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ステゴロ大決闘

 閃光、衝撃、爆音。

 突然部屋に膨らんで突き抜けた異常は、あまりに長い数瞬の後、ようやく止んでくれた。


「ごほっ、ごほっ……なにが、陽奈ひなッ……!?」

「大丈夫かい? 心配はいらないよ。何が起きたか分からないけど、二人のことはイケメン仮面三種の神器、イケメンマントで守ったからね」

「……そう。それはどうも」


 ジリリリッ、とけたたましく、執拗なまでに鳴り響き続ける火災報知器の音。


 周囲に立ちのぼる黒煙の中、困惑する黒条院こくじょういん先輩を見下ろしながら声を掛け、少しでも安心させようとヒーローらしい爽やかなイケメンスマイルをみせてみるが、すぐにしかめっ面となり「うざっ」と吐き捨てながら押しのけてくる。


「何が、起きたの……?」

「どうやらあのパンケーキが爆発したようだ。しかし君の友人も大物だね。突然こんなことになったのに、起きずに眠り続けられるとは」

「……私が色術しきじゅつで眠らせているから、よほどのことがない限りは起きないわ。このは完全な一般人。何も知らないまま、悪魔なんて見ないまま、いつも通りの明日を迎えて欲しいから」


 すぴーすぴー、と変わらず熟睡する少女。

 そんな友人の無事を安堵するように黒条院こくじょういん先輩は彼女の頬を軽く撫でながら一瞬だけ口元を緩めるが、すぐに切り替えながら立ち上がり、黒い十文字槍を出現させて警戒する。


 イケメンマントのおかげで二人は守れたが、他は無事とは言えない惨状と成り果ててしまった。


 カラオケボックスの個室であったこの場所は、たった数秒の間で見る影もない。

 天井や壁、果ては床。

 俺が庇った位置を除けば焼け焦げ、所々に穴が空き、備品などはすっかりと壊れてしまっている。


 恐らく、爆発の影響でスプリンクラーも逝ったのだろう。

 周囲で燃える火に水がかかることはなく、放置しておけば更なる災害を招いてしまうだろう。


 外ではパニックの悲鳴や足音が聞こえてくる。

 どうやら被害に遭ったのはこの部屋だけだと、ひとまず安心しながらマントを翻し、周辺の火や煙を掻き消す。



「よう、プレゼントは美味しかったかい? そんでお前が愉快な恰好のイケメン仮面……ハハッ! こりゃいい、あの役立たずの言い訳も嘘じゃなかったってわけだ! 傑作だ!」



 そんな地獄みたいな場所にもかかわらず響く、男の陽気な笑い声。

 吹き飛んだ黒煙の中から現れ、ざりざりと、足音を立てる人──否、それはただの人にあらず。


 尻尾に翼。そして頭に生えた二本の赤い角に、先ほどの悪魔よりも濃い赤い肌。

 全裸だった先ほどの悪魔と同じ特徴を持ちながら、服という知性を兼ね揃えた男が、愉しげな笑みを浮かべながらそこに立っていた。


「愉快とは心外だ。このイケメン仮面の正装の素晴らしさ、悪なる者には理解出来ないようだ」

「まさか、上級の、悪魔……!?」

「お前達の括りではそうなるな。まあこっちとしては、格下の雑魚共と一纏めにされるのは心外だがな」


 声を震わせながら、相手の正体を口に出した黒条院こくじょういん先輩。

 悪魔は自らの首を触り、一瞬だけ先輩を睨んだ後、すぐさま興味をなくしたとこちらに視線を向けてくる。


「逃げるわよ! あれは上級! さっきの中級とは規格が違う怪物よ!」

「……そうらしいね。先ほどの小悪魔よりもずっと強敵だと、俺のイケメンセンスも訴えてるよ」


 先の悪魔と比べものにならない存在感に、背後を振り向く余裕はなく。

 あの赤肌の悪魔から目を離さず、必死で逃走を告げる先輩の案を肯定しながら、小さく息を吸って吐く。


 額から流れ落ちる汗は間違いなく、熱いからではなく、目の前の相手が強大な故の冷や汗。


 上級悪魔。

 さっきのやつは中級と呼ばれていたから、簡単に考えばあれより格上の悪魔ということになる。

 だが目の前の悪魔と先ほどの悪魔の差が位一つの差などで表せるレベルではないと、このイケメンセンスが痛烈に告げてきている。


 そうだ、逃げるべきだ。

 目の前の悪魔は紛れもなく怪物。指先一つで人を芥と扱える、まともに相対してはいけない相手。

 俺が地味太じみたのままであったら間違いなく彼女達を見捨て、最低と罵られようと振り返らずに逃げ出す。それさえ肯定されるかもしれない、そんな相手だ。


荊華けいかさん、君は友達を連れて逃げてくれ。この場はこのイケメン仮面に任せてもらおう」

「な、む、無理よ! 色術しきじゅつのしも知らないようなやつが、たった一人で上級を相手取れるわけ──」

「いいから、行って。協力するって言っただろ?」


 それでもイケメン仮面は恐怖を顔には出してはいけないし、誰かを見捨てて逃げてはいけない。

 助けるべき人を安心させるように微笑み、例えどんな状況であっても、自信を持って大丈夫だと言ってのける。真のイケメン、俺が最推せる正義のヒーローとはそういうものだ。


 背後に見えるよう右手を挙げ、大丈夫だと真っ直ぐに親指を立てる。

 黒条院こくじょういん先輩は覚悟を決めてくれたらしく、カランと槍が落ちる音と共に少女を背負い、急いでこの部屋から脱出していく。


 彼女達の逃走を、赤肌の悪魔が邪魔をすることはない。

 攻撃することも逃げられることに焦りさえ見せず、むしろこちらへにやりと笑みを浮かながら、何が面白いのか拍手さえしてくる始末だ。


 何なんだこいつ、何を考えている……?


「いいねえ! まさにお涙頂戴、恰好に相応しいほど愉快で滑稽で涙ぐましい足掻きじゃねえの! さいっこうだよお前ら!」

「わざわざ待ってくれるとは……忠告するが、慢心は足下を掬われるぞ?」

「なあに、これは余裕ってやつさ。今宵は俺達赤の悪魔が最高の力を発揮出来る夜! お前達がどう足掻こうが、どうせ器は俺達の手に落ちるんだ。数分くらい余暇に耽ったって損はねえさ!」


 イケメン仮面として注意してやるも、赤肌の悪魔はけらけらと、ただひたすらに笑い続けるのみ。


 何となくだが理解出来る。

 こいつは多分、俺を敵としてすら見ていない。人間が人間以外の生き物を見るときと同じで、人を同じ土俵の生き物と思っていない。


 狩るべき餌。暇潰しの道具。五色の大悪魔とやらを復活させるための贄。

 ようやくそれを実感して少しだけ気持ちが変わる。市民の助ける正義のヒーローとして、黒条院こくじょういん先輩に約束したイケメン仮面として、こいつはここで倒さなければならないと。


「それによ、俺は嫌いじゃねえんだ。希望を持って無駄に足掻いた結果、どうにもならないと知った人間の顔が絶望に染まる瞬間ってのは、どうにも代えがたいほど美味なんだよ」

「……趣味が悪いな。誰かの泣いている姿より、誰かの笑顔の方がずっと心を満たせると思うが?」

「ハハッ、そら個人の好みってな! ……なあイケメン仮面、お前みたいな愉快な道化の絶望は、一体どんな味がするんだろうな?」

「残念だが、イケメン仮面は絶望しない。真のイケメンは常に前を向くものだからね」


 わかり合えぬと問答を終えて、どうすべきか考えようとした直後だった。

 赤肌の悪魔の姿ががブれたと思った瞬間、クロスした腕の上から殴られた俺は、通路の壁さえ突き抜けて路地裏の壁へと叩き付けられてしまう。


 今の一撃、確かに追えはしたが、このイケメンアイでもギリギリだった。

 それに痛い、痛すぎる。防御が間に合ったというのに、未だに腕がジンジンと悲鳴を上げている。


 なるほど、これが上級悪魔。

 こんな世の中にいるとは恐ろしい。このイケメン仮面、暴力メインの武闘派ではないのだが、市民のヒーローとして絶対に見逃しちゃいけない相手を前にしていると引き締め直せ。


「へえやるぅ! いいねえ、そうこなくっちゃ暇潰しにもなりゃしねえよなぁ!」


 高らかに笑いながら、頭上から踏みつぶすような勢いで落ちてくる赤肌の悪魔。

 イケメン仮面にあるまじき転がりで回避して、イケメンジャンプで空へと跳び上がり距離を離す。


 しかしどうしよう。予想はしていたが、

 まだむっちゃ痛いしめっちゃ怖いが、イケメン仮面は恐怖に悶える姿なんてしないからそこは意地と気合いで何とかする。

 問題はこんな街中であんなレベルの攻撃を繰り返されれば、当然戦闘の被害が大きすぎること。このままやっていたら世界の滅びや大悪魔の降臨を待たずしてこの街が壊されてしまうが……どうしよう。


 残念ながら、イケメン仮面唯一の欠点は中の人は馬鹿だということ。

 とにかく、今は何か思いつくまで、あの上級悪魔を人々や黒条院こくじょういん先輩から離すことを最善としなければ──。


「いいねいいねぇ! 力なしによくそこまで動けるってもんだ! さてはお前、人間の皮被った化け物だろ!?」


 だがそんな浅慮など許さないと。

 いつの間にか回り込んでいた悪魔の放った蹴りを、どうにか手で躱すが、重ねた両手の振り下ろしに直撃してしまい地面へと叩き付けられる。


「がハッ!」

「別に悪くねえ……が、イケメン仮面。これじゃ期待外れだ。そこいらの色使い共よりかはマシだが、これじゃすぐに壊しちまうなぁ」


 まさかこのイケメン仮面が、血を吐いてしまうとは。

 中の地味太じみたでさえ吐いたことないというのに、ふふっ、初めての経験だな。


「もういいや。お前がここまでだってなら、俺はぼちぼち器へ追いつくとするわ」

「ふふっ、それは悪いね。こういう場所じゃないと、イケメン仮面は力を発揮出来ないんだ」


 失望の目を向けてきた赤肌の悪魔に、謝りながら立ち上がり、ゆっくりと拳を構える。


 ここは公園。この辺りでは大きな、サッカーだって周りの迷惑にならずに出来る運動場だ。

 ここなら、他の場所に比べれば周りの被害も少ない。元々夜で人は少ないだろうし、今の落下の衝撃や轟音で、周りの人もここは危険だと察してくれたはず。半端な危機なら野次馬も集まるだろうが、本当の危機ならしばらくは人も寄ってこない……はずだ。


 それでもギャラリーが来るのなら、そのときは仕方ない。

 出来る限り市民を助ける正義のヒーローとして、死ぬ気で守りながら勝ちにいけばいいだけだ。


「……ハハッ、いいね! 希望に満ちてやがる。そういうのをへし折ったときってのが一番美味いんだ!」


 まだまだこれからだと飛び出していけば、赤肌の悪魔も口角を上げながら向かってくる。


 始まったのは殴り合い。

 ジャンルはなく、流派さえない、野蛮でヒーローとしては相応しくないただの喧嘩。ちょっと規模が大きいだけで、存在がファンタジーな悪魔との戦いにしては、あまりに現実的で原始的な闘争。


 傍から見たらアクション映画みたいになっているかもしれないし、俺達がチンピラなら警察に捕まって終わりな、地味で醜いだけの不良の喧嘩になっているかもしれない。

 いずれにしても思い描くヒーローとして、真のイケメンとしてはあまりに失格。子供に見せられない今の姿は、俺が最推しとして掲げる真のイケメンのコンセプトとして不健全すぎる。そんな戦いを続けていた。


「ハハッ、愉しいな! こんなに心躍ったのは何時ぶりだだ!? 俺と力なしで殴り合える人間なんて最高じゃねえか! なあ、お前もそうだろ!?」

「知らないし、楽しくなんてないよ! こんなことになってるが、イケメン仮面は市民の味方、過剰な暴力なんて一切推奨してないんだから!」


 手と足、悪魔は更に尾や翼も足して殴り殴られ、更に言葉をぶつけぶつけられ。

 ひたすらに、何度も何度も、喧嘩の理由さえ忘れて、ふらつこうが倒れようが転がされようが、互いに立ち上がって殴り合いを続ける。


 あっちは楽しそうで結構だが、生憎こっちはまったく楽しくない。

 こちとらマゾでもバトルジャンキーでも何でもない、痛いものは痛いだけ。笑顔は真のイケメンとしての嗜みであって、戦いに浸っているわけでも何でもないんだ。

 イケメン仮面としても、中の地味太じみたとしても、このくだらない戦いにとっとと決着をつけてしまいたかった。


 そうして戦いを始めて、果たしてどれくらい経ったか。

 永遠とも錯覚するほど殴り合い続けた後、ついに互いに膝を突き、互いに無惨な顔ながら、それでも衰えない眼光で睨み合いつつ荒い呼吸を繰り返す。


 やがて呼吸の音が止み、あれほど騒がしかったのが嘘のように静寂が場を包み込む。

 見合うこと数秒。静寂を引き裂くように地面を蹴ったのは、同時だった。


 拳を振り抜き、互いに顔面目掛けたクロスカウンター。

 最後の一撃が届いたのは俺の──イケメン仮面の長い手から放たれるイケメンパンチの方だった。


「ハッハ……完敗だ。最高だぜ、兄弟……」

「……誰が兄弟だよ」


 満足とばかりに、倒れる赤肌の悪魔。

 荒い呼吸を整えながら、俺も座り込んでしまいたい気持ちに駆られるが、まだ終わっていないと悪魔からこちらを観ていた人々のためのイケメンスマイルを作る。


「安らかな夜の一時を邪魔してしまったこと、このイケメン仮面が代表して深くお詫びします! お騒がせしました! とぉう!」


 観ていた人全てに気合いで声を張り上げつつ、イケメンらしいスマイルと優雅な一礼をして。

 歩赤肌の悪魔を俵みたいに抱えながら、警察の厄介になる前に退散だと、イケメンジャンプでこの場を華麗に跳び去った。

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