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第21話

夜が明けると、ダンジョン内の青白い炎の松明が一斉に明るさを増した。まるで朝日の代わりに「さあ、目を覚ませ」と告げているようだ。七人の消防団員たちは、各々が見た未来の断片に心を揺さぶられながら、中央の広間に集まっていた。


「よく眠れたか?」村瀬が全員を見回しながら声をかけた。


「あんな夢を見た後じゃ、ぐっすりなんて無理だよ」中村は伸びをしながら答えた。「俺の中じゃ、まだ団長就任祝いが続いてるぜ」


「お前は相変わらずだな」加納が眉をひそめた。「いくら夢とはいえ、そんな軽々しく受け止めるものじゃない」


「いやいや、重く受け止めてるからこそさ」中村は意外に真剣な表情になった。「あの未来を実現するためには、まず生き延びなきゃいけないってことだろ?」


加納は意外な反応に、ふん、と鼻で笑うだけだった。


朝食代わりの携帯食料を口にしながら、全員が昨夜の出来事について静かに思いを巡らせていた。そんな中、青山がおもむろに立ち上がった。


「みなさん、僕から提案があります」


全員の視線が彼に集まった。


「『氷の鍵』を探す前に、まず私たちの立ち位置を、使命を再確認すべきだと思うんです」


「なるほど」村瀬は頷いた。「確かにその通りだ。昨日の発見と幻視で、状況はかなり変わった」


「青山くんらしい提案ね」白石が微笑んだ。「整理整頓が得意なITエンジニアの面目躍如というところかしら」


青山は照れたように首を掻いた。「まあ、データの整理は得意ですからね」


「では、現状を整理しよう」村瀬が指揮を執るように言った。「まず、私たちが知っていることを挙げていこう」


橘が即座に小さなノートを取り出し、記録係を買って出た。


「まず、火の巫女・かがりは千年前に封印された」村瀬が一つ目の事実を述べた。


「そして、封印の理由は『災いをもたらす悪霊』だからではなく、権力者たちが彼女の力を恐れたから」橘が続けた。「これは記録庫の文書で裏付けられています」


「青山が『蒼の血』を引く『選ばれし者』であることも判明した」加納が腕を組みながら言った。「これは偶然ではなく、血筋による宿命だ」


「封印を解くか強化するかの選択肢があり、そのためには『氷の鍵』が必要」白石が柔らかな声で付け加えた。


「さらに、例の幻視では、どうやらどちらの選択にしても、未来には希望がある...ということが示唆された」佐久間が珍しく長い発言をした。


「満月まであと二日しかない」中村が指を折りながら言った。「時間との戦いでもあるわけだ」


青山は全員の発言をしっかりと聞いていた。そして、ゆっくりと口を開いた。


「そこで、改めて考えたいんです。そもそも私たちは何者なのか」


「何者って...消防団員だろ?」中村が首をかしげた。


「それは形式上の肩書きだよ」青山は真剣な表情で言った。「でも、私たちの本当の役割は何だろう?」


意外にも、無口な佐久間が答えた。「守護者だ」


一同が彼に注目する中、佐久間は珍しく雄弁に語り始めた。


「かつて『火消衆』と呼ばれた私たちの先祖は、単に火を消すだけの存在ではなかった。彼らは火の力を理解し、時には活用し、そして危険から人々を守る役目を担っていた」


「まるで別人みたいに話すなぁ」中村が目を丸くした。


「黙れ、聞け」佐久間は一瞥しただけで中村を黙らせた。「私の祖父は、消防団の本当の使命について語っていた。『火との共存』『炎の理解者』そして『地域の守り手』...これが私たちの本質だ」


「なるほど」村瀬は深く頷いた。「たしかに私たちの役割は、単に火災を消すことだけではない。地域の安全と未来を守ることこそが、本来の使命だ」


「そう考えると」白石が静かに言った。「今回の問題も、別の角度から見えてくるわね」


「どういうことだ?」加納が尋ねた。


「火の巫女・かがりを単に『封印すべき脅威』と見るか」白石は慎重に言葉を選んだ。「それとも『理解し、共存すべき力』と見るか...消防団としての私たちの使命観によって、選択も変わってくるということよ」


「まさにその通りです」青山は力強く頷いた。「僕たちは単に『火を消す人々』ではなく、『火を理解し、人々と炎の間の調和を守る存在』なんです」


「かっこいいこと言うねぇ」中村はニヤリと笑ったが、その目は真剣だった。「でも、なんか腑に落ちるよ。俺が消防団に入ったのも、単に火が怖いからじゃなく、地域のために何かしたいって思ったからだし」


「私も同じ」橘も頷いた。「情報を伝える仕事をしていても、いざという時に現場で役立ちたいって思ったから入団したの」


「私は医療の知識を活かしたかったけど」白石は静かに微笑んだ。「それも結局は『人を守りたい』という気持ちからよね」


加納も渋々といった様子ながら認めた。「確かに、私の機械いじりも、最終的には人の役に立つためのものだ」


全員の気持ちが一つの方向に集約されていくのを感じながら、村瀬が立ち上がった。


「よし、整理しよう」彼は力強く言った。「私たち消防団の真の使命とは、『地域の安全と未来を守ること』だ。そのために時には火と闘い、時には火を理解し、人々と自然の調和を保つ」


「そうですね」青山も立ち上がった。「そして今、私たちは千年に一度の選択の時を迎えている。火の巫女の力を再び封印するのか、あるいは解き放ち、正しく活用する道を選ぶのか」


「どっちにしても、その選択は『地域の未来を守る』という私たちの使命に基づくべきだな」中村も珍しく真面目な表情で言った。


七人の間に、強固な一体感が生まれていた。彼らはもはや単なる消防団員ではない。千年の時を超えた物語の中で、重要な役割を担う「地域の守護者」だった。


その時、青山の手にある「火の鍵」が突然、強く輝き始めた。


「なっ...」青山は驚いて結晶を見つめた。


結晶から一条の光が放たれ、部屋の中央の床に文字を描き始めた。古代の文字と現代の日本語が混ざったような不思議な文字列だ。


『守護者たちよ、決意は固まりたり。今こそ氷の鍵を求めよ。湖の底に眠る古き氷の神殿へ...』


「湖の底...?」橘が息を呑んだ。「猪苗代湖のことかしら?」


「可能性が高いな」村瀬は顎に手を当てた。「磐梯山の噴火で形成された湖だ。火の巫女と関連があっても不思議ではない」


「湖の底の神殿か...」加納は眉をひそめた。「どうやって行くんだ?」


その問いかけに、「火の鍵」からさらに光が放たれ、部屋の壁一面に地図が投影された。それは磐梯山周辺の詳細な地図で、猪苗代湖の特定の場所が光っていた。さらに、湖から山へと続く地下通路らしきものも描かれている。


「これは...地下通路?」青山は目を見開いた。「このダンジョンと猪苗代湖が繋がっているということ?」


「理にかなっているな」佐久間が冷静に分析した。「火と水、炎と氷は対を成す。火の神殿があれば、氷の神殿があってもおかしくはない」


「よし、進むべき道は明確になった」村瀬は決然と言った。「通路を辿って猪苗代湖の底の神殿へ向かい、『氷の鍵』を手に入れる」


「その後、満月の日に選択をする」白石が付け加えた。「封印を強化するか、解放するか...」


「その選択は、単に『火を消す』か『火を放つ』かという単純なものではない」青山は真剣な表情で言った。「私たちの使命に従い、最も地域の未来を守れる道を選ぶんだ」


「まさにその通りだ」村瀬は力強く頷いた。「消防団としての使命、いや、『地域の守護者』としての使命に基づいて判断する」


七人は黙って互いの顔を見合わせた。数日前までは普通の消防団員だった彼らが、今や千年の歴史を持つ「守護者」としての自覚を持ち始めていた。それは単なる肩書きの変化ではなく、心の底からの使命感の再認識だった。


「さて、準備はいいか?」村瀬が全員に問いかけた。「これからの道のりは険しいだろう。氷の神殿にも、火の神殿同様、試練があるかもしれない」


「もちろん!」中村は拳を上げた。「団長になる前に、まずは『氷の鍵』をゲットしなきゃな!」


「あのね...」橘は呆れたように言ったが、その表情には微笑みがあった。


「しっかりしろ」加納は厳しく言ったが、いつもより口調は柔らかかった。


「大丈夫よ、医療キットはしっかり準備してあるわ」白石は優しく言った。


「...行くぞ」佐久間はいつも通りの無口さだが、その目には決意が宿っていた。


青山は「火の鍵」を握りしめ、地図が示す方向を見つめた。「氷の鍵」...それは封印を強化するためのものなのか、それとも解放するためのものなのか。答えはまだ見えない。だが一つ確かなことは、彼らが単なる消防団員ではなく、地域の未来を守る「守護者」だということ。


「行きましょう」青山は強い意志を込めて言った。「私たちの本当の使命のために」


七人は揃って、地図が示す通路へと歩き出した。彼らの足取りは確かで、背筋は真っ直ぐ。それは単なる遺跡探検ではなく、使命に向かう「守護者たち」の行進だった。


通路の奥から吹き寄せる風は、次第に冷たさを増していった。氷の神殿への道が、彼らを招いているようだった。

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