翌日、久々に俺は登校した。
一度死んだ身みたいなものだから、助けてくれたあいつ、アプリの言うことを聞いてみようかと思ったわけだが……。教室ではやはり、まるで俺が隠れ身の術を使っているかのようにスルーされている。まあ、忍びの修行だと思って諦めるしかないか。
忍びどころか魔法少女にされちゃったけどね。
休み時間、窓際の後ろの方には人だかりができていた。中心にいるのは誰が見てもイケメンとしか言いようのない男子だ。名前は知らないが。
あ、クラス全員、名前知らないや。
聞こえてくる会話からして、文武両道の優等生で性格も温厚で会話力も抜群、男女問わず人から好かれるリア充要素しかなく、俺が近づけるような人種ではない。
一方で俺の横の席の女子。こいつは素晴らしい。お世辞にもツインテールとは呼ばれそうもない古風なおさげ髪に分厚い黒ぶちの眼鏡をかけ、暗い顔でいつも本を読んでいる。
誰かと話しているのは見たことがないから俺と同類かなと思うが、俺が話しかけられるはずもなく、教室のここらへんは無音空間になっている。
これもある意味、結界だな。
「あれ、あそこになんかいる」
窓から外を見たイケメンが突然、不思議な顔をしてつぶやいた。
「なんか白くてくねくねしてるけど……」
「ええ? どこ? 何も見えないけど」
イケメンを取り巻く女子の一人が怪訝そうな顔をしている。
「ほら、校門のとこ。よく見えないなあ……ちょっと待って、スマホで撮ってみるから」
カシャ。撮影音がした瞬間、スマホから白い巨大な何かが飛び出し、イケメンの周りをぐるぐる覆ってくねくね動き出した。
「は?」
俺は呆気に取られてイケメンを凝視してしまった。
イケメンは白いやつにあやつられるように体をくねくねしている。
「ど、どうしちゃったの、池谷君!」
傍にいた女子が声を上げた。
その声でクラス中が池谷君の異様な様子に気付き、無言で教室の隅に移動した。
こういう時、実際は悲鳴とか上がらないものなんだな。
まあ、池谷君以外はたぶんあの白いやつが見えていないからかもしれないが。
それと、イケメンは池谷っていうのか。イケメンだけに。
「わカらナいホうガいイ……」
人間の声とは思えない音声で池谷君がつぶやいた。
白いやつ、俺が見えてるってことはバグデーモンか。
ああもう、やっぱ俺が闘うしかないのかよ。もう鬱だ……やっぱ死にたい。
その時、横から謎の光が輝きだした。
光の中でポン、ポンとかわいい音が聞こえる。
「え? これってもしかして……」
俺がつぶやくと同時に、シックな衣装……というか戦闘服姿の魔法少女が姿を現した。スリムだが胸はけっこう大きいかも。
重機関銃を手にしている。俺と違ってかっこいいな。
「あれ?」
魔法少女は俺を見てけげんそうな顔をした。ああそうか、ここは彼女がつくった結界の中だ。その証拠に池谷君以外のクラスメートが消えている。
「あっと、それどころじゃない。あいつをやっつけて池谷君を助けないと」
魔法少女はきびすを返し、池谷君と白いやつの方を向き、重機関銃の引き金に手を掛けた。いや、そんなことしたら池谷君も死んじゃうんじゃ……。
「大丈夫、人間には当たらないから」
俺の心を見透かしたようにそう言い、魔法少女は引き金を引いた。
ダダダダダダダダダダダダ。
ものすごい音を立てて機関銃から光の弾丸が放たれ、白いやつを粉砕していく。と同時に魔法少女のけたたましい笑いが響き渡った。
「ギャハハハハハハハハハハハハハハ」
いやそれじゃあ魔法少女じゃなくて魔女ですよ。
白いやつは光の弾丸で粉砕されていく。池谷君は床に倒れたが、確かに弾は当たっていないようだ。
「さて、次はデバッグ」
そう言って魔法少女は何やら呪文を唱え始めた。
と、粉砕された白い破片が急速に四つに凝集して魔法少女に襲い掛かった。
「わあああ!」
不意を突かれた魔法少女は手足を白いやつに拘束され、くねくねと動かされ始めた。なんかちょっと見ちゃいけないやつかな、これ。
「優斗君、変身だ」
スマホから声が聞こえた。
「俺、お前のこと呼んでないけど」
「細かいことはいいんだよ。さあ、今すぐ僕をタップして魔法少女になってよ」
「いや、ハズすぎでしょ今やったら」
「そんなこと言ってる場合? 二人ともやられちゃうよ」
「もう、しょうがないなあ」
そう言って俺はスマホのアイコンに指を乗せた。