目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第17話 閑話 科学者の誠実と魔法理論(茜視点)

「正直言って、魔法とは何かについての本質的な理解が得られていない気がするの」


 わたしは読みかけの古代魔法の本を閉じながら思わず口に出していた。今日は学校の創立記念日なので丸1日学校は休みだ。千秋さんの事務所の片隅で、ここ数日、魔法についての基礎知識を詰め込もうと必死に勉強していたけれど、すっきりしない思いが残っていた。


「どうした、茜?」


 優斗が手元の『魔法導入初級篇』から顔を上げた。彼の傍らには奇妙なマークが描かれた練習ノートが広げられている。優斗はこの数日、魔法の基礎練習に熱心に取り組んでいた。彼がこんなに真面目に何かに打ち込む姿は、中学の時の科学部の実験でミスしたときくらいしか見たことがなかった。


「古代魔法の本を読んでも、なぜ魔法が機能するのか、その原理が科学的に説明されていないのよ。呪文を唱えれば効果が現れる、という記述ばかりで」


「原理?」


 優斗は首を傾げた。


「魔法だから……魔法なんじゃない?」


 わたしは深いため息をついた。これが優斗との根本的な違いだ。彼は体験して、感じて、信じる。わたしは理解して、分析して、証明したい。それが科学者を目指す者としての姿勢だと思っている。


「科学には法則があるでしょう。重力の法則、熱力学の法則、量子力学の法則。宇宙のあらゆる現象は理論的に説明できるはず。魔法だって例外じゃないと思うの」

「なるほど」


 優斗はノートに描いた魔法陣らしき図形を眺めながら言った。


「でも僕には、ドラゴンとのつながりとか、手から光が出るっていう体験が事実としてあるから、それが信じられるんだ。茜は常に『なぜ』を求めるよね」

「科学者の基本姿勢よ」


 わたしは少し誇らしげに言った。幼い頃から優斗に説明してきた言葉だ。科学者は常に「なぜ」と問い続け、真実を探求する。それは変わらない。


「村上教授の本には、19世紀末に『現代魔法』という体系が確立されたって書いてあったわ。古代魔法を理論化して、より安全で再現性の高いものにしたのだとか。これなら科学的アプローチがあるんじゃないかと思うんだけど……」


 その時、事務所のドアが開き、千秋さんと拓人さんが入ってきた。二人は買い出しに出ていたらしく、大きな紙袋を抱えていた。


「うん?何か議論してるの?」


 千秋さんが声をかけてきた。彼女の髪は風で少し乱れていて、いつもの天然っぽい雰囲気を漂わせている。


「茜が魔法の科学的説明を求めてるんです」


 私が何も言わなくても優斗が勝手に説明してくれる。


「ああ、それなら赤川教授を紹介してもらうといいかも」


 千秋さんは紙袋から取り出したお菓子の袋を開けながら言った。


「赤川教授?」

「健太郎さんからから聞いたでしょ?あ、名前までは聞いてなかったかな?赤川隆文教授。国立魔法病院の魔法病理学研究室の主任教授だよ。現代魔法理論の第一人者の一人。魔法を科学的に研究している方なの」


 わたしの心臓が高鳴った。まさにわたしが求めていた人物だ。


「紹介してもらえますか?」


 思わず身を乗り出して尋ねた。


「いいよ」


 千秋さんはくすくす笑った。


「茜ちゃんがそんなに食いつくなんて珍しいね」

「科学と魔法の接点を研究する人に会えるなんて、貴重な機会です」


 わたしは真剣に答えた。自分でも驚くほどの情熱を感じる。


「私も一応面識はあるんだけど、健太郎さんからの方が確実かな。じゃあ、私から健太郎さんに連絡してみるよ。病理学は外科や内科ほど忙しくない診療科だし、たぶん明日にでも会えるんじゃないかな」

「僕も行きたいです!」


 優斗も元気よく手を上げて食いついてきた。


「魔法の原理を知れば、もっと上手く使えるようになるかも」

「拓人さんはどうする?無理しなくてもいいよ」


 千秋さんが尋ねた。拓人さんは本棚にお菓子を並べながら、少し考え込むような表情をした。


「俺も行くよ。……妹のことに関連するかもしれないしな」




 翌日、わたしたちは国立魔法病院の研究棟を訪れた。外観は普通の大学病院のような近代的な建物だが、中に一歩入ると雰囲気が一変する。廊下の壁には魔法の公式が書かれた黒板があり、研究室のドアには奇妙な記号が刻まれていた。


「そうそう。ここ、ここ。前もこんな感じだった」


 千秋さんはノックもせずに研究室のドアを開けた。


「赤川先生、こんにちは!」


 室内は実験室とオフィスが合わさったような空間で、壁一面に本棚、そして中央には複雑な装置が並んでいた。顕微鏡のようなもの、奇妙に光る液体の入った試験管、そして大きなモニターにはDNA鎖のような映像が映っていた。

 白衣を着た中年の男性が顕微鏡から顔を上げた。鋭い目つきの中に知性の輝きが見える。それが赤川教授だった。


「おや、千秋君か。珍しいな」


 彼の声は意外にも柔らかかった。


「この子たちは?」

「アルバイトの高校生たちです。特に茜ちゃんが現代魔法理論に興味があって」


 わたしは一歩前に出て、丁寧にお辞儀をした。


「水沢茜です。将来は科学者を目指しています。魔法と科学の関係について教えていただければ幸いです」


 赤川教授はにっこりと笑った。


「ああ、飯島君から話は聞いてるよ。高校生二人っていう話だったけど、千秋君と佐々木君は引率かい?水沢君は科学者志望か。いいぞ、いいぞ。魔法界にも科学的視点は必要だ。さあ、みんな座りなさい。高校生でも理解できるように、高校までで習う理科の範囲内で分かるように話をしよう」


 教授はコーヒーを入れながら、わたしたちを小さな応接スペースに案内した。


「まず、現代魔法と古代魔法の違いを知っているかな?」

「はい、少しだけ。古代魔法は直感的で儀式重視、現代魔法はより理論的で体系化されていると」


 わたしは答えた。


「その通り。そして現代魔法の最大の特徴は、科学的検証に耐えうることだ。つまり、再現性と検証可能性を持つということだよ」


 教授は満足そうに頷き、テーブルの上に小さな装置を置いた。それは円盤状の台に、針金のようなものが複雑に絡み合った物体だった。


「これはX線を用いた簡易型の魔力検出器のモック……まあ小型の模型と言うか、ダミーのようなものだ。本物は専用の測定室にある。まだまだ研究途上で、一部魔法の力を借りているけど、生体内の魔力の流れを視覚化できる」


 教授がスイッチを入れると、装置が微かに震え、青い光を放ち始めた。


「魔法使いの体内では、通常の体液や神経とは別に『魔力』という特殊なエネルギーが流れている。これを科学的に解明するのが、わたしたちの研究だ」


 教授は熱心に説明を始めた。言葉に熱がこもり、時折専門用語が飛び出すが、その情熱は伝わってきた。わたしは必死にメモを取りながら聞き入った。


「血液やリンパ液を通す血管やリンパ管のように、魔法使いの体には魔力を通すためのレールに当たる『魔力繊維』というものが神経線維のように全身に張り巡らされているんだ。この繊維の多さは遺伝的要因もあるが、魔力の使用頻度や量によっても増減する」


 優斗が食い入るように聞いている。彼の目は好奇心で輝いていた。


「つまり、使えば使うほど増えたり使い方が上手くなるんですね」


 優斗が言うと、教授は嬉しそうに頷いた。


「正確にはね、魔力繊維は圧迫されるとそのポイントに魔力が集積する性質がある。リンパ管のように筋肉がポンプのような働きをすることで魔力繊維上を魔力が伝わり、全身に魔力が分布するんだ」


 わたしはじっと聞き入っていた。これはまさに科学だ。人体の解剖学的理解に基づいた魔法の説明。これこそわたしが求めていたものだった。


「では、エネルギーの源は?」


 わたしは質問した。


「鋭いね」


 教授は嬉しそうに微笑んだ。


「ATPの高エネルギーリン酸結合が生体内の主なエネルギーであることはもう生物で習ったかな?よって、魔力繊維はATPの化学的エネルギーを魔力エネルギーに変換する機構を備えていると考えられている」

「まるで人体のエネルギー変換システムですね」


 わたしは興奮して言った。これは生化学の基本原理と同じではないか。


「そして波と粒子の両方の特徴を有する光子や電子と同じように、魔力を構成する『魔力粒子』の存在も提唱されているんだ」

「量子物理学との類似点も」


 わたしは思わず呟いた。これは素晴らしい。魔法が科学で説明できるとすれば、それはつまり理解できるということ。そして理解できれば、将来的には魔法の能力がない人でも、何らかの科学技術で同様の効果を得られる可能性もある。


「ただし」


 教授は少し厳しい表情になった。少し間をおいて皆を見回す。


「魔力を他の形態のエネルギーや粒子に変換することで術が発動すると考えられているが、キーワードのような呪文や手で結ぶ印、具体的な変換機構、呪文との相互作用などについては実用が先行しており、原理については未解明な部分も多い」

「でも、研究は進んでいるんですよね?」


 教授は熱心に頷きつつ、私の疑問に答えてくれた。


「手で結ぶ印については、指先を通る魔力繊維で特定の形の魔力の通り道の組み合わせを作り、魔力の流れを細かく制御して効率的に相互作用を引き出しているんじゃないかという説が最近出てきた」


 前もって用意していたのだろう。教授は電池とコイルと磁石に小さなLEDが組み込まれた何通りかの装置を取り出した。その1つを持ち、コイルの近くで磁石を動かす。するとLEDに小さな光が点滅した。


「電磁誘導という現象は習ったかな?金属であるコイルの内部で磁場が変化すると誘導電流が発生する。発電機の原理だね。また逆に、金属の線に電流を流すと磁場が発生して磁力が生じる。コイル状に巻くことで磁力は強まる。これが電磁石の原理だ。これと同様に、一定の方向に一定の順序で魔力が流れると、別の力場やエネルギーが発生するんだ。この魔力の回路と言うべきものを指先の魔法繊維で再現したのが結印の原理ではないかと言われている。詳しい組合わせとかは魔法理論の分野になるから今回は省かせてもらうけど」

「魔法を使うのに指で印を結ぶ場合があるのはそういうことだったんですね」


 わたしは感心しきりで話に聞き入っていた。


「それに加えて実はX線を用いた研究で大きな進展があったんだ。魔力繊維の存在を証明する大きな発見がね」


 教授はモニターに映像を表示した。それは筋繊維の拡大図のようだったが、よく見ると繊維の間に薄い青い線が走っていた。


「魔力繊維や魔力粒子は可視光をすべて透過するが、X線をわずかに反射する性質がある。つまり、目には見えないがX線カメラなら見えるんだ。ある細胞生物学者が動物の筋繊維と人間の魔法使いから採取された筋繊維のサンプルを取り違えてX線カメラで撮影したことが発端で偶然発見されたんだよ」

「素晴らしい発見です」


 わたしは本心から感嘆した。科学の歴史における偶然の発見、セレンディピティの一例だ。


「一般のカメラに例えると、この場合のX線照射量は被写体に当たる光の量に相当する。あとは、最適なX線フィルムへの露光時間やX線フィルム自体の感受性、一般のカメラのフィルムならISOで示される感光度と言ったところかな。一般のカメラでも暗い所で撮ると被写体がはっきり映らないうえにノイズが多い写真になるだろう?これらの最適条件を見つけるのには苦労したようだよ」


 興味を引かれまくっているわたしに気を良くして教授は続ける。


「見つかった最適条件で撮影しても、より詳細な画像を得ようとして少しでもX線の照射量を増やすと筋繊維がダメージを受けて同時に魔力繊維も分解・変性してしまうというジレンマがあり、比較的荒くてノイズの多い写真しか撮影できなかったんだ。でも近年、生成AIの力を利用して、低線量で撮影した筋繊維画像を鮮明化・高精細化する技術が開発されたことで、筋繊維中の魔力繊維の画像をようやく実用的解像度で出力できるようになったんだ。これは本来モノクロのX線画像をAIの力を借りてカラー化したものだよ」

「この画像には魔力粒子も映ってるんですか?」


 私が素朴な質問をぶつけると、教授からは私が知りたかった適切な答えが返ってきた。


「この画像はAIの力を借りて魔力粒子の影響を除外してある。逆に言うと、X線の反射率が異なる魔力粒子だけが映った画像も作成できるという事だ。だけど、魔力粒子のX線の反射率は低い。だから測定誤差が大きいんだ。反射して返ってきた微量のX線を電力に変換して魔力粒子量、いわゆる魔力量を測定する機械を開発しようとする試みもあるけど、この誤差やノイズの大きさが開発のネックになっているようだね」


 この説明を聞きながら、千秋さんは目を閉じて背筋を伸ばし、耳に意識を集中しているかのように見せかけながら、実は居眠りをしているようだった。バレバレである。拓人さんは真剣に聞いているが、眉間にしわを寄せている。一方で優斗は目を輝かせていた。


「この技術を使って、国際魔法魔術学会の主導でボランティアの魔法使いと非魔法使いの筋繊維の生検サンプルを収集し比較したところ、非魔法使いと比較して魔法使いは数百倍の魔力繊維を持つことが判明した」

「それじゃあ」


 優斗が興奮して言った。


「僕のような初心者でも、練習を積めばどんどん魔力繊維が増えていくんですね?」


「そうだとも。若いうちは特に成長が早い。もちろん素質もあるから、全員が全員、プロの魔法使いになれるわけではないが」


 教授は苦笑しつつも教えてくれた。


「先生!」


 わたしも挙手して負けじと尋ねる。


「魔法と科学の融合で最も実用化に近い分野は何ですか?」

「ああ、良い質問だ」


 教授はできの良い生徒を見るように嬉しそうに答えた。


「エネルギー変換だろうね。光魔法の光を太陽光パネルに当てて、魔力を電力に変換する実験には成功している。ただし、変換効率は太陽光より劣るけどね」

「つまり、理論的には魔力は保存則に従うんですね」


 わたしは瞬時に理解した。それは科学の基本原理そのものだ。


「その通り!」


 教授は驚いたように私を見た。


「魔力にもエネルギー保存の法則は当てはまると考えられており、電力、磁力などの他の形態のエネルギーと相互変換が可能だと考えられている。ただし、実用的な変換効率を持った変換機構の開発は未達成分野だ」

「つまり、いつか魔法の代わりとなる科学技術が開発される可能性もある、ということですか?」


 教授は深い目でじっと私を見つめた。


「茜君、君は本当に科学者の素質があるね。そうだ、理論的にはあり得る。しかし、それが実現するのはまだまだ先の話だろう」

「千秋さん、そういえば優斗は魔力繊維の検査はしたんですか?」


 わたしは突如思いついて尋ねた。優斗の河童ドラゴンとの不思議な絆が気になっていたのだ。

 千秋さんはハッとして居眠りから目を覚まし、「ちゃんと聞いてましたよ」という顔をしつつも少し慌てた様子で答えた。


「まだだよ。でも、『始まりの石』に反応したことや、河童ドラゴンの懐き方とかを考えると、優斗くんの中には確実に魔力繊維があると私は思う」

「それはぜひ検査しましょうよ」


 わたしは検査される本人を差し置いて提案したが……、


「いいですね!」


 聞くまでもなく優斗も乗り気だった。彼はいつでも新しい経験に前向きだ。


「では測定室で簡易検査をしてみようか」


 みんなで測定室へ移動し、教授はテーブルに置かれた比較的大きな装置を調整し始めた。


「透明な遮蔽板越しになるけど、みんなは制御室側から見ていてくれるかな?こっちがX線発生装置で、こっちがX線カメラだ。優斗くんはそこのゴーグルと遮蔽ジャケットを着たら手を開いてこの間に置いて」


 優斗が言われた通りに手を装置に置くと、青い光が強く輝き始めた。


「おや?」


 病院の診療放射線技師が付けているような、重そうなX線遮蔽ジャケットを着た教授は装置の測定値を見て少し驚いた様子だった。


「かなり強い反応だね。君は確かに魔力繊維を持っている。しかもかなりの量だ」

「本当ですか?」


 優斗は嬉しそうに手を見つめた。


「そして、特徴的なのは魔力の質だ」


 教授は装置の複数の表示値を確認しながら言った。


「通常、初心者の魔力は不安定で波打っているので魔力繊維の測定にも影響を与えてノイズが大きくなる。だが、君のは割ときれいに映っていて純度が高い。まるで生まれつき魔法と親和性があるかのようだ」


 わたしも検査してもらった。わたしの場合は、微かな反応はあったものの、優斗ほど強くはなかった。

 測定室から元いた研究室に戻り、教授は説明を続けた。


「水沢君の場合は、知性を通じた魔法理論との親和性があるタイプだ。実践よりも理論に強みがあるパターンだね」

「どういう意味ですか?」

「魔法使いにも様々なタイプがある。呪文を唱えて力強い魔法を放つタイプもいれば、魔法陣を描いて緻密な術を組み立てるタイプ、魔法薬や魔法道具を作るのに長けたタイプ、魔法の解析に特化していて行使された魔法の対抗魔法を構築したり魔力効率を上げる事が得意なタイプもいる。君は最後の分析型かもしれない」

「なるほど~」


 わたしはなぜか納得してしまった。確かに、わたしは実践よりも理論を理解することで魔法に近づけそうな気がする。


「さて、もう一つ面白い話をしよう」


 教授は声を落とし、少し秘密めかした表情になった。


「魔力の質といえば魔法医学の分野では、『五つの徳』という概念もある。古い概念で、ルーツは古代魔法にあるとされている。これはまだ科学的に解明された概念ではないのだが、魔力の質に関わる重要な要素で、知恵、勇気、献身、誠実、愛の五つがそれだ」

「うーん、だれか忘れちゃったけど偉い先生が言ってた気がします」


 千秋さんが思い出したように言った。


「そう、古代から伝わる概念だ。現代魔法でも、これらの『徳』が人間の魔力の質を決定づけると考えられている。例えば、『勇気』の徳を持つ者は守護魔法に強いとか」


 優斗が身を乗り出した。


「僕の魔力の質が安定しているっていう事は、その5種類の内のどれかに特化しているっていう事ですか?河童ドラゴンにすぐに懐かれたんですけど、関係ありますか?」

「おそらく。どの『徳』なのかまでは分からないが、魔法生物と相性がいいのは勇気、献身、愛の徳だと言われている」


 教授はその目を見つめた。


「君はきっとそのうちのどれかの純度が高いのだろう」


 その言葉を聞いたとき、わたしの頭の中で何かがカチリと音を立てた。もしかして、わたしは「誠実」の徳を持っているのだろうか。科学者として真実を追究する姿勢、それは「誠実」という徳に通じているかもしれない。

 教授はまだ続けていた。


「面白いのは、これらの『徳』が互いに引き寄せ合う傾向があるということだ。例えば『勇気』の徳を持つ者の周りには、他の『徳』を持つ者が自然と集まりやすい」


 わたしは優斗を見た。そして千秋さん、拓人さんを。わたしたちが出会い、このマジカルエクスプレス便で一緒になったのは、単なる偶然ではないのだろうか。


「そして、これらの『五つの徳』が揃ったとき、最も強力な魔法が発動すると言われている」


 「五つの徳」をめぐる伝説について、教授はさらに詳しく話を続けた。その話はわたしの科学的思考に挑戦するものだった。偶然ではなく、何らかの意志や力が働いているように聞こえる。けれども、科学者を目指すわたしには、これもまた未解明の自然法則の一つと考えるべきなのかもしれない。

 帰り道、わたしは黙って考え込んでいた。魔法と科学、相反するようで実は相補的な二つの世界観。そして「誠実」という徳――科学者としてのわたしの生き方に通じるもの。




「どうだった?」


 優斗が尋ねてきた。


「面白かった」


 わたしは正直に答えた。


「特に魔力繊維の話。あれは科学的な説明ね。でも『五つの徳』の話は……少し神秘的すぎるかな」


 優斗は笑って言った。


「確かに。でも茜らしいな。逆に僕はなんとなく分かる気がする。こうして皆と一緒にいると、なんだか力が湧いてくるような感じがするし」

「それは単なる心理的効果よ」


 わたしは反射的に答えたが、内心ではそう単純に片付けられない何かを感じていた。


「茜ちゃんはやっぱり『誠実』の徳を持つタイプだね」


 千秋さんが微笑みながら言った。


「どうしてそう思うんですか?」

「だって、真実を追究することに情熱を注ぐじゃない。それって最も『誠実』な姿勢だもの」


 わたしは少し照れながらも、その言葉を心に留めた。

 科学者として誠実に真実を追究する。そして、まだ解明されていない魔法の謎に挑む。わたしの道はそこにあるのかもしれない。

 そして「五つの徳」が本当に存在するなら、わたしは自分の役割を全うするつもりだ。それがどんな形であれ—科学者として、友人として、そして「誠実」の徳を持つ者として。

 事務所に戻る途中、わたしはふと星空を見上げた。無数の星が輝いている。科学的には水素とヘリウムの核融合反応による光。でも今夜は、それ以上の何かに見えた。

 わたしの世界は、確実に広がっていた。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?