磐梯山の麓では、混乱がさらに広がっていた。SNSでダンジョン内部の映像が拡散され、好奇心旺盛な人々が次々と現場に集まってきていた。警察や消防団は必死に規制線を維持しようとしていたが、状況は刻一刻と悪化していた。
「村瀬さん!」中村が駆け寄ってきた。「大学の地質学研究チームが到着しました!」
一団の学者らしき人々が、様々な機器を携えて近づいてきていた。先頭の中年の男性が村瀬に歩み寄った。
「高橋誠二、東北大学地質学部教授です。」男性は名刺を差し出した。「今回の現象の調査に来ました。」
「村瀬悠介、地元消防団の副団長です。」村瀬も自己紹介した。「状況は把握していますか?」
「ええ、ある程度は。」高橋教授は磐梯山を見上げた。「だが、正直言って、これは地質学だけでは説明できない現象です。実は…」
彼は声を落とした。「政府からの極秘指示で調査しています。この現象、全国各地で小規模なものが報告されているんです。」
「全国で?」村瀬は驚いた。
「ええ。北海道の樽前山、富士山の麓、九州の阿蘇山…いずれも火山地帯で、小規模な亀裂や『扉』のようなものが確認されています。だが、磐梯山ほど大規模なものはありません。」
「なぜ公表されていないんだ?」村瀬は眉をひそめた。
「パニックを避けるためです。」高橋教授は真剣な表情で答えた。「それに、科学的に説明できないことを公表するのは…難しい。」
そこに、一人の女性研究者が近づいてきた。「教授、スキャンの結果が出ました。」
彼女はタブレットを差し出した。高橋教授はそれを見て、目を見開いた。
「これは…」
「何か分かりましたか?」村瀬が尋ねた。
高橋教授は困惑した表情で言った。「ダンジョン内部に強力なエネルギー源があります。そのパターンは…核融合に似ていますが、既知のセンサーでは計測できません。」
「核融合?」村瀬は驚いた。「危険なのか?」
「通常の放射能とは異なります。」女性研究者が説明した。「むしろ…生命エネルギーに近い。そして、このエネルギーは拡大しています。」
「どういうことだ?」
「単純に言えば…」高橋教授は深刻な表情で言った。「ダンジョンが『成長』しているようなのです。」
その言葉が村瀬の心に重くのしかかった。彼は磐梯山を見上げた。亀裂からは今も青白い光が漏れ、時折、奇妙な音が響いていた。まるで、山自体が呼吸しているかのように。
「青山たちは…大丈夫だろうか。」
村瀬の呟きは、誰にも聞こえなかった。