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イケメンパンチ⭐︎

「援軍? 流石は私ね、今日も運がいい……え、なにその、ふざけた格好は……?」


 援軍の参上に、彼女が浮かべた喜びはほんの一瞬だけ。

 俺の姿を見た黒髪美少女に希望の微笑から一転、絶望と言わんばかりに舌を打たれてしまう。


 美少女のガチ舌打ちなんて初めてすぎる体験で、中の地味太じみたはノックアウトなくらいに落ち込んでしまうが、イケメン仮面はそんなことではめげちゃいけない。

 イケメン仮面はまだ活動期間が一年にも満たない新米ヒーローなんだ。この出会いをきっかけに、この美少女にも知ってもらえればそれで十分だ。


 ……しかし、この状況は何なんだろうか。


 イケメン仮面はいつもの如く颯爽と飛び込んだ、そこまでは良かった。

 けれどあまりに非現実。正直ちょっと理解が追いついてくれないくらいの状況ながら、イケメン仮面のイケメン観察力で頑張って状況を探っていく。


 まず気絶している制服の少女。どうやら外傷はなさそう、よかった。

 次に気絶している同じ制服の少女を庇うみたいに前に出ながら、満身創痍と槍を支えに膝を突きながら、それでも悪魔(仮)を睨み付けている黒髪美少女。それ漫画見たことある、確か十文字槍ってやつだろ。かっこいいよね。

 そんで最後。全身薄い赤色で翼やら尻尾が目立つ、全裸なのをまったく気にせず二人の学生前にニヤニヤしている悪魔(仮)。コスプレ変質者、いや、それとも撮影かな?


 結論、さっぱり意味が分からない。

 イケメン仮面唯一の弱点である中の人の凡庸な頭脳では、さっぱり、皆目見当さえつかなかった。


「すまないお嬢さん。もしかして映画の撮影でもしていたのだろうか。なら正義のヒーローとして、スタッフの方々へ謝罪させてもらいたいのだが……」

「違うわよ! え、もしかして一般人……? こんな頭おかしい恰好したやつに、私の結界を越えられたってこと……?」


 黒髪美少女は最早驚愕を通り越して呆れたとばかりに、美少女には似合わないほど、あんぐりと口を開いてしまう。


「ギヒッ、何だ色使い。せっかく助けが来たってのに仲間割れか?」

「くっ、死にたくなければ逃げなさい! これは映画の撮影でも何でもない、というか空気で察しなさいよ!」


 俺達の様子を面白がりながらも、少し警戒を見せる目の前の悪魔(仮)。

 黒髪美少女はふらつきながら、それでも俺を守るように前へと立ち、槍を構えようとする。


 依然として何も分からないが、一つだけ、この頭でもはっきりと理解した。

 この場で守るべきは少女二人の方。イケメン仮面がなんとかすべきは、目の前の悪魔(仮)の方だ。


「了解した。ならば両名共に聞け! 俺の名はイケメン仮面! 出来る範囲で市民を助ける正義のヒーロー! イケメン仮面、だっ!!」


 どちらも聞き逃さないような高らかな宣誓と、半年の間で洗練された完璧な決めポーズ。


 き、決まった……我ながら完璧、惚れ惚れしてしまうくらいパーフェクトに決まった……!!


「え、くそださ……きもっ……」

「ギヒッ、厄介な新手かと警戒したが、どうやら無知な道化でしかないようだな。嫌いじゃないぜ、ギヒヒッ!!」


 個人的には百二十点ものだった決めポーズ。

 正義のヒーローイケメン仮面にふさわしい、誰もがスタンディングオベーション間違いなしだと自負していた名乗りだったというのに、反面黒髪美少女の反応は死んだように冷めきっている。


 悪魔(仮)の方も称賛ではなく、あくまで嘲笑。

 見世物がちょっと曲芸したみたいな、心の底からの侮りを前面に押し出しながら、腹を押さえて嗤っているだけ。


 おかしい。何故嗤うんだい……? 俺のポーズは完璧なはずだよ……?

 ああ、そうか。知名度か。

 イケメン仮面はまだまだ無名の新人ヒーロー。例えイケメンであろうと、名乗っただけで人を感動させられる領域にはまだいないということか。もっと精進しないとな。


「そこの悪魔みたいな君。どんな事情かは知らないが、人を襲うのはやめるんだ。親御さんが悲しむぞ?」

「そのままやれんだな、すげえ肝だ。……ギヒッ、まあいいさ! 供物が増えるのであれば大歓迎! たまの珍味も、少しくらいは母上の添え物にはなるかもしれないしな!」


 イケメン仮面のイケメン説得も効果虚しく。

 悪魔(仮)はケタケタと笑いながら、手から血くらい真っ赤な炎を宿したと思えば、巨大なフォークみたいな槍へと変えて勢いよく迫ってくる。


 タネも仕掛けありませんと、魔法みたいなとんでもファンタジーとしか思えない炎で出来た槍。

 どう見たって刺されたら痛いし多分火傷じゃ済まない。というか間違いなく死ぬ。

 けれどイケメン仮面は動じない。窮地で動じる姿を見せるのは、俺が目指す真のイケメンではないからだ。


 ──ならば仕方ない。イケメン仮面基本アクション、イケメンステップ。レディ?


「ハハッ、人に槍なんて向けちゃいけないぞ☆ 危ないからね☆」

「馬鹿な、何故当らねえ!」

「当然さ。本物のイケメンがステップは何人も捉えられず、されど目にしたみんなが注目してしまうものだからね!」

「ふざけたこと抜かしてんじゃ、てめえ、ちょこまかと、動くんじゃねえぞゴラァ!!」


 イケメン仮面の華麗なステップ、その名をイケメンステップ。

 素晴らしいイケメンスペックで巧みなステップを踏み、次々に突かれる槍を華麗に躱しながら、悪魔(仮)の注目を少女二人から俺へと集めつつ、さりげなく距離を離していく。


「どうだろう? ここらで手打ちにしないかい? 君だってまだやり直せるはずだ」

「はあくそっ、じれったい! 本命じゃねえんだ、ここで殺してや──」

「止まってくれないか。ならば仕方ない。お空の上で反省するといい」


 お遊びはおしまいだと、先ほどまで一層速度と殺意の増した悪魔(仮)の一突き。

 和解は不可能だと判断し、槍ではなく持つ手を弾いてから、空いた胴へと拳を振り上げて吹き飛ばす。


「う、うそ……中級の悪魔を、力を使わずに、パンチでぶっ飛ばした……?」


 真のイケメンのお仕置きパンチをお見舞いし、きらんと空のお星様となった悪魔(仮)。

 背後から黒髪美少女の驚く声が聞こえた気がするが、まあそれも仕方ないだろう。


 イケメン仮面基本アクション、イケメンパンチ。

 悪党を成敗する超スペックなイケメンの拳。悪魔(仮)相手だったからそこそこ強めにやってしまったが、まあ本物の悪魔ならばきっと死んではいない。翼もあったしな。


「悪は去った。もう大丈夫、怪我は──」

「お馬鹿! どうして逃がしたの!? あの悪魔から情報を聞き出そうと思っていたのに!」


 もう大丈夫だと、安心させるために少女二人へと振り向こうとして。

 けれど黒髪美少女は振り向きざまの俺の胸ぐらを掴み、ぐらぐらと揺らしながら文句を言ってくる。


 黒髪美少女の揺さぶりは先ほど庇ってくれた際に見せた、おぼつかない足取りが嘘のよう。

 まるで先ほどまでの消耗が見せかけで、まだまだ余裕と言わんばかりに元気いっぱいなご様子だと、そう窺えてしまう。


 ふむ、このイケメン仮面に及ばずとも中々のタッパ、それも胸も絶妙な大きさだ。

 それで情報……え、まさか、演技だった……? それは悪いことをしたかもな……?


「……すまない。どうやら余計なお節介を焼いてしまったらしい。場を見極められなかったこと、イケメン仮面一生の不覚だ」

「……いいえ。こっちは助けてもらったのだし、文句を言える筋合いはないわ。助けてくれてありがとう。それで貴方は何者なの? 漁夫の利を狙った余所の色師しきし? 通報すべき変態不審者? それとも本物の馬鹿?」


 ゆっくりと手を放してくれた黒髪美少女。

 だが彼女も引く気はないらしく、殊勝にも謝罪と感謝と共に頭を下げた後、改めて俺へと正体を問うてくる。


「ふふっ、先ほども言ったが、俺の名は市民の味方、正義のヒーローイケメンかめ──」

「本物の馬鹿ね。了解、ひとまずはそういうことにしておくわ」 


 求められたなら仕方ないと、改めて名乗りを上げようとしたが必要なしと一蹴。

 イケメン仮面としては大変不名誉な認識で結論に落ち着いたと、黒髪美少女はひとまずといった様子で頷いてしまう。


 ……ふっ、おもしれー女。しかしその制服、どこかで見覚えがあるような気がするんだよな。


「まあ、貴方が誰だろうと構わないわ。ひとまず移動しましょう。いつまでもここにいたら、連中はすぐに嗅ぎつけるでしょうから」

「なるほど。では特殊な力など持たない市民のヒーロー、イケメン仮面はここで退散するとしよう。ご健闘をお祈りします」

「はいお疲れ様、なんて言うわけがないでしょう?」


 ともかく危機は去り、イケメン仮面の出番は終わったと。

 イケメン仮面はちょっとした危機から市民を助けるヒーローなので、これ以上ファンタジーに巻き込まれないようこの場から去ろうとしたのだが、黒髪美少女は逃がさないと十文字槍の穂先を首元へ突きつけてくる。


 わお、穂先まで真っ黒。というか今の今まで持ってなかったはずだけど、いつ拾ったんだ?


 こうまで近いと流石にイケメンスペックでも回避は難しいかもしれないと。

 逃走を諦めて両手を挙げて降参の意を示すと、黒髪美少女は満足気に笑みを浮かべ、小さく頷きながら槍を下ろす。


「いい子ね。一度首を突っ込んだのだもの、精々最後に付き合ってもらうわよ。変態不審者ヒーローさん?」


 どうやってかは知らないが、そこにあったはずの槍を消した黒髪美少女は、未だに倒れるもう一人をだけと頭で指してから、落ちていた鞄を二つ持って歩き始めてしまう。


 槍がない以上逃げられるだろうが、一度頷いてしまったのなら逃げるのはイケメンの美学に反してしまう。

 それに何だかんだ渋ったが、真のイケメンならば、倒れている少女を放ってはおけないだろう。


 まったく、保身で一度は逃げようとしたなんてイケメンにあるまじき振る舞いだ。

 自信を持って最推しに出来るイケメン仮面のために、もっとイケメン精神磨かなければな。


「そうだ、一ついいかな。実は近場に荷物を置いてきてしまったのだが、回収のために寄ってもらっても構わないかな?」

「……別にいいわよ。どうせ長い夜になりそうだもの」


 イケメンらしく、少女をお姫様抱っこしながら、黒髪美少女と並んで歩いていく。

 まさかこの出会いが、まさか本当に長い一夜の始まりになるなどと。

 この時の俺は置いてきた荷物や家に帰れるかの心配ばかりで、微塵も想像なんてしていなかった。

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