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第4話  神影山の記憶

 神影山は、静寂に包まれていた。標高はさほど高くないが、森が深く、昼間でも薄暗い。苔むした岩肌が、長い年月を物語っている。


「これが、遺跡の入口です」


高峰が指差した先には、岩の裂け目のような洞窟があった。入り口には、例の螺旋模様と同じ印が刻まれていた。


「……これは間違いない。文書と完全に一致している」


私は記録を確認しながらうなずく。


教授が後方から声をかけた。


「気をつけて進もう。中は崩落の危険がある。だが、その奥に――次の暗号があるはずだ」



内部は予想以上に広く、まるで人工的に整備されたような通路が続いていた。壁には、前回の文書と同じ文明によると思われる彫刻や記号が無数に並び、懐中電灯の光を受けて幽かに浮かび上がっていた。


「これ……音に反応してる?」


高峰が、小さく手を叩いた。その瞬間、壁の一部が光を放ち、模様がうっすらと変化した。


「反応式の記録装置……いや、これは記憶の再生装置か?」


教授が前へ進みながら言った。


「つまり、声や音を“鍵”にして、過去を映し出すってこと?」


私が尋ねると、教授は深く頷いた。


「その通り。古代文明は、記録をただ“残す”だけでなく、“再生させる”方法を知っていた。君たちが前回解いた暗号も、きっとこの技術の一部だったんだ」


高峰が、ふと何かに気づいて足を止めた。


「……ここに“試練”という文字があります。“未来を知る者は、試練を越えよ”と」


「試練、か」


私は思わずつぶやいた。前回の“死”の予言も、ある意味では試練だったのかもしれない。そして今回もまた、何かが待っている。



洞窟の奥、私たちは奇妙な円形の部屋にたどり着いた。中央には台座があり、そこには小さな石板が置かれていた。表面には、前回よりもさらに複雑な暗号が刻まれていた。


「これが……」


「第2の暗号。これが解ければ、おそらく文明の全貌が見えてくる。だが同時に、また未来が揺らぐ」


教授の目が真剣そのものになる。


私は、石板にそっと触れた。その瞬間、頭の奥で“声”が響いた。


──時を越えし者よ。選択の時が来た。過去を知るか、未来を変えるか。


「今、何かが……脳に直接……!」


高峰が、驚きと恐怖の入り混じった声をあげた。


「君にも聞こえたか……」


教授も、手を震わせていた。


私たちは見つめ合った。この遺跡は、ただの情報の保管庫ではない。人の意識に“干渉”してくる何かが、ここにはある。


その夜、仮設テントで眠ることもできずに私は考え続けていた。


もし、この暗号を解けば、世界が変わるかもしれない。けれど、何が起こるかは分からない。変えることが“正解”なのかさえも。


翌朝、私は決意した。


「教授、高峰さん。暗号、私が解きます。あの五分後のように、今回も必ず意味があるはずです」


「無理はするなよ」

と教授。


「でも、あなただからこそ見えるものがある。私もできる限りサポートする」

と高峰。


私たちは再びチームとなり、暗号と向き合った。



数時間後、石板の意味がつながり始めた。


「……これは、“三つの選択”についての記録です」


「三つ?」

高峰が眉をひそめる。


「はい。────

“記録に従い世界を維持する”、

“記録を破棄し新たな未来を模索する”、

そして……────

“過去へ干渉し、別の未来を生む”」


教授が息を呑んだ。


「つまり、今私たちは、世界の“根幹”に関わる選択を突きつけられているということか……」





そのとき、台座が微かに震え、暗号の最後の一文が光り始めた。


──最終の鍵は、“心の選択”に委ねられる。


私は、その意味をまだ理解できずにいた。だが、確かに感じていた。


あの五分後のように、「私」が選ぶべき未来が、もうすぐ目の前に現れるのだと――。

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