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第3話

「なんだこりゃ」

 誰も見ていないとはいえ、とてつもなく恥ずかしい恰好だぞ、これ。


「魔法少女だよ。やっぱり適性ばっちりだね。今までで一、二を争うくらい、かわいいよ」

「ううーん。それってうれしくないような……」

 俺、男なんですけど。


「変身しないと魔法が使えないんだよ。仕様だから許してね」

「いや仕様って……」


 ガタン。大きな音がしてドアが外れた。


「うわっ!」

 侵入してきた「顔」が大きな口を開けて迫り、俺は大声を上げた。

 体が反射的に動き、俺は「顔」を杖で払いのけた。


 「頭」じゃなくて薄っぺらいまさに「顔」なのが気持ち悪さを倍増させてる。

 「顔」は外廊下に弾き出されたが、体勢(顔勢?)を立て直してこっちを向いた。


「はあ……闘っちゃったよ」

「それは君の勇気の印さ」

「はあ?」


「君は生きる希望を失ってはいない」

「いやそんなかっこいい風に言われても」

「今だって、杖で追い払ったじゃない」

「まあ、気持ち悪かったし……」


「魔法は君の心の強さに反応して発動するんだ。さあ僕と共に行こう!」

「何だよ、そのアニメのセリフみたいな言い回し」

「言った通りだけど? ほらまた来るよ」


 ドアの外でこちらを見ていた「顔」が、薄ら笑いから、ゆがんだ怒りの形相に変わった。


「うう、キモい。やっぱあれに取り憑かれるのはちょっとイタいかな」

 そう言って俺は、両手で杖を握り、体の正面にかざした。


「オン ベイシラマンダヤ ソワカ、悪霊退散!」


「あはは、何それ? 魔法の詠唱じゃないけど」

「うるさい! 呪文みたいなのはこれしか知らないからしょうがないだろ」


 周囲はシーンとしている。「顔」もこちらをにらみつけているばかりだ。


「何も起きないね」

「くそ―、どうすればいいんだよ」

「ほかの魔法少女は魔法陣とか出したりするけどね」

「そんなの出せるわけないだろ。出し方わかんないし」


「ほら、来るよ」

 怒りの表情になった「顔」が突っ込んできた。


「うわあああああわああああ!」

 俺は叫び声を上げながら、杖をめちゃくちゃに振り回した。


 「ゴーン」と大きな音がして、迫ってきた「顔」に杖がぶつかり、「顔」は再び後ろに跳ね返った。

 その時、外廊下の向こうの風景に亀裂が生じ、中からまばゆい光があふれだした。


「にょぜがもん いちじぶつざい しゃえこく ぎじゅきっこどくおん よだい……」


「え? 毘沙門天?」

 お経の声が響き、金色の光の中から仏教の四天王の一人、毘沙門天が姿を現した。

なんで毘沙門天を知ってるかって? それはまあ後で……。


毘沙門天は光輪を背に眉と目じりを吊り上げた怒りの形相で、右手に三又の槍、左手には多宝塔を持っている。


「うわあ、なんかすごいの召喚したね。君の魔法っていうか、仏法?」

「俺だってなんだかわかんないよ」


「あいつ、ひるんでるよ」

 外廊下の手すりの上に浮いていた「顔」は金色の光を浴びて苦しそうな表情に変わっている。すかさず毘沙門天は右手に持った三又の槍を「顔」の中央に突き刺した。


「ぎゃあああああ」

 「顔」が悲鳴を上げた。


 攻撃が効いたってことか。俺の出番はないみたいだけど。毘沙門天が槍を高々と掲げると、「顔」はすうっと毘沙門天が左手に持つ多宝塔に吸い込まれた。


 毘沙門天がゆっくりと空間の裂け目の中に後退すると、空間は閉じて元に戻った。


「終わり? なんだかあっけないな」

「それは君の心の強さの証明だ」

「いや、かっこいいこと言わなくていいから」


「はは、それにしてもけっこう強いね、君。ってかあれ何?」

「ああ、あれは毘沙門天だよ。仏様を守る四天王の中でも最強の守護神」

「へえ、なんでそんなの使えるの?」

「そんなの俺が知るかよ。まあ、歴史好きの知識が役立ったってとこか」

「ふーん。そうなんだ」

「さっきの呪文は真言っていうんだけど、毘沙門天を信仰してた上杉謙信の受け売りなんだ。誰とも馴れ合わないで孤高を貫いた武将で、ぼっちの俺の憧れだよ」


「へえ、そうなの。でもさ、仏様とかわいい君の姿とのギャップがすごいかもね」

「げっ。そうだ。なんなんだよこの恰好」

 それにしてもひらひらのスカートって……。


「それも君の心の強さの表れだ」

「だからいいこと言ったみたいに言われても……で、どうやったら元に戻るんだよ」

 下半身がスースーする。一刻も早く元に戻りたい。


「うーん。それも人それぞれかな」

「なんだそれ。だいたい魔法少女っていっぱいいるのか?」

「ああ、そうだね。世界中だとけっこういるね」

「世界中に?」

「はは、まあボクが担当してる範囲だとまだ5人だよ。適性のある人をスカウトするのもボクの役割なんだ」

「女の子じゃなくてもいいって言ってたけど、男子もいるってこと?」

 俺の他にも被害者がいるならしょうがないかとは思ったのだが……。


「まあ、そうは言ったけど、ボクの知る限りでは男子は君が初めてだ」

「マジかよ……」

 誰かに見られたらどうするんだよ……鬱だ……やっぱり死にたい。


「まあ、かわいいからいいんじゃない?」

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