黒髪美少女のでっかい十文字槍にて熱い説得を受けてしまったイケメン仮面。
中の人としては巻き込まれることなく帰りたかったのだが、黒髪美少女のでっかい十文字槍にて熱い説得を受けてしまい、さらばだ出来ずにお供することになってしまった。
ともあれ、流石に譲歩はしてもらえて。
途中で置き去りにしてしまった荷物を回収し、財布とスマホと一応の生徒手帳以外の全部をコインロッカーへぶち込ませてもらってから、ひとまず腰を下ろすべく三人でカラオケボックスへと入り込んだ。
「まったく不愉快極まりないわね。こんな目立つ連れがいるせいで、この私ともあろう者が、店員にコスプレ不審者と同列の扱いを受けてしまったわ。厄日ってこういう日のことを指すのね」
「申し訳ない。しかしイケメン仮面はイケメン仮面として、この正装を危機の最中に脱ぐわけにはいかない。お嬢さんを困らせてしまうのはイケメン仮面として恥ずべき振る舞いだが、どうか今回だけは水に流してもらえないかな」
「……はあっ。もういいわ。貴方と真面目に話していると、むかつく種が増えるだけだもの」
周りの部屋の歌声や、テレビで紹介される音楽。
実はあんまり来たことがないカラオケボックスにちょっと戸惑いながらも、「もう食べられないよ……」なんて背中で古典的な寝言を零しながらぐっすりと眠る少女をソファへと下ろし、黒髪美少女へと深々と頭を下げる。
まあ確かに、一応マントを外したとはいえ、仮面にスーツとかいう目を引く恰好に変わりはない。
中世の仮面舞踏会ならまだしもここは現代の街中。黒髪美少女という美少女とイケメン仮面が並ぶことで起きる相乗効果で注目を浴びてしまうのは仕方のないことだろう。
しかし……座り方が上品な黒髪美少女だ。
先ほどドリンクバーから持ってきた紅茶の飲み方も随分と様になっている。言ってしまえば下品な音だらけな、庶民の遊び場であるカラオケボックスでは違和感さえ覚えてしまうほどだ。
「それにしても、狭い個室に大人の男一人と制服姿の女が二人。それも一人は胸も大きく、緩みきった顔で無防備に眠りについている……そちら有利の、如何にもって状況ね?」
「安心して欲しい。このイケメン仮面、例え相手から迫られようと、未成年との非紳士的行為を行うつもりはない。それに君だって、彼女に負けないくらい魅力的だよ」
「あっそ。未成年を口説いてくるコスプレしてる変態不審者のくせにチキンでヘタレな腰抜けのED、おまけに飲み物はメロンソーダときた。驚くほど退屈だわ」
挑発のような、からかうような口振りと目で話してくる黒髪美少女。
狭い個室に大人の男一人と制服姿の女が二人……なるほど、確かにそういう見方もあるだろう。
だが心配せずとも大丈夫。イケメン仮面は真のイケメン、そういった子供の見本になれないような行為はNGなのだ。未成年淫行、だめ、ぜったい。
そしてメロンソーダについてはブラックコーヒーを嗜むのが似合うイケメン仮面としては失敗したなと思っているが、中の人が意外と動揺していたで今回は勘弁してほしい。今後は改善する。
きらりとはにかみ、イケメン仮面として当然の心構えで安心させようとしたが、黒髪美少女は何故かつまらなそうな顔でカップに口を付け、その後静かにテーブルへと置いてこちらを真っ直ぐ向いてきた。
「それで変態不審者、貴方は一体どこの
しきし……? かげくろ? せいきょう? なにその厨二ワードのオンパレードは……?
熟々と、俺を問い詰めるみたいに話を続けていく黒髪美少女。
まるで知っている前提で単語ぶちまけてくるが、俺としてはいきなり押し寄せてくる専門用語の多さにもう驚き。イケメン仮面として取り繕うだけで精一杯だった。
「ふむふむ。生憎だが、俺は市民を助ける正義のヒーローイケメン仮面。怪しい組織には一切所属していないクリーンなイケメンだよ」
「はぐらかさないで……待って。ねえコスプレ不審者、貴方、今日の月は何色に見えてるの?」
「?? いつもと変わらず白っぽい、実に綺麗な満月だったが?」
突然のお月様クイズに首を傾げながら答えると、黒髪美少女は固まった後、深い絶望に苛まれるかのように顔に手を当ててしまう。
「……うそでしょ、まさか本当に一般人なわけ? 本当に何も知らない、変な恰好をしてヒーローなんて名乗ってる、ただの不審者風情に、私は人避けの結界を越えられたっての?」
「重ねて言うが、俺は不審者ではないとも。出来る範囲で市民を助ける正義のヒーローイケ──」
「はいはいイケメン仮面イケメン仮面。……はあっ、いよいよ私も落ちたものね。まさか
不審者扱いを否定するが、まったく聞いてくれず。
黒髪美少女はまるでアイデンティティの崩壊とばかりに更に落ち込んでしまう。
月の色なんて新月以外に変わることはないはずだし、イケメン仮面としては誠実な返答をしたつもりだったが、ここは虹色とでも軽い冗談で空気を和やかにすべきだったか。
「まあいいわ。消沈するのは全てが終わってからにしましょう。どれくらい猶予があるかも分からないし、そろそろ私が施すだけの情報交換でもしましょうか」
黒髪美少女は再びカップを手に取り、やけくそとばかりに中の紅茶を一気に飲み干してから、今度はガシャンと大きな音を立てながら置き、スカートにもかかわらず脚をクロスさせながら向き直してきた。
「まずこの私は
「これはご丁寧に。ではこちらも改めて、俺の名はイケメ──」
「必要ないわ。これ以上聞くと私までアホになりそうだから、もう二度と、名乗らないで頂戴」
名乗りには名乗りを。
イケメン仮面として改めて名乗ろうとしたというのに、本気で止めてくる黒髪美少女こと
別にアイドルでもモデルでもないはずの彼女だが、俺はその名前にものすごく心当たりがあった。
彼女はなんと、俺の通う高校の三年生。
長い黒髪とすらりとした長い手足、眠っている少女には劣るが、むしろ収まりの良い絶妙な大きさの胸。身長も百八十センチ超えのイケメン仮面には及ばないが、それでも女性の中では高い方だろう。
また成績も優秀らしく、学年順位では毎回上位に入っているらしく、文武両道と容姿端麗を併せ持つ彼女はまさに才色兼備の体現者とのこと。
容姿で寄ってきた男を容赦なく一蹴し、己を貫くことから『高嶺の
俺も噂だけ又聞きして、実際に見たのは初めてだったが……なるほど、確かに『高嶺の
そして名前を聞いてようやく思い出した。
「もう面倒臭いからざっくり話すわね。この世界には
「大体は。つまりその赤の大悪魔という悪魔から、この気持ちよさそうに眠っているお嬢さんを守ればいい。そうだね?」
「そんな所ね。今宵は赤い月の夜。赤の悪魔の力が活性化し、赤の大悪魔が降臨出来る可能性を秘めた、奴らにとって今世紀最大のチャンスなの。もしも
言葉どおり、本当にざっくりとした説明をくれる
なるほどー。不思議パワーに悪魔、果ては世界の危機と想像を遙かに超えるファンタジーだー。
……どうしよう。これ、想像していたよりずっとずーっと大事だぞ。
イケメン仮面は出来る限りで市民を助ける庶民派正義のヒーローなのであって、世界の危機を裏から守るみたいな大事に絡むタイプを想定してなかったんだよなぁ。
「
「……お断りよ。その娘を器だと知られるわけにはいかないの。悪魔にも、人にもね」
なるほど、事情ありと。それはそれは、実に厄介極まりない状況だな。
ところで俺、ナチュラルに悪魔と人以外にされてない? やはり真のイケメンは人外ってことか。
……ま、いっか。
目の前で困っている人がいるんだ。露骨に情報を伏せられてるし、中の人的には訊きたいこともあるけれど、語りたくない所は何も聞かずに助ける。それが正義のヒーローイケメン仮面の為すべき事、そうだろう?
「……提案があるの。貴方が正義のヒーローだというのなら、協力してこの夜を乗り越えない?」
「もちろんだとも。このイケメン仮面、貴方とご友人を守るため、この身の限り務めると約束しよう。ただ
イケメン仮面として悩む間もないと即答し、立ち上がって手を差し出すが、先輩は逆に訝しげに顔を歪めてしまう。
「……信用ならないくらい即答ね。そのダッサイ仮面の裏には、果たしてどんな打算があるのかしら?」
「何もないとも。困っている人を前に悩んでいては正義のヒーロー失格、そうだろう?」
「……まあいいわ。なら中級悪魔を
立ち上がり、差し出した俺の手を乱雑に掴み、握手にはちょっと強すぎるくらい握ってくる。
痛い痛い痛い、むっちゃ痛い! イケメンの手が千切れちゃう!
でも表情は笑顔! 真のイケメンであれば、例えゴリラとの握手だろうと笑顔でこなすものだから!
「さて、せっかくのカラオケだし、作戦会議も兼ねて親睦会といこう。
「アホなの? 頭腐ってるの? 腐ってるのでしょうね、そんなアホみたいな恰好してる──」
「失礼しまーす。注文されていたパンケーキ、お届けに上がりましたー。ごゆっくりどうぞー」
手を放してもらって、今はイケメンなのでフーフーしたい気持ちを抑えつつ、ひとまず場を和ませようとカラオケでも提案しようとしたのだが。
何故かあまりやる気がなさそうな、気怠そうな挨拶と店員が入ってきて、テーブルの上に料理を置いていってしまう。
提供されたのはパンケーキ。
アイスクリームの上に生クリームやチョコスプレーが載りまくった、如何にも糖分ですよと食パンのボックスタイプのパンケーキだ。
うーん、ちょっと美味しそう。
イケメン仮面としてはアウトな食べ物だ。
「……美味しそうなパンケーキだね。ところで
「気色悪い、普通に呼びなさいよ。そんで馬鹿じゃないの? こんな非常時に、こんな空気違いなアホカロリー頼むわけないでしょう?」
どちらも縁がなく、つい互いに見合わせてしまいパンケーキから目を離した、その僅か一瞬だった。
突如パンケーキが弾け、個室内に目を焼くほど閃光と衝撃、轟音が奔ったのは。