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大悪魔の四肢

 激闘の末、赤肌の上級悪魔を何とか倒すことが出来たイケメン仮面。

 夜の街を颯爽と跳び、捜し人の味方であるイケメンサーチで何とか黒条院こくじょういん先輩と合流を果たした後、人の気配がなかった薄暗い廃工場に身を寄せていた。


「最新事件、カラオケボックス謎の爆発により半壊。……イケメン仮面として、何と恥ずべき、最低だ……」

「仕方ないわ。人死にが出なかったと、今は前向きにいきましょう」


 少し気になったので、マイスマホでSNSを覗けばやはりカラオケボックス絡みのニュースが。

 幸いに死者こそいなかったものの軽傷者は出てしまっていたらしく、可能な限り市民を助けるイケメン仮面として、自身の事情で被害を出してしまったのは真に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


 それはもう落ち込む俺に対し、黒条院こくじょういん先輩は実に淡泊な反応をするばかり。

 裏の世界の住人なだけあって慣れているのもあるだろうが、今は物理的にも心情的に、落ち込む異常にに優先すべき事がある。それをしっかり定めているからこその反応……のはずだ。


「で、合流してきたのはいいけど、何がどうなって兄弟なんて呼ばれるに至ったのよ?」

「それが俺にもさっぱりなんだ。ああ、子供に誇れる市民のヒーローイケメン仮面として断言させてもらうが、殴り合ったことで心が通じ合ったわけではないのでそこだけはあしからず」

「なあに心意気よ! こんなに気持ちよく殴り合えた挙げ句、こうして打倒されちまったんだ! 雑魚の不幸なんざより遙かな美味を与えてくれたんだから、兄弟と呼ばずになんて呼ぶよ!」

「……はあっ、男ってどいつもこいつも本当馬鹿。人も悪魔も変わんないわ」


 ともかく、今度募金でもあったらせめてもの詫びとして財布の中身を献上しようと。

 今はこちらに集中だと、スマホを仕舞いながら立ち上がり、赤肌の悪魔へと向き直す。 


 からからと。

 目を覚ました赤肌の悪魔は真っ黒いロープに拘束され、更には先輩に真っ黒い槍を突きつけられながら呆れられているにもかかわらず、捕まっているとは思えないほど余裕と笑うばかり。


 ちなみにこの真っ黒なロープ、黒条院こくじょういん先輩がどこからともなく取り出したものだ。

 恐らく色術しきじゅつというやつなのだろう。先輩曰く上級悪魔相手では向けている槍含めても大して意味はないらしいし、赤肌の悪魔の方も逃げるつもりはないらしいが、それでも気休めとして最善は尽くしておきたいらしい。気持ちはよく分かる。


「それで悪魔? まず聞きたいのだけど、貴方の名前は?」

「ゾンクリム。ゾンちゃんでもクリム様でも好きに呼びな、色使いのお嬢ちゃん」

「ゾンクリム……! 色彩部カラフルでも最上級警戒対象、赤の悪魔の中でも大物の悪魔じゃない……!」


 ゾンクリムと名乗った赤肌の悪魔。

 俺にはピンと来ないが、その辺詳しいのであろう黒条院こくじょういん先輩は驚愕を顔に出し、僅かに震えてしまった槍を強く押さえ直す。


 前も聞いた気もするカラフルというのはよく分からないが、反応的には相当な有名人らしい。


「しかしそうか。そこでグースカ寝ている大物嬢ちゃんが器、母上と約束した娘ってわけか。ハハッ、時自分が終わる夜だってのに大物じゃねえ──おいおい嬢ちゃん、ちょいと刺さってるぜ?」

「うるさいわね。私の友達に、不埒な目向けてんじゃないわよ」

「おっと痛い痛い。けどよお嬢ちゃん、契約違反はいけねえよな? きっかけはともかく、母上と約束したんなら対価はきちんと払わねえとな?」


 槍の穂先が首筋へ食い込みながらも、言葉とまるで一致しない笑みを浮かべるゾンクリム。

 欠片も怯むことなく、むしろ楽しんでさえいそうな悪魔を前に、黒条院こくじょういん先輩は一層顔を怒りで染めながら穂先を首筋から離したと思えば、次の瞬間には左胸へと突き刺してしまう。


「教えなさい! 貴方を殺せば、赤の悪魔達は止まるの!?」

「おいおい、落ち着けよお嬢ちゃん。そんなに取り乱したって、聞けることが減るだけで状況は変わりやしないぜ?」


 刺されてなお、ゾンクリムには微塵も痛がる様子はなく。

 挑発のような軽い口調さえ吐かれた黒条院こくじょういん先輩は、更に槍を深く食い込ませようとしたが、流石にそれ以上はと彼女の手を押さえる。


「邪魔しないで! こいつ、こいつらさえいなければ……!!」

「だからこそ呑み込んでほしい。君の友達も、そんな先輩を見たくはないはずだ」

「っ、この!! ……いえ、悪かったわ。ちょっと冷静じゃなかったのは、私の落ち度よ」


 必死さと怒りをごちゃ混ぜにした、今にも槍をこっちへ向けてきそうな剣幕で睨んでくる先輩。

 だがそれでもイケメン仮面としては退けないと、中の人の動揺などおくびにも出さずに窘めると、先輩は一度大きく深呼吸してから落ち着きを取り戻してくれる。


 ……ふー怖かった。美少女のマジギレ、ちびっちゃいそうなほど超おっかねえよぉ。


「……ふうっ、あ、終わったか? そう心配せずとも質問には答えてやるが、お嬢ちゃんの方は分かってんだろ? この場で俺を殺した所で器を狙う悪魔が一人減るだけ。俺達が本気で暴れられる、この赤い月の夜が終わるまで、赤の悪魔は器を狙い続けるってな?」


 縛られているってのに、一体どこから取り出したのか。

 いつの間にか太い葉巻を咥え、空いている部分から健康悪そうな赤い煙を吐きながら、退屈そうな表情でこちらに声を掛けつつ、先輩へ哀れむように目を向ける。


 まるで諦めろと、変えられない運命を諭すような言い方。

 絶好の好機だから狙うのを止めないという意味合いなのだろうが、悔しそうに歯噛みする先輩には、違う意味にでも聞こえたのだろうか。


 ……ところで、先輩にしろこいつにしろ、みんな知らずに物を取り出すのズルくないかな。

 俺もそれが出来るなら、学校通いでもスーツ用の鞄を減らせるんだが……イケメンストレージ、この件が終わったら練習してみよう。


「まあ俺は兄弟に満たしてもらったからな。この場で見逃されたとしても、この夜から手を引きたい気分だが……まあ、時間切れだわな。言ったろ? 兄弟達がどう足掻こうが、器は必ず俺達赤の悪魔の手に落ちるってよ?」

「なにを──」


 何かに気付いたのか、ゾンクリムは葉巻を口から吐き捨てて、露骨に残念がり出す。

 何だと思った直後、瞬きよりも早く廃工場に真っ赤な煙が充満し、俺達の視界を遮ってしまう。


 重く、毒々しく、血を気体にした粘つきのある赤い煙。

 人にとっては間違いなく有害だろうと本能的に察してしまう煙の中で、こつこつと、タップダンスでも踊るみたいによく響く足音が傍へと近づいてきた。


「よう。随分遅かったな、右腕レッドスカー

「まったく無様ですね左腕ゾンクリム。数十年ぶりの再会でこのような醜態を見せつけられるとは、控えめに言って、我々四肢の恥極まりないですよ」


 煙の中で困惑する俺を余所に、会話を交していく二人の男。

 古い知り合いのように気安いゾンクリムに、けれどもレッドスカーと呼ばれたそいつは因縁の仇敵のように嫌悪した声色で返す。


「私の手を以てこの場で粛正……といきたい所ですが、さっさと戻りますよ。貴方の処遇は我ら四肢の役割を全うしてから、改めて母様に委ねるべきでしょう」


 レッドスカーのため息を聞いた直後、マズいとイケメンセンスを頼りに手を伸ばす。

 視界は愚か、華や耳まで不自由な赤い煙の中で、俺の手は確かにイケメンセンスの通りに悪魔の手首を掴んだ。


「勝手に連れ帰ろうとしないでくれないかな。イケメン仮面として、見逃すわけにはいかないよ」

「……何ですこの場違いな格好をした男は、邪魔ですよ」


 どうでも良さそうに、周囲を飛ぶ蠅を払うかのように腕を振り放し。

 互いに振り抜いた足と足がぶつかり合った直後、衝撃で赤い煙は吹き飛び、元通りの廃工場の景色へと戻った。


「ほう、人風情にしては中々……なるほど、槍持ちの弱い小娘ではなく、貴方が左腕ゾンクリムをこうしたのですか。よほどのヘマをしたのかと思いましたが、それなら少しは納得出来ます」


 数秒の硬直の後、目の前の悪魔はなるほどと頷きながら、ゆっくりと足を下ろしていく。


 小さな丸眼鏡を掛けて理知的を装いながら、如何にも奇抜な赤のスーツを着こなす赤肌の悪魔。

 このイケメン仮面を場違いだと罵ったくせに、そちらの方が明らかに浮いていると思える着こなしの男だが、それでもゾンクリムに引けを取らないと、僅かに痛みの残る足がそう告げてくる。


 それに、厄介なのはそれだけじゃない。

 煙が晴れて再び晒されたこの場所は、一言で例えるのなら、まさに最悪に近い状況と一目瞭然。


 黒条院こくじょういん先輩を後ろから拘束する、髪で片目を隠した小学生くらいの体格をした、ゴスロリ服な垂れ目の少女。

 眠っている先輩の友人のそばに佇むもう一人は、イケメンの仮面の倍はあろう、電柱みたいな猫背の男。

 締めて三名、いずれも新手でゾンクリムと同じく赤い肌の悪魔。恐らくゾンクリムと同等らしい悪魔が先輩と友人を押さえ、既に場を手中に収めてしまっていた。


「くっ、このちび、なんて馬鹿力っ……!!」

「う、動いちゃ駄目だよ人間さん……。人間さん達は脆いから、あんまり動くとつい折っちゃいそうだよ……」


 槍を落としながらも、どうにか拘束を抜けようと藻掻く先輩。

 だが小さな少女は、少し怯えながらも、まったく問題ないと表情を動かさずに抑え続けている。


「失礼、力なしだったので対応を間違えてしまいました。私はレッドスカー。母様の四肢にて、最も誉れ高き右腕に位置させていただいてるものです。もしも縁がありましたら、以後お見知りおきをと」

「ご丁寧にどうも。俺は正義のヒーローイケメン仮面、覚えたければ覚えてくれ」


 イケメン仮面として流暢に挨拶しながら、パニック一歩手前な中の俺は必死に、この状況の打開策を求めて頭を回し続ける。


「イケメン仮面さん、いかがでしょう? 私共としてはここでやり合っても一向に構いませんが、少しばかり急ぎたいのも事実です。この場は互いに痛み分け、貴方と彼女の命の保証という形で手を打ちませんか?」

「駄目、駄目よ! 私のことなんてどうでもいいから、陽奈ひなを、陽奈だけはっ、グァ……!!」

「うるさいよ……左足ビルーよりも弱いくせに……」


 ゴリッ、と鈍い音が、その直後先輩の苦悶に満ちた絶叫が廃工場中に響き渡る。

 激痛に悶えながら、けれども転がることすら出来ず、叫ぶことしか出来ない先輩。そんな顔所の悲痛な声が、俺の思考から更に冷静さを失わせていく。


 どうする? どうすればいい? どうすれば、二人を助けられる?

 俺が、イケメン仮面が三人に敵意を向けられるなら別にいい。注目を浴びてしまうのも、そんな苦難を乗り越えるのも真のイケメンの宿命だからだ。


 だがこの状況でそれは起きえない。

 この場において俺は最も優先順位が低い。先輩の友人を渡してしまえば世界の危機に、けれど今戦うと頷いてしまえば、次の瞬間には先輩の首が飛んでしまう。イケメン仮面が傷つくだけじゃ、絶対に済まない。


 どんな選択をしようとも、必ずどっちかを失ってしまう。

 大義か命か。人生で一度さえ直面するわけないと思っていたリアルトロッコ問題、俺に出来るわけない。

 こんな、こんな重い選択、イケメン仮面なら、胸を張って最推せる真のイケメンならどう決断すれば──。


「……ふふん、呑んでいただけて何よりです。ではまたいずれ。世界に母様が降臨し、世界が更なる赤へ染まった後、機会があれば再会しましょう。正義のヒーロー、イケメン仮面さん?」


 最早ショートしかけの沈黙を、目の前の悪魔は肯定と受け取ったのか。

 レッドスカーは意地の悪いにたりと笑みを浮かべながら挨拶し、口から先ほどの赤い煙を吐いて再び廃工場を包み込んでいく。


 煙が充満する直前、長身の悪魔に抱えられる先輩の友人を目にして、咄嗟に動こうとするが少女の悪魔が先輩へ指を立てる素振りで牽制してくる。


「……そうだな。今日はこんなにも良い月だから、兄弟とは一番近い場所で見たいもんだぜ」


 どうにもならず、どうとも動けず。

 結局、抵抗も出来ずに再び廃工場内を充満してしまう赤い煙。

 ゾンクリムの言葉を最後に、次に煙が引いてきたときにはもう、廃工場には俺と先輩以外の姿はなかった。


「大丈夫か──」

「どうして、どうしてあの娘を見捨てたの……!? 私なんて、どうなっても良かったのに……!!」

「……すまない」


 悔しさと情けなさで胸が一杯になりながら、まずは先輩だと駆け寄っていく。

 恐らく折られているのだろう、だらりと力なく垂れた右の腕。けれど先輩は歪み涙すら流れる顔で、もう片方の手で俺の首を掴み、何度も何度も糾弾してくる。


 彼女の叫びを、怒りを、慟哭を俺は受け止めることしか出来ない。

 反論も言い訳も出来ない。してはいけない。

 これは俺の落ち度。選ぶことさえ出来ず、固まってしまっていた俺の失態。それをしてしまえば間違いなく、例えもう終わっていたとしても、俺はイケメン仮面として終わってしまうだろう。


 市民を助ける正義のヒーロー、悪魔にだって勝てるイケメン仮面。

 けれど嗚呼、そんなの所詮ガワだけ。

 どんなに顔が良くとも、正義のヒーローを振る舞っていても、中の俺は所詮何も出来ない地味太じみた。無力で価値のない、ただの地味な凡人だ。

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