門へと続く道の先に、人の往来が見えた。
遠くからでもわかる。都市の規模が、想像以上にデカい。
都市を囲う防壁は視界の端まで続いており、その壮観さに思わず息をのむ。
──こんなにも広いのに、活気が足りないのはどうしてだ?
普通、大都市といえば賑やかで、人々の声が飛び交い、商人の呼び込みが響くような場所だろう。
しかし、この都市には妙な陰りがある。
「……なんか、どんよりしてるな」
門の前には、長蛇の列──ではなく、思ったよりも短い列ができていた。
けれど、その並んでいる人の表情に目を向けると、ほとんどが疲れた顔をしている。
さらに気になったのは、入る人より出る人の方が圧倒的に多いことだ。
まるで、"何か"がこの都市の人々を追い立てているかのように。
(……何か、あったのか?)
列の最後尾に並び、少しずつ前へ進む。
そして俺の番が来た。
「見ない服を着ているな。荷物を確認するから持ち物を見せろ」
門番の男がじろりと俺を見下ろす。
筋骨隆々の体に、よく手入れされた鎧。
これが中世ファンタジー世界の都市警備兵か。
「すみません。来る途中で魔物に追われてしまい、荷物を全部捨ててしまいました」
正直、荷物なんて最初から持ってなかったけど、ここで何も持ってないとだけ言うのはさすがに不審だろう。
適当にそれっぽい理由をつけておく。
「……なるほどな。あの"大遠征"の影響を受けてしまったか。かわいそうな子だ」
門番の男はそう呟くと、すんなりと通してくれた。
(……えっ、いいのか?)
身分証の提示とか、通行税の徴収とか、もっと面倒な手続きがあるかと思ってたんだけど。
おそらく少年の姿をしているのが功を奏したのだろう。
(異世界の大都市ってもっと厳しいのかと思ったけど……この状況のせいで警備が緩くなってるのか?)
そんなことを考えながら、俺は門をくぐる。
門を越えた瞬間、目の前に広がったのは綺麗な街並みだった。
石畳が整備され、店が軒を連ねるメインストリート。
建物は質素ながらも頑丈そうな造りで、まさに中世ファンタジーの王道といった雰囲気だ。
だが──
(……やっぱり、なんか違うんだよな)
都市に入る前から感じていた違和感。
それはここでも変わらなかった。
確かに、人の姿はある。
商人が店を開き、行き交う人々が買い物をしている。
けれど、その"空気"がまるで違う。
活気に満ちた市場の喧騒──というよりは、"祭りが終わった後"のような、どこか寂しさを感じさせる雰囲気。
「君、宿を探していない?」
突然、目の前に"少女"が現れた。
茶色い髪に、大きな瞳。
着ている服は決して高級品ではないが、それでも"可憐さ"を引き立てる。
ぱっと見、どこにでもいそうな普通の少女──のはずなのに、なぜか視線を惹きつけられるような不思議な雰囲気があった。
「うちの宿は一晩、銀貨一枚だよ」
「……ごめん、今お金を持ってなくて」
「へぇ~、そんな立派な服装をしてるのに、お金持ってないんだ?」
少女は目を細めて、俺を値踏みするように眺める。
……なんかこの子、ただの宿の娘じゃないな?
「まぁ、お金を稼いだら、ここに泊まりに来てよ」
そう言って、少女はひらひらと手を振ると、街の雑踏へと消えていった。
(……なんだったんだ、今の)
普通に考えれば、客引きの一環なのだろう。
だが、何か妙に引っかかる。
まるで俺のことを知っているかのような、俺の内面を覗き込んでいるような、そんな目をしていた──気がする。
それはそうと、少女とのやり取りで再認識したことがある。
──金がないのはヤバい。
冒険者の仕事は一度やってみたかったし、異世界生活を楽しむなら冒険は必須イベントだ。
だが、それ以前に問題なのは、俺の現実的な生活だった。
──金がないと、食えない。
──金がないと、眠る場所もない。
これまではダンジョンの中で生きていたから、衣食住の概念がなかった。
だが、ここでは違う。普通の人間として生きるなら、最低限の資金は必要だ。
「これは……冒険者にならないといけないな」
そう呟いた瞬間、心の中にふつふつと高揚感が湧いてきた。
ただ生きるためだけじゃない。
俺は異世界に来たんだ。異世界を楽しむために冒険者になるんだ。
──よし、決まりだ。
目指すは、冒険者ギルド。
この都市にあるはずの冒険者の集う場所へと、俺は歩みを進めた。
街の中心へ向かうにつれて、人通りが増えてきた。
さっきまでの物寂しい雰囲気とは違い、ここはまだ活気が残っているらしい。
行商人が客引きをし、路上では楽器を奏でる者の姿も見える。
けれど、その賑わいの中にもどこか落ち着かない気配が混じっているのを俺は感じていた。
(……この都市、やっぱり何かおかしい)
目に見えない"不安"が街全体を包み込んでいるような、そんな空気がある。
だが、考え込んでいても仕方ない。
まずは冒険者ギルドを見つけなければ。
──が。
(……どこだ?)
この都市の規模が想像以上に広い。
目立つ建物を探してみるが、それらしいものが見当たらない。
仕方なく、人混みの中で立ち止まり、誰かに道を尋ねようとしたその時。
「そこのお兄さん、もしかしてギルドを探してる?」
背後から声をかけられた。
振り返ると、そこに立っていたのは、ついさっき別れたはずの宿の少女だった。
「……え? なんで」
「いやぁ、なんかそんな感じがしたから。案の定、迷ってたでしょ?」
少女はくすっと笑う。
その顔には、知ってたよと言わんばかりの余裕があった。
「……悪いけど、ギルドの場所を教えてくれるか?」
「もちろん! でも案内料は取るよ?」
「えっ?」
「なんてね、冗談。暇だからついでに案内してあげる」
そう言って、少女は俺の腕をぐいっと引っ張った。
「ほら、ついてきて!」
俺が答える間もなく、彼女はすたすたと歩き出す。
(なんなんだ、この子は……)
不思議な縁だと思いながらも、俺は彼女の後ろをついて行った。
「ほら、あれが冒険者ギルド!」
彼女が指差した先にあったのは、一際大きな建物だった。
他の建物よりも頭一つ抜けた高さを持ち、威圧感のある頑丈そうな造りをしている。
扉の上には二本の剣が交差する紋章が刻まれており、そこが戦う者たちの拠点であることを示していた。
そして何より、ギルドの前には装備を身につけた冒険者たちがたむろしていた。
剣士、魔法使い、弓使い──それぞれが歴戦の戦士という風格を持っている者もいれば、まだ若く駆け出しといった雰囲気の者もいる。
「どう? ワクワクするでしょ?」
少女が俺の顔を覗き込む。
「……まぁな」
そう返しながら、俺はギルドの巨大な扉を見つめた。