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第15話 古代魔法の封印

――これは……完全に魔力の使いすぎだなぁ。明日は反動で結構だるさが残るかも……。でも、みんなが無事だったから頑張った甲斐があった。


「さて、みんな無事?」


 わたしは改めて確認するようにみんなに尋ねた。特に優斗くんと茜ちゃんは初めて本格的な魔法の戦いに巻き込まれたのだ。心の傷を負っていないか心配だった。わたし自身、初めて魔法の戦いを経験した時は、一週間ほど悪夢に悩まされた記憶がある。まだ魔法学校の学生だった頃の話だ。


「大丈夫です」


 茜ちゃんが答えた。彼女の声は少し震えていたが、目は冷静さを取り戻しつつあった。いつもの分析的な視線が戻っている。彼女は驚くほど強い子だ。


「ちょっと足がガクガクしてるけど……でも、これって……本物の魔法の戦いだったのね」


 彼女の声には、恐怖より好奇心の方が強く感じられた。茜ちゃんらしい反応だ。

 河童ドラゴンは優斗くんの元に戻ってきて、疲れたように彼の腕に落ちてきた。魔力を使い果たしたようだった。その姿は、先ほどまでの活発さが嘘のように静かで弱々しい。


「ドラゴンが……」


 優斗くんが心配そうに見た。彼の表情には純粋な心配が浮かんでいた。たった今出会ったばかりの生き物なのに、もう強い絆が生まれているようだった。

 健太郎さんが近づいてドラゴンを診た。彼は専門家の目で慎重にドラゴンの状態を確認している。


「大丈夫だ、ただ力を使い果たして疲れているだけだよ」

「そうなんですね」


 優斗くんが安堵の表情を見せた。ドラゴンを優しく抱きかかえる様子は、まるで大切な友達を守るかのようだった。彼の純粋な優しさに、わたしは胸が温かくなるのを感じた。

 健太郎さんは専門家らしく自信をもって頷いた。ドラゴンは優斗くんの腕の中でキューと小さく鳴き、彼の指をなめるように頭を寄せた。まるで「心配しないで」と言っているかのようだ。


「それにしても、驚いたな」


 健太郎さんが感心したように言った。


「河童ドラゴンがこんな力を持っているとは……」

「闇の魔法を浄化する力でしたね……」


 わたしは考え込むように言った。魔法生物学の本で読んだことがあるが、これほど強力だとは思わなかった。魔法学校での講義では触れられていたけれど、実際に目の当たりにするのは初めてだった。改めて魔法世界の奥深さを感じる。


――たしか古代魔法の授業で習ったはず。河童ドラゴンは清流に住む魔法生物で、水質浄化の能力を持つ……それが闇の魔法にも効くなんて。もっときちんと勉強しておけばよかった……。


「確か、魔法の歴史では、『清めの力』と呼ばれる魔力があると言われているはずです」


 わたしは少し思い出しながら説明した。


「それは闇や穢れを払う力で、特に水の魔法と結びついていることが多いんです。河童ドラゴンはその力の象徴的な存在なのかもしれないですね」

「だから影魔法使いたちが狙ったのね」


 健太郎さんに向けたはずの説明を横で聞いていた茜ちゃんが反応し理解を示した。彼女の頭の中では、すでに状況の分析が進んでいるようだった。


「そうだとしたら、もう五百年も前から絶滅したと言われていた生き物が、どうして今ここに?」


 健太郎さんが首をかしげた。


「えっ?絶滅?そんな話、聞いたことないですよ?」


 わたしは驚いて健太郎さんを見た。


「古い文献によると、河童ドラゴンは江戸時代の終わりごろから徐々に姿を消し始めたらしいんだ」


 健太郎さんは専門家らしく説明した。


「水質汚染や人間の開発で生息地が減り、最後の目撃例は明治時代初期だとされている」

「とすると、この子、どうやって生き延びたんだろう?」


 優斗くんが不思議そうに尋ねた。彼の腕の中のドラゴンは安らかに寝息を立て始めていた。


「そもそも、影魔法使いがなぜこのドラゴンを知っていたのかも不思議だ。完全に絶滅したと思われていたものを、よく見つけたもんだ」


 拓人さんが冷静に指摘した。彼はいつも現実的で、核心を突く質問をする。


「それが……分からない」


 健太郎さんが困った表情を見せた。


「でも、何か特別なことがあったんですか?」


 わたしは健太郎さんに尋ねた。何か見逃している要素があるはずだ。影魔法使いがわざわざこの施設まで来るということは、このドラゴンに特別な価値があるのだろう。偶然見つけたというには出来過ぎている。

 すると、健太郎さんが思い出したように言った。


「実は……。このドラゴンを保護した時、首輪のようなものを付けていたんだ。古いお守りのような……」

「お守り?」


 わたしは目を見開いた。その言葉に心当たりがある。古代魔法では、魔法のアイテムを通じて生物と繋がりを持つことがあった。契約や封印の魔法だ。


――これは……もしかして古代魔法の封印?だとしたら……。


「今はどこに?」


 わたしは急いで尋ねた。もしそれが古代魔法のアーティファクトなら、重要な手がかりになるかもしれない。


「調査のために保管してある。見せようか?」


 健太郎さんが答えた。

 全員が診療室に戻ると、健太郎さんは保管庫から小さな箱を取り出した。中には古びた小さなお守りが入っていた。円形の金属製で、表面には古い文字が刻まれている。

 わたしはそれを手に取り、注意深く観察した。表面に刻まれた文字は古代魔法語で、わたしにも完全には理解できない。しかし、いくつかの記号は見覚えがあった。魔法学校で習った基本的な古代魔法の象徴だ。


「これは……古代魔法の封印だと思います」


 わたしは少し息を呑んだ。この小さなお守りが、とても重要な意味を持つものだとわかったから。


「封印?」


 茜ちゃんが近づいて見た。彼女の鋭い観察眼が細部まで捉えようとしている。彼女の好奇心は留まるところを知らない。

 わたしは説明を始めた。指先でお守りの表面をなぞりながら、刻まれた文様の意味を理解しようとする。


「うん、このドラゴンの力を封じるためのものみたい。誰かが意図的に……」

「でも、なぜ?」


 優斗くんが首を傾げた。彼の純粋な疑問は、わたし自身も抱いていたものだった。なぜ誰かがこのような魔法生物の力を封じる必要があったのだろう?


「それに答えるには詳しい調査が必要だね」


 この封印の起源と目的を理解するには、さらなる研究が必要だろう。古代魔法の専門家に見せる必要があるかもしれない。エリアス先生なら分かるかな。わたしはエリアス先生の人当たりの良さそうな温厚な笑顔を思い浮かべた。


「とにかく、今はドラゴンの治療を完了させましょう。薬を入れてから時間が経ってるからもう回復している可能性もあるけど、念のためちょっと様子を見ましょう」


 わたしはドラゴンの体調に話題を戻した。今は目の前のドラゴンの健康が優先だ。疑問は多いけれど、まずは彼の体調を回復させることが大切。


「水槽を準備するよ。体力回復薬を混ぜた水がいいだろうね」


 健太郎さんが立ち上がり、彼が薬を準備している間にわたし達はドラゴンを水槽に戻した。健太郎さんが回復薬を水に混ぜる間、わたしは自分の魔法かばんから追加の治療薬を取り出し、水に数滴垂らした。薬が広がり、水全体が淡く光り始める。


「これは魔力を回復させる薬だよ。魔力を使い果たした魔法生物には効果があるの。この子、体力だけじゃなくて、魔力も結構使ってるでしょ?」


 わたしの説明を聞きながら、優斗くんが興味深そうに見ている。彼の目には純粋な好奇心が輝いていた。


「それはどうやって作るんですか?」

「え?えーっと……それは複雑な工程があるの。主に月光を浴びた薬草と、特殊な鉱物の粉末を混ぜて……」

「また専門的な話を始めてやがる。こいつの言う事は勘違いが混ざってるから、後から店長とかにちゃんと確認した方が良いぞ」


 拓人さんが冗談めかして言った。彼は珍しく緊張が解けた表情を見せていた。危機が去ったことで、少しほっとしているのかもしれない。


「もう!拓人さん!これは魔法使いにとって大事な知識なんだから」

「そこで間違えるのがへっぽこたるゆえんだな」


 すべてが間違いでもないので、言い返せないわたしは少し頬を膨らませて不満を表した。


「私は興味があります」


 茜ちゃんが真剣な表情で言った。


「科学的に分析すれば、その効果を解明できるかもしれない」

「確かにそうだね」


 健太郎さんが同意した。


「実は最近、魔法薬と現代科学の融合研究も進んでるんだ。例えば……」


 健太郎さんと茜ちゃんの間で、魔法と科学の話題が盛り上がる。茜ちゃんの科学的思考と健太郎さんの魔法生物学の知識が絡み合い、面白い議論になっている。わたしは少し横で聞き入っていた。


――茜ちゃんの頭の良さには驚かされるわ。こんなに早く魔法理論を理解するなんて……。


 その間、水槽の中のドラゴンの体調は徐々に回復していった。影魔法使いとの戦いで力を使い果たしたが、戦闘前に使った治療薬はちゃんと効果を発揮していたようだ。腹部の赤い光は薄れて消え、体全体が健康的な青緑色に戻っていた。


「不思議……。普通、こんなに早く回復することないのに」


 わたしはドラゴンの回復を見ながら言った。


「優斗くんとの繋がりのおかげかもしれないね」


 健太郎さんが意味深に言った。


「彼の存在が、ドラゴンの回復を促進しているように見える。彼がずっと抱きかかえていたからね」


 優斗くんはドラゴンを見つめながら微笑んだ。彼の表情には不思議な安らぎがあった。まるで長年の友人を見守るかのように。


「なんだか……僕にとって特別な存在のような気がするんです」


 優斗くんが静かに言った。


「初めて会ったのに、昔から知っているような……」

「それが魔法の絆ってやつさ」


 健太郎さんは感心したように言った。


「時々、人と魔法生物の間に特別な繋がりが生まれることがある。それを『魂の共鳴』と呼ぶ魔法使いもいるんだ」

「魂の共鳴……」


 優斗くんがつぶやいた。その言葉が彼の心に響いたようだった。


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