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第26話 長期休暇てやることなくなるよね

「王よ、大丈夫ですか?」  


 鬼童丸が心配そうに俺の顔を覗き込む。その声に反応して、温羅と夜叉もすぐに俺の周りに集まってきた。  


「……あぁ、問題ない。それより、ここはどこだ?」  


 まだ少し意識がぼんやりしているが、体の奥底から力が漲ってくるのを感じる。俺は確か、クロウとの戦いのあとに意識を失ったはずだ。  


「ここはですねー」  


 夜叉が軽快な口調で答えようとするが、鬼童丸と温羅の鋭い視線に気圧されたのか、少しだけ真面目な声色になる。  


「ボスが倒れた後、僕たちはどこへ向かうべきかわからず、とりあえず冒険者たちが迷宮に来るために切り開いた道を進んだのです。そしたら、明け方に都市が見えてきたので、その近くの森に身を潜めたのです。」  


「私たちはこの三日間、周囲の警戒を続けていました。近づいてくる冒険者や魔物がいないか、慎重に見張っていました。」  


 温羅が静かに続ける。  


(……三日間も寝ていたのか?)  


 思わず驚きに目を見開く。クロウとの戦いが、それほどまでに激しかったということなのか。  


「ボスは三日も眠っていたから、心配だったのです。」  


 夜叉が口を尖らせながら言う。  


「あぁ、悪かったな。」  


 心配をかけたことに対して素直に謝ると、夜叉は少し照れたように顔を背ける。  


 すると、鬼童丸が突然神妙な表情になり、慎重に言葉を選びながら口を開いた。  


「王よ……頼みがあります。」  


 鬼童丸だけでなく、温羅と夜叉も真剣な眼差しで俺を見つめている。その雰囲気に、俺も思わず背筋を伸ばす。  


「頼みとは何だ?」  


「……我々は、王と離れて修行をしたいと考えています。」  


 鬼童丸の言葉に、俺は少し眉をひそめる。  


「修行?」  


「はい。我々は、王とあの男の戦いをただ見ていることしかできませんでした。それが、あまりにも悔しかったのです。」  


 鬼童丸の拳が小さく震えている。その様子から、どれほどの無力感を味わったのかが伝わってきた。  


「私も……自分の力不足がとても歯がゆいです。」  


 温羅が静かに続ける。普段は冷静な彼女の声に、抑えきれない悔しさが滲んでいた。  


「だから、王の側から離れて、自分たちを鍛え直したいのです。」  


 夜叉もまた、真剣な眼差しで俺を見つめていた。  


「……そんなことか。」  


 俺は少し肩の力を抜き、軽く笑う。  


「全然いいぞ。」  


「えっ!? 本当に……いいのですか?」  


 3人が揃って目を丸くする。  


「王を守ることが我々の使命なので、てっきり却下されると思っていました……。」  


 鬼童丸の困惑した表情に、俺は肩をすくめて答えた。  


「俺は、自分が生きたいように生きると決めている。だから、お前たちの生き方にも口を出すつもりはない。それに、俺はお前たちに守られなきゃ生きていけないほど、弱くはない。」  


「「「王よ……ありがとうございます!」」」 


 3人は深々と頭を下げた。  


 少し寂しさを感じなくもないが、こいつらなら必ず強くなって戻ってくるだろう。  


 俺は3人を見送りながら、ふと呟く。  


「それにしても、あいつらどんな修行するんだろうな……。」  


 彼らが森の奥へと消えていくのを見届けた後、俺はゆっくりと深呼吸をした。



 ―――――




(さて、俺はこれからどうするか……。)  


 迷宮は崩壊し、仲間たちも旅立った。  


 急に、やることがなくなってしまった。  


 まるで、部活をしていない学生が長期休暇を迎えたかのような、ぽっかりとした感覚だった。  


(……そういえば、あいつらが言ってたな。この森を抜けた先に都市があるって。)  


 都市か……。  


 強くなることも大事だが、せっかく異世界に来たのだから、異世界を楽しまなきゃ損だろう。  


 冒険者たちがいたんだから、当然、冒険者ギルドもあるはずだ。  


(そうだ、一度やってみたかったんだよな。冒険者ってやつを。)  


 決まった。  


 都市へ行こう。  


 ただし、このままの姿ではまずい。あの戦いで顔が知れ渡っている可能性が高いし、俺の角が目立ちすぎる。  


(どうするか……。)  


 考えながら自分の服装に目を向ける。  


 ……そういえば、このローブ、どこから出てきたんだ?  


 進化してから当たり前のように着ていたが、俺は確か何も着ていなかったはずだ。  


 不思議に思いながら胸の珠玉に手を触れる。  


 その瞬間、ピーンと直感が働いた。  


(……そうか、こいつか。)  


 "万装珠玉ジョーカーズ・エッジ"


 人物譚に記されていた、俺の神装。  


 どんな物にも形を変えることができるらしい。おそらく、このローブもこいつの力で作られたものだろう。  


 ならば──  


 俺の姿を覆うように変化させれば、"見た目"を変えることも可能なはずだ。  


 魔力を流しながら、変化後の姿を思い描く。  


(……よし、こんな感じでどうだ?)  


 ──鏡がなくても、はっきりと分かった。  


 ローブが変質し、俺の姿は和風の美少年といった風貌に変わった。  


 角は隠れ、肌は人間らしい色に。  


 ただ、背丈をいじるのは面倒だったので、そのままにしておいた。  


(これなら、大丈夫だろう。)  


 軽くローブを翻し、森の出口へと足を向ける。  


(異世界で初めての都市か……どんな場所なんだろうな。)  


 期待と興奮が胸を高鳴らせる。









『ゼラストラに【愚者フール】、【隠者ハーミット】、【悪魔デビル】、【世界ワールド】が集いました。エピクル・デオルムの序章を綴ります。』  


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