって宝玉が淡く赤く光る。
次の瞬間、ミーアの足元に魔法陣が浮かび上がり、空気がざわめき始めた。
(へぇ……詠唱魔法か)
魔力の流れが視覚的に感じられる。
具現の宝玉がまるで血を滲ませるように赤黒く輝き、その光の中から影が立ち上がる。
──次第に輪郭が明確になり、モンスターの姿が顕現した。
「《ゴブリン》、召喚完了。」
地面に現れたのは、一体のゴブリンだった。
身長は俺の腰ほどで、皮膚はくすんだ緑色。
手には錆びた短剣を握り、目をぎょろりと動かしながら辺りを見回している。
口元からよだれを垂らし、カタカタと牙を鳴らしていた。
俺や、鬼童丸達が進化する前はあんな感じなんだろう。理性を全く感じさせず、獣のようだ。
「……準備はいいですか?」
ミーアが問いかけてくる。
俺は静かに頷き、大太刀を肩に担ぐ。
「問題ありません。いつでもどうぞ。」
「では、試験開始!」
ミーアが宣言した瞬間、ゴブリンが獣じみた叫びを上げながら突っ込んできた──!!