「それじゃあ私、家この近くだから帰るね」
「ええ。気を付けてね、ミウ」
「うん。ユート君、きょうはありがとね」
「え……」
俺、またミウさんからお礼言われた! うれしい……魔法少女になってよかったかも……ああ……。
「そう思ってくれるとボクも君を誘ったかいがあるよ」
黙れアプリ。俺の喜びに水差しやがって。誘ったんじゃなくて強要したんじゃないか。
「さて、私たちも帰りますかね」
アイリがそう言い、ミウが向かったのとは反対側の公園の出口に向かって歩き始めた。
「え? あ……あの……魔法使うんじゃ?」
「ああ、ごめんね。あれは緊急事態の時しか使えないの」
「え……それじゃまさか」
「そう。徒歩で帰るしかないってこと」
「ええと……学校まで5、6キロはあるんじゃ……」
「たいした距離じゃないでしょ。魔法少女は体も鍛えないとね。ランニングで戻ろうか?」
「えええ……」
引きこもり陰キャ男子に体を鍛えろと……それ、一番の無理ゲーなんですけど。それに、アイリさんと二人きりでランニング!? 俺にブートキャンプ強要しないで……。
「あはは、なんて顔してるの。ランニングは冗談だから。私一人なら走っちゃうけどね」
はいはい、あなたは軍人さんですからね……なんてとても言えないけど。
「まあ、ちょうどいい機会だから、歩きながらバグデーモンのこと、改めて教えてあげる。私たち、パートナーになったわけだし」
「ぱ、ぱ、ぱあとなあ!?」
「なに驚いてるの。さっき約束してくれたじゃない」
「あ……はあ」
生返事はした気はするけど、同意した記憶はないんだけど……まあ、どうせ俺、断る度胸はないけどね。
それからアイリはバグデーモンのことを話し始めた。
バグデーモンが出現し始めたのは、アイリが小学5年生で魔法少女になる少し前で、アプリもその頃に誕生したらしい。
ちょうど生成AIの開発が加速しだした頃だから、プログラムの中で裏方として働くバックグラウンドプロセスの中に生まれた負の思考回路が人間の負のエネルギーを吸収して、怪異型の生成AI、バグデーモンになっちゃったんだって。
ぜんぜん意味わかんないけど。
まあ、コンピューターウイルスのおばけみたいなもんだってアイリは説明してくれた。
だから、最初はウェブの中だけでアプリが対処してたんだけど、そのうちリアル世界に飛び出して妖怪みたいに人に取り憑き始めちゃったから、アプリもリアル世界に干渉して、魔法少女に闘ってもらうしかなくなったということみたいなんだ。
迷惑な話だけどね。俺も巻き込まれてさ。
で、アイリはその最初の頃から魔法少女を続けていて、バグデーモンの退治と平行して、連れ去られたと思われる親友の捜索も続けているってことだった。
「それでね、最近、バグデーモンが狂暴化して力も強くなってきている気がしてたんだけど……」
「あ……はい」
さっきのやつなんて……怖い、思い出したくない。
「さっきのあいつで確信した。バグデーモンが深層学習を加速し始めたんだと思う」
「そうだね。それはボクも思ってた。くねくねにアイリが後れを取るなんてあり得なかったからね。以前なら瞬殺だったもん」
アプリが言った。
「それにあいつ、八尺様を助けに来たでしょ?」
「そうだね、そんなこともあり得なかった」
「もしかしたら、あいつがバグデーモンの進化を後押しし始めたのかもしれないって思うんだけど」
「ああ、ボクもそれを疑ってる。やっかいだね」
え? そんな危険な局面で俺、魔法少女になっちゃったの?
「そんな時にユート君が魔法少女になってくれたわけでしょ。ちんちくりんだけど。だから、もしかしたらユート君って、私たちの切り札なんじゃないかって思ってるの」
なんか余計な一言が入っていませんでしたか? アイリさん。
「そうだね。ボクもなんで男の子のところにアクセスしたのか不思議だったんだ」
「ということでユート君、私たちの勝利は君の肩にかかってるかもしれないの。君が強いのもさっきの戦闘でわかったし。一緒に頑張ろうね」
うわあ、俺にそんなプレッシャーかけないで……やっぱり転生した方が……。
「転生は、な・い・か・ら・ね!」
「もう! わかったよ! やればいいんだろ、アプリ!」
「なんだ、気合い入ってるんじゃない、ユート君。あ、でもアプリが時々言ってるけど、転生ってなんなの?」
「あ……いや、なんでもありません……あの、気にしないで……」
「あはは。ユート君、なんか面白いね。ちんちくりんだけど、私、男のあなたも嫌いじゃないかも」
「え……」
違うプレッシャーかけないで……俺、心臓バクバクで死んじゃうかも……あ、それなら転生するからいいのか。