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第28話 俺のせいだったみたい

ギルドの扉を押し開けると、そこには思った以上に整った空間が広がっていた。  


 まるで銀行のロビーのように洗練された造りの受付。  

 壁には掲示板が並び、冒険者向けの依頼が貼り出されている。  

 奥には酒場のようなスペースもあり、数人の冒険者がグラスを傾けていた。  


(流石は大都市のギルド……ってところか)  


 だが、何かがおかしい。  


 ──違和感がある。  


 建物の規模に対して、冒険者の数が妙に少ない。  

 そして、残っている冒険者の顔つきも沈んでいるように見えた。  


(なんだ、この空気……)  


 そんなことを考えていると、不意に耳障りな声が飛んできた。  


「おい、坊主。何しに来た? ここは冒険者ギルドだぞ」  


 低く響くダミ声。  

 酒場スペースのテーブルで飲んでいた大柄な冒険者が、俺に目を向けている。  


(ああ、やっぱり絡まれるのか……)  


 内心でため息を吐きつつ、なるべく穏便に済ませるべく口を開く。  


「いや、冒険者登録をしに来たんだけど」  


「……は?」  


 冒険者が怪訝な顔をする。  


「お前みたいなガキがか? そんなもんやめとけ、すぐ死ぬぞ」  


「忠告ありがとう。でも、これしか稼ぐ手がないんだ」  


「けっ!人がわざわざ言ってやったのに。 まぁ、勝手にしやがれ!」  


 捨て台詞とともに、男は再びグラスを傾ける。  

 思ったより優しい反応に、ちょっと驚いた。  


(勝手にガラの悪い冒険者像を想像してたけど、意外と普通の人もいるんだな)  


 そんなことを考えながら受付へと向かう。 




 受付カウンターに並ぶべき場所には、誰もいない。  


 行列ができているかと思ったが、受付嬢たちは暇そうにしていた。  

 その中でも特に可愛いお姉さんのところに向かってみる。  


「はい、本日のご用件は?」  


 明るく愛想のいい声。  


「冒険者になりたいんですが」  


「──貴方が、ですか?」  


 ピタリと動きが止まる受付嬢。  

 半分呆れたような、半分驚いたような顔でこちらを見ている。  


 まぁ、見た目が華奢な少年なら、そりゃそうなるか。  


「はい。こう見えて、強さには自信があるんです」  


「……今はちょうど冒険者が足りなくて、猫の手も借りたいくらいですが……それでも子供を登録するのは……」  


 ──冒険者が足りない?  


 受付嬢の言葉に、俺の中の"違和感"がさらに強まる。  


(やっぱり何かあったのか?)  


 都市の雰囲気、沈んだ冒険者たちの表情、そして"人手不足"──。  


「ひとつ聞きたいんですが」  


「はい、なんでしょう?」  


「なんで冒険者が足りないんですか?」  


「……ご存じないのですか?」  


(おっと、これは"当然の情報"ってやつか)  


「はい。結構遠くから来たもので」  


「そうですか……時期が悪いですね」  


 受付嬢は一つ息をつくと、苦しそうに言葉を続けた。  


「先日、新しく発見された迷宮で"大遠征"が行われました。ですが──」  


 彼女は一瞬、言葉を詰まらせる。  


「──"元S級冒険者"をはじめ、多くの冒険者が亡くなってしまったんです」  


 一瞬、心臓が"ドクン"と跳ねる音が聞こえた。  


「迷宮は崩壊したみたいですが……ダンジョンボスが本当に倒されたかどうかは分かっていません」  


(……なるほど)  


(……なるほど、なるほど、なるほど)  


 そういうことか。  


 それってつまり──  


 ──俺のせいじゃん。



 ――――――




(まぁ、あれは仕方ないよな)  


 自分の中でそう納得する。  


 正当防衛というやつだ。  

 何? 過剰防衛になるだろうって?  


 ──ハハハハ! 我がダンジョンの法律では、れっきとした正当防衛なのだ!  


 だってそうだろう?  

 何十人もの冒険者が武装して押し寄せ、罠を掻い潜り、命がけで俺を殺しに来たんだ。  


『ごめんなさい、降参します 』 


 なんて、そんな選択肢が"ボス"にあるわけないだろう?  

 あのクロウ・ヴァンガードだって、手加減して勝てる相手じゃなかった。  

 一歩間違えれば普通に死んでいたんだ。  


(……まぁ、そんなことをここで堂々と話せるわけもないが)  




「それは大変ですね。それなら尚更、新しい冒険者は必要でしょ?」  


 俺はもっともらしく言う。  

 このまま話が流れたら、俺の生活資金が吹き飛ぶ。  

 どうにかして登録してもらわなければ。  


「……そうなんですが……」  


 彼女は、どこか歯切れが悪い。  

 やっぱり子供に冒険者をやらせるのは気が引けるのか?  


 ──と、そこで。  


「おい、ミーア! 試験をしてやればいいだろう?」  


 酒場の奥から、野太い声が響いた。  


(ん? 誰だ?)  


 声の主に視線を向けると、そこにいたのは


 髭面の大男。  


(……って、あいつ夜叉と戦ってた冒険者じゃねぇか!?)  


 あの時の戦い、こいつはダンジョンに参加していたやつか。  


「グラッツォさん、でも子供ですし……危険では?」  


 受付嬢のミーアさんが心配そうに言うが、  

 髭面──グラッツォと呼ばれた男は、静かに首を振る。  


「大丈夫だ。そいつからは只者ではない雰囲気がする……それこそあの忌々しいダンジョンボスのような」  


 ……危ねぇ!!


 どうやらこいつは勘が鋭いらしい。  

 まさか俺の気配が人間のそれじゃないことに気づいたのか?  


(……マズいな、バレるか?)  


 一瞬、心臓が跳ねるが、すぐに落ち着く。  

 いやいや、ダンジョンボスが人の姿で冒険者になろうとしているなんて、普通考えないだろう。  


「本当ですか? この子があのダンジョンボス並み……?」  


「……あぁ、俺の冒険者としての勘みたいなもんだ」  


「……分かりました。では、"冒険者試験"を行います」  


(……ふぅ)  


 グラッツォの鶴の一声で、なんとか門前払いは回避できた。  


「それでは試験を行います。そこの扉から訓練場へついてきてください」  


 ミーアさんがそう言うと、ギルドの奥へと繋がる扉を開いた。


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