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第9話

臨時指揮所には、高倉団長をはじめ、各班の責任者が集められていた。そこに村瀬たちが加わり、緊急会議が始まった。


「状況を整理しよう」高倉団長が静かに、しかし力強く口を開いた。「現在、青山と白石がダンジョン内部に取り残されている。加納の報告によれば、彼らは新たな扉の先へと進んだが、予定の時間を過ぎても戻ってこない。」


「救助隊を送るべきです」第三班の班長が提案した。「先延ばしにすれば、状況は悪化するだけでしょう。」


「拙速な行動は危険だ」村瀬が反論した。「中の状況が全く分からない以上、さらなる団員を危険に晒すことになる。」


部屋の中央には、加納が描いたダンジョン内部の略図が広げられていた。彼の記憶を頼りに作られた地図は不完全だったが、それでも現時点での最良の情報だった。


「この第二の門を越えた先に、青山と白石がいるはずだ」加納が地図の一点を指さした。「彼らが『火の巫女』の声に導かれて進んだところによると、さらに奥には第三の門があるかもしれない。」


「村瀬」団長が彼を見た。「伝承に詳しい君は、何か思うところはないか?」


村瀬は深く息を吸い、言葉を選びながら話し始めた。


「火の巫女の伝説には、いくつかの解釈があります。一般に知られるものは、彼女が災いをもたらす存在として封印されたというものです。しかし…」


彼は一瞬言葉を切った。


「しかし?」団長が促した。


「もう一つの伝承もあります。それによれば、火の巫女は本来、山の守護者であり、人々を災いから守る存在だったのだと。」


「そんな話は初めて聞くな」加納が眉をひそめた。


「祖父から聞いた話です」村瀬は続けた。「ただの言い伝えだと思っていましたが…」


その時、指揮所のドアが勢いよく開き、橘遥が飛び込んできた。彼女はラジオ局の録音機材を手に、息を切らしていた。


「みなさん!」橘の声は興奮に震えていた。「大変なことが分かりました!」


「橘?」村瀬は驚いた。「君はラジオの中継に行っていたはずだが…」


「それが…」橘は録音機材を指揮所の机に置いた。「中継中に、異常な電波を拾ったんです。自分でも信じられなかったけど…これを聞いてください!」


彼女が再生ボタンを押すと、最初はザーザーというノイズだけが流れていた。しかし、やがてかすかに女性の声らしきものが聞こえ始めた。


『私は…背信者ではない…村を守ろうとしただけなのに…』


全員が息を呑む。その声は遠くから届くかのようにかすかだったが、明らかに人間の声だった。


『選ばれし者よ…真実を伝えて…千年の封印が解かれれば…災いが…』


そこで録音は途切れた。


「これは…」団長が声をひそめた。


「火の巫女の声かもしれません」橘が興奮した様子で言った。「それだけじゃないんです。古い放送記録を調べたら、同じような異常電波が百年前にも観測されていたことが分かりました!」


「百年前?」加納が驚いた様子で言った。


「はい」橘はノートパソコンを開き、古い記録の写しを見せた。「1923年、当時はラジオ放送の黎明期でしたが、磐梯山周辺で不思議な電波が観測され、研究者たちが調査に訪れたという記録があります。その描写が、今回の現象と驚くほど似ているんです!」


村瀬は考え込んだ。「つまり、百年単位で繰り返される現象ということか…」


「さらに」橘は続けた。「地元の年配者からも情報を集めたんです。代々伝わる『火の巫女の唄』というものがあって、それによると、火の巫女は悪者ではなく、むしろ村人たちに裏切られた悲劇の存在だったという解釈もあるんです。」


「裏切られた?」加納がピンと来たように身を乗り出した。「それは壁画にあった『背信』と関連しているのかもしれない。」


「そうかもしれません」橘は頷いた。「唄の一節にはこうあります。『炎の姫は村を救い、報われず封じられぬ』と。」


議論が白熱する中、佐久間が静かに立ち上がった。普段は無口な彼が全員の注目を集めるように口を開いた。


「私の祖父の日記にもそのことが書かれていた。」


全員が彼に視線を向けた。


「百年前の記録だ」佐久間は淡々と語り始めた。「祖父は当時、『火の封印の儀』に参加したという。だが、彼は儀式に疑念を抱いていた。『本当に封印すべきは巫女なのか、それとも人の愚かさなのか』と記していた。」


「どういう意味だ?」団長が尋ねた。


「祖父によれば」佐久間は続けた。「火の巫女は本来、山と村を結ぶ存在だった。彼女の力で火山の噴火を予知し、村人の避難を助けていたという。だが、ある時、欲深い村の長たちが巫女の力を利用しようとした。巫女がそれを拒むと、彼らは彼女を裏切り、力を奪おうとした。その結果、巫女の力が暴走し、村は火に包まれた。生き残った村人たちは、自分たちの罪を隠すため、巫女を『災いをもたらす存在』として封印したのだと。」


部屋は静まり返った。これまで当然のように信じていた伝承が、実は真実とは異なるかもしれないという可能性に、全員が言葉を失っていた。


「もしそれが真実なら…」村瀬が重い声で言った。「私たちが先日行った『火の封印の儀』は…」


「間違いだったかもしれない」団長が言葉を継いだ。「だからこそ、ダンジョンが出現したのかもしれん。」


加納が唸るような声を出した。「だが、もう一つの可能性もある。これは火の巫女の罠かもしれないぞ。千年も封印された存在が、自由になるために『私は無実だ』と訴えるというのは、ありがちな手口だ。」


「その可能性も否定できませんね」橘も認めた。「どちらが真実かは、現時点では分かりません。」


村瀬は再び磐梯山の方向を見た。窓越しに見える山の姿は、今もなお青白い光を放っていた。あの光の中に、青山と白石がいる。そして、千年の時を超えた『火の巫女』もまた。


「決断の時だな」団長が静かに言った。「救助隊を派遣するかどうか。」


「行くべきです」村瀬はキッパリと言った。「仲間を見捨てるわけにはいきません。」


「だが、危険だ」加納が現実的な懸念を口にした。「あの中で何が待ち受けているか分からない。」


「それでも行くべきです」橘も加わった。「もし火の巫女の言う通り、何か大きな災いが迫っているのなら、青山くんや白石さんだけでは対処できないかもしれません。」


団長は全員の顔を見回し、最後に村瀬の決意に満ちた目を見つめた。


「分かった。救助隊を組織する。村瀬、お前がリーダーだ。」


「はい!」村瀬は力強く応じた。


「加納も行け」団長は続けた。「中の構造を知っているのはお前だけだ。」


「了解した」加納も頷いた。


「私も行きます!」橘が手を挙げた。「コミュニケーションのプロとして、もし火の巫女と対話する必要があれば…」


「いいだろう」団長は許可した。「そして、佐久間も。祖父の知識が役立つかもしれない。」


佐久間は無言で頷いた。


「他に志願者は?」団長が部屋の全員に問うた。


中村が一歩前に出た。「俺も行きます。青山は親友ですから。」


「よし」団長は満足げに頷いた。「村瀬、加納、橘、佐久間、中村の五名で救助隊を編成する。準備をすぐに始めろ。一時間後に出発だ。」


「はい!」全員が力強く応じた。


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