「よ~し、始めるよ。」
今、僕は影さんと真っ白な空間に居ます。
遡ること三十分前
「能力を使える様になりたい?」
おにぎりを頬張っていた影は、凄い熱意で迫って来る佳から相談を受けていた。
「何でまたそんな急に。」
おにぎりを飲み込み、ラップを丸める。
「足手まといは、嫌なんです。」
手を握りしめ、影を真っ直ぐ見る。
「お願いします。僕に稽古をつけてください。」
目が少し見開かれる。
そこには、昔の自分と同じ目をした人物がいた。
私と同じか。
唇の端が上がる。
「厳しいですよ。」
目が輝く。
「はい」
「なんで嬉しそうなんですか。」
思わず笑いがこぼれる。
「良し、行きますよ。」
椅子から立ち上がり、ゴミをゴミ箱に投げ捨てる。
「ここが訓練場だよ。」
少し歩き、ドアの前に立つ。
「分かりました。」
佳はドアを開け、一歩踏み出すが、足が付かず、真っ逆さまに落ちて行く。
「あ、説明忘れてた」
言うが早いか、急いで飛び降り、朱雀に捕まりつつ、佳の足を掴み、引っ張り上げる。
「し、死ぬかと思った。」
内臓がひっくり返る感覚を思い出し、佳はガタガタと震える。
「ごめん、ここは『虚ろの間』うちが管理してる世界のうちの一つで、少し特殊なんだよね。」
佳が朱雀にしっかりと乗っていることを確認して、話す。
「よ~し、始めるよ。」
そう言うと、指を鳴らす。突如、世界に色が付き、空、大地が分かれる。
「す、凄すぎて、もうなんだか分かんねえ。」
あまりにも現実離れした事に、ツッコミが追い付かない。
「ああ、ここは、想像が現実になるっていう、不思議な場所なんだよね。」
そう言うと、掌からペットボトルを出し、佳に投げる。
「水飲んどきな、熱中症とか危ないし。」
蓋を開け、一口飲む。
「ありがとうございます。」
「さて、始めますか。」
ペットボトルを置いたのを確認して、影はストレッチを始める。
「はい、お願いします。」
「まずは、トレーニングかなあ。取り敢えず、持久走3キロ。行くよ。」
そう言うと、勢い良く走っていき、遥か遠くに旗を刺す。
「ここまでだよ~。」
高台から手を振り、呼び掛ける。
2時間後
「はいはい、止まらない。足手まといになりたくないんでしょ?」
ヘトヘトになっている佳の横で、意味の分からない速さで足を動かしながら、影は佳を激励していた。
腕時計をちらりと見る。
「はい、そろそろ時間だよ。」
手を叩く。佳はへたり込み、ゼイゼイと息をする。
「み、皆さん、こんなの毎日してるんですか?」
「いや、そんなわけないじゃん。」
平然とした顔で、衝撃の事実を述べる。
「てかまず、ここでもない限り、私もこんなこと出来ませんよ。」
佳の目が点になる。
「え、どう言う事ですか。」
状況が飲み込めない佳は頭からクエスチョンマークを出す。
「あ、まだ気づいてないのか。」
イタズラが成功した顔で影は笑う。
「最初、私はここはどんな場所って言ったっけ?」
言われた事を思い出しながら、佳は言葉をポツリポツリと出し始める。
「えっと、『想像が現実になる』…ああああ!」影がやっていたことに気づいて、大声を出す。
「気づいた、まさかここまで真面目だとは、ハハハ。」
影が自分が運動神経抜群になるようにしていたことに気づいて、勢い良く立ち上がる。
「ずるいっすよ。影さん。」
「いやいや、これにもちゃんと意味あるんだよ。」急に真剣な顔に戻り、話し始めた。
「この世には、どんなに努力しても、埋められない差が山のようにある。でも、そんな状況でも、勝つことは出来るんだ。」
膝に手を当て、立ち上がる。
「それは、その場にあるものを利用する事。」
少し背伸びする。
「それは卑怯だと言う人がいるかも知れない。でも、そんな奴にはこう言ってやれ。」
佳の胸に拳を当て、にっこりと笑う。
「『うるせえ、てめえはそんな覚悟で人を助けようとしたことがあんのかよ。』ってな。」
その笑顔は、太陽より輝いていた。