ギルドの扉を押し開けると、そこには思った以上に整った空間が広がっていた。
まるで銀行のロビーのように洗練された造りの受付。
壁には掲示板が並び、冒険者向けの依頼が貼り出されている。
奥には酒場のようなスペースもあり、数人の冒険者がグラスを傾けていた。
(流石は大都市のギルド……ってところか)
だが、何かがおかしい。
──違和感がある。
建物の規模に対して、冒険者の数が妙に少ない。
そして、残っている冒険者の顔つきも沈んでいるように見えた。
(なんだ、この空気……)
そんなことを考えていると、不意に耳障りな声が飛んできた。
「おい、坊主。何しに来た? ここは冒険者ギルドだぞ」
低く響くダミ声。
酒場スペースのテーブルで飲んでいた大柄な冒険者が、俺に目を向けている。
(ああ、やっぱり絡まれるのか……)
内心でため息を吐きつつ、なるべく穏便に済ませるべく口を開く。
「いや、冒険者登録をしに来たんだけど」
「……は?」
冒険者が怪訝な顔をする。
「お前みたいなガキがか? そんなもんやめとけ、すぐ死ぬぞ」
「忠告ありがとう。でも、これしか稼ぐ手がないんだ」
「けっ!人がわざわざ言ってやったのに。 まぁ、勝手にしやがれ!」
捨て台詞とともに、男は再びグラスを傾ける。
思ったより優しい反応に、ちょっと驚いた。
(勝手にガラの悪い冒険者像を想像してたけど、意外と普通の人もいるんだな)
そんなことを考えながら受付へと向かう。
受付カウンターに並ぶべき場所には、誰もいない。
行列ができているかと思ったが、受付嬢たちは暇そうにしていた。
その中でも特に可愛いお姉さんのところに向かってみる。
「はい、本日のご用件は?」
明るく愛想のいい声。
「冒険者になりたいんですが」
「──貴方が、ですか?」
ピタリと動きが止まる受付嬢。
半分呆れたような、半分驚いたような顔でこちらを見ている。
まぁ、見た目が華奢な少年なら、そりゃそうなるか。
「はい。こう見えて、強さには自信があるんです」
「……今はちょうど冒険者が足りなくて、猫の手も借りたいくらいですが……それでも子供を登録するのは……」
──冒険者が足りない?
受付嬢の言葉に、俺の中の"違和感"がさらに強まる。
(やっぱり何かあったのか?)
都市の雰囲気、沈んだ冒険者たちの表情、そして"人手不足"──。
「ひとつ聞きたいんですが」
「はい、なんでしょう?」
「なんで冒険者が足りないんですか?」
「……ご存じないのですか?」
(おっと、これは"当然の情報"ってやつか)
「はい。結構遠くから来たもので」
「そうですか……時期が悪いですね」
受付嬢は一つ息をつくと、苦しそうに言葉を続けた。
「先日、新しく発見された迷宮で"大遠征"が行われました。ですが──」
彼女は一瞬、言葉を詰まらせる。
「──"元S級冒険者"をはじめ、多くの冒険者が亡くなってしまったんです」
一瞬、心臓が"ドクン"と跳ねる音が聞こえた。
「迷宮は崩壊したみたいですが……ダンジョンボスが本当に倒されたかどうかは分かっていません」
(……なるほど)
(……なるほど、なるほど、なるほど)
そういうことか。
それってつまり──
──俺のせいじゃん。
――――――
(まぁ、あれは仕方ないよな)
自分の中でそう納得する。
正当防衛というやつだ。
何? 過剰防衛になるだろうって?
──ハハハハ! 我がダンジョンの法律では、れっきとした正当防衛なのだ!
だってそうだろう?
何十人もの冒険者が武装して押し寄せ、罠を掻い潜り、命がけで俺を殺しに来たんだ。
『ごめんなさい、降参します 』
なんて、そんな選択肢が"ボス"にあるわけないだろう?
あのクロウ・ヴァンガードだって、手加減して勝てる相手じゃなかった。
一歩間違えれば普通に死んでいたんだ。
(……まぁ、そんなことをここで堂々と話せるわけもないが)
「それは大変ですね。それなら尚更、新しい冒険者は必要でしょ?」
俺はもっともらしく言う。
このまま話が流れたら、俺の生活資金が吹き飛ぶ。
どうにかして登録してもらわなければ。
「……そうなんですが……」
彼女は、どこか歯切れが悪い。
やっぱり子供に冒険者をやらせるのは気が引けるのか?
──と、そこで。
「おい、ミーア! 試験をしてやればいいだろう?」
酒場の奥から、野太い声が響いた。
(ん? 誰だ?)
声の主に視線を向けると、そこにいたのは
髭面の大男。
(……って、あいつ夜叉と戦ってた冒険者じゃねぇか!?)
あの時の戦い、こいつはダンジョンに参加していたやつか。
「グラッツォさん、でも子供ですし……危険では?」
受付嬢のミーアさんが心配そうに言うが、
髭面──グラッツォと呼ばれた男は、静かに首を振る。
「大丈夫だ。そいつからは只者ではない雰囲気がする……それこそあの忌々しいダンジョンボスのような」
……危ねぇ!!
どうやらこいつは勘が鋭いらしい。
まさか俺の気配が人間のそれじゃないことに気づいたのか?
(……マズいな、バレるか?)
一瞬、心臓が跳ねるが、すぐに落ち着く。
いやいや、ダンジョンボスが人の姿で冒険者になろうとしているなんて、普通考えないだろう。
「本当ですか? この子があのダンジョンボス並み……?」
「……あぁ、俺の冒険者としての勘みたいなもんだ」
「……分かりました。では、"冒険者試験"を行います」
(……ふぅ)
グラッツォの鶴の一声で、なんとか門前払いは回避できた。
「それでは試験を行います。そこの扉から訓練場へついてきてください」
ミーアさんがそう言うと、ギルドの奥へと繋がる扉を開いた。