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第9話 人助け

「よ~し、始めるよ。」

今、僕は影さんと真っ白な空間に居ます。


遡ること三十分前


「能力を使える様になりたい?」

おにぎりを頬張っていた影は、凄い熱意で迫って来る佳から相談を受けていた。

「何でまたそんな急に。」

おにぎりを飲み込み、ラップを丸める。

「足手まといは、嫌なんです。」

手を握りしめ、影を真っ直ぐ見る。

「お願いします。僕に稽古をつけてください。」

目が少し見開かれる。

そこには、昔の自分と同じ目をした人物がいた。


私と同じか。


唇の端が上がる。

「厳しいですよ。」

目が輝く。

「はい」


「なんで嬉しそうなんですか。」

思わず笑いがこぼれる。

「良し、行きますよ。」

椅子から立ち上がり、ゴミをゴミ箱に投げ捨てる。


「ここが訓練場だよ。」

少し歩き、ドアの前に立つ。

「分かりました。」

佳はドアを開け、一歩踏み出すが、足が付かず、真っ逆さまに落ちて行く。

「あ、説明忘れてた」

言うが早いか、急いで飛び降り、朱雀に捕まりつつ、佳の足を掴み、引っ張り上げる。

「し、死ぬかと思った。」

内臓がひっくり返る感覚を思い出し、佳はガタガタと震える。

「ごめん、ここは『虚ろの間』うちが管理してる世界のうちの一つで、少し特殊なんだよね。」

佳が朱雀にしっかりと乗っていることを確認して、話す。

「よ~し、始めるよ。」

そう言うと、指を鳴らす。突如、世界に色が付き、空、大地が分かれる。

「す、凄すぎて、もうなんだか分かんねえ。」

あまりにも現実離れした事に、ツッコミが追い付かない。

「ああ、ここは、想像が現実になるっていう、不思議な場所なんだよね。」

そう言うと、掌からペットボトルを出し、佳に投げる。

「水飲んどきな、熱中症とか危ないし。」

蓋を開け、一口飲む。

「ありがとうございます。」

「さて、始めますか。」

ペットボトルを置いたのを確認して、影はストレッチを始める。

「はい、お願いします。」

「まずは、トレーニングかなあ。取り敢えず、持久走3キロ。行くよ。」

そう言うと、勢い良く走っていき、遥か遠くに旗を刺す。

「ここまでだよ~。」

高台から手を振り、呼び掛ける。


2時間後

「はいはい、止まらない。足手まといになりたくないんでしょ?」

ヘトヘトになっている佳の横で、意味の分からない速さで足を動かしながら、影は佳を激励していた。

腕時計をちらりと見る。

「はい、そろそろ時間だよ。」

手を叩く。佳はへたり込み、ゼイゼイと息をする。

「み、皆さん、こんなの毎日してるんですか?」

「いや、そんなわけないじゃん。」

平然とした顔で、衝撃の事実を述べる。

「てかまず、ここでもない限り、私もこんなこと出来ませんよ。」

佳の目が点になる。

「え、どう言う事ですか。」

状況が飲み込めない佳は頭からクエスチョンマークを出す。

「あ、まだ気づいてないのか。」

イタズラが成功した顔で影は笑う。

「最初、私はここはどんな場所って言ったっけ?」

言われた事を思い出しながら、佳は言葉をポツリポツリと出し始める。

「えっと、『想像が現実になる』…ああああ!」影がやっていたことに気づいて、大声を出す。

「気づいた、まさかここまで真面目だとは、ハハハ。」

影が自分が運動神経抜群になるようにしていたことに気づいて、勢い良く立ち上がる。

「ずるいっすよ。影さん。」

「いやいや、これにもちゃんと意味あるんだよ。」急に真剣な顔に戻り、話し始めた。

「この世には、どんなに努力しても、埋められない差が山のようにある。でも、そんな状況でも、勝つことは出来るんだ。」

膝に手を当て、立ち上がる。

「それは、その場にあるものを利用する事。」

少し背伸びする。

「それは卑怯だと言う人がいるかも知れない。でも、そんな奴にはこう言ってやれ。」

佳の胸に拳を当て、にっこりと笑う。

「『うるせえ、てめえはそんな覚悟で人を助けようとしたことがあんのかよ。』ってな。」

その笑顔は、太陽より輝いていた。




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