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第8話

村瀬副団長は磐梯山の麓に設置された臨時指揮所でため息をついた。青山、白石、そして加納からの連絡は途絶えて既に三十分が経過していた。現場の安全確保と、次々と集まる好奇心旺盛な人々への対応に追われる中、彼の心は中に入った団員たちの安否を案じていた。


「村瀬さん!」中村が慌てた様子で駆け込んできた。「加納さんが戻ってきました!」


「なに?」村瀬は飛び上がるように立ち上がった。「どこだ?」


「こっちです!」


二人は臨時指揮所を飛び出し、規制線の方へと急いだ。そこには、疲れ切った様子の加納と、森田教授、そして二人の若者たちの姿があった。だが、青山と白石の姿はなかった。


「加納!」村瀬は彼の肩を掴んだ。「青山と白石は?」


加納は重い表情で首を振った。「まだ中にいる。新たに開いた扉の向こうへ…」


「何だって?」村瀬の顔から血の気が引いた。「勝手な行動を!なぜ止めなかった?」


「止められなかったんだ」加納は素直に認めた。「あの『選ばれし者』の目は…何かに導かれているようだった。それに、誰かが教授たちを外に連れ出す必要があった。」


村瀬は一瞬、怒りに震えたが、すぐに冷静さを取り戻した。加納の判断は間違っていなかった。それより今は、内部の状況を把握することが先決だ。


「中の様子を詳しく話してくれ。」


加納は簡潔に、ダンジョン内部で見たものを説明した。古代の神殿のような空間、壁に刻まれた不思議な文字、そして若者たちのライブ配信がきっかけで開いた新たな扉のこと。


「ライブ配信だと?」村瀬は若者たちを厳しい目で見た。


「す、すみません…」一人の若者が震える声で言った。「こんなことになるとは思わなくて…」


「問題は、その新たな扉の先だ」加納が話を戻した。「青山によれば、そこから『火の巫女』の声が聞こえたという。彼と白石は、その声に導かれるように中へ入っていった。十分で戻ると約束したが…」


「もう三十分だ」村瀬が言葉を継いだ。「時間感覚が歪んでいるのかもしれない。」


「あるいは…」森田教授が静かに口を開いた。「あの空間は、我々の知る時間の法則とは異なる場所かもしれない。古代の文献には、『炎の神殿』という場所が記されている。そこでは『一刻が一日』となるとも…」


「教授」村瀬は冷静さを保ちながらも、焦りを隠せなかった。「具体的に何か助けになる情報はありませんか?」


「ああ」教授は頷いた。「壁画から読み取れる限りでは、『炎の神殿』には三つの門があるという。我々が見つけたのは一つ目の門だけだ。青山くんたちは、おそらく二つ目の門の先にいる。」


「さらに奥へ?」村瀬は眉をひそめた。


「そう」教授はポケットから小さなノートを取り出し、ページをめくりながら説明した。「伝説によれば、最も奥の門の向こうには『火の巫女』の封印がある。彼女は千年ごとに目覚め、『選ばれし者』を試すのだという。」


「千年?」加納が口を挟んだ。「先日の儀式では百年と聞いたが…」


「本来は千年周期だ」教授は真剣に言った。「だが、人々の記憶は短く、百年という区切りで再解釈されたのだろう。実際、最初の封印から今年でちょうど千年が経つ。」


村瀬は複雑な思いで磐梯山を見上げた。彼は消防団の中でも古い伝承に詳しい方だったが、それでも知らないことがあまりにも多かった。


「戻りましょう」村瀬は決断した。「指揮所で対策を練る。」


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