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第19話 報告

「それにしても、優斗くん、君の魔力は結構特別みたいだね」


 わたしは歩きながら講義中に感じたことを言った。


「最初の講義で光を生み出せるなんて、相当な素質が無いとできないと思うよ」

「本当に僕、魔法使いになれるんでしょうか?」


 優斗くんが期待を込めて尋ねてきた。彼の目には期待と不安が交錯している。わたしは少し考えるように首を傾げた。彼の期待を打ち砕きたくないが、同時に現実も伝えなければならない。


「可能性はあると思うよ。でも、正式な魔法使いになるには長い訓練が必要だよ。特に大人になってからだと難しい面もあるの。特に年齢が高すぎると肝心の魔力が育たないことも多いしね。でも、高校生ならまだ間に合うかなぁ」

「そうなんですね。でも諦めません!」


 優斗くんが決意を込めて言った。彼の目には強い意志が宿っていた。


「その気持ちが大事!応援するよ」


 わたしは二人に微笑みかけた。その初心を忘れないでねと祈りつつ。そして、優斗くんの情熱は本物だと感じた。彼はきっと困難を乗り越えて魔法を身につけるだろう。そう思わせてくれる何かを彼の瞳に見つけたような気がした。

 事務所に着くと、店長が窓辺で寛いでいた。彼の黄色い瞳はいつもは鋭いが、今日は穏やかに見える。


「おかえり。特別講座はどうだった?」


 店長が二人に尋ねた。普段は皮肉屋だが、今日は素直に興味を示している。


「二人とも結晶を光らせたんだよ!」


 わたしは誇らしげに報告した。


「千秋には聞いとらん。おまえは受講生じゃないじゃろ?だが、その成果はなかなかだな」


――そんなバッサリと切らないで!


 店長が感心したように言った。彼の尻尾が少し動いた。これは彼が興味を持った時の仕草だ。そんな店長に負けじとわたしは続ける。


「特に優斗くんの結晶は、明るく光ったのよ」

「まあ、千秋が教えるよりはマシだろうな」


――わたし、もう泣いていい?


 店長が茶々を入れて返してきた。相変わらずの皮肉屋だ。


「もう!そんなこと言わないでよ。私だって一応魔法史と魔法体系の成績は良かったんだから」

「さて、ならば他の科目はどうだったんだか……」


――窓から突き落としてやろうか!ここ1階だけど……。


 猫には意味が無さそうな報復手段を思い浮かべつつ、わたしは頬を膨らませた。確かに魔法実技では失敗が多かったけれど、魔法理論の成績はそこまで悪くはなかったのだ。そんなわたしに店長が追い打ちをかける。


「成績は良くても、実践では散々だったじゃないか。忘れたのか?最初の配達で魔法の箱を暴走させて、町中を大騒ぎにしたのを」

「それは……」


 言い返せなかった。わたしの初めての配達は確かに大惨事だった。魔法の封印を解除する呪文を間違えて、箱の中の妖精が全部飛び出し、町中を飛び回ったのだ。捕まえるのに一日かかった。結局、店長には敵わないのだ。


「そうなんですか?千秋さんにもそんなことあったんですか?」


 優斗くんが興味深そうに聞いてきた。


――やめて!それ以上聞かないで!


「ま、まあね……。初めは誰でも失敗するものよ」


 わたしは誤魔化そうとしたが、店長はさらに容赦がなかった。


「千秋の場合は初めだけじゃなく、今でもポンコツじゃがな。ポンコツ・オブ・ポンコツじゃ」

「ひど~い!わたしのことポンコツって言うの、もう何回目!?」

「数え切れんな」


――さすがにそこまで言われるとわたしでもヘコむよ……。


 店長はニヤリと笑って続けた。


「そうそう、先週の配達でも、雨よけの魔法を間違えて、かえって大降りにしたじゃないか。あれはダンプシャワーと言っても過言ではなかったぞ」

「も~!お客さんには喜ばれたもん!『庭の水やりが省けました』って」

「お客さんに同情してもらっただけだろうが。普通に配達するだけで良いのに、余計なことするからだ」


 わたしと店長がどうでも良いことで言い合っていると、拓人さんの声が割り込んできた。彼はいつの間にか事務所に戻ってきていたようで、荷物を置きながら、いつものようにため息をついた。わたしはこれ幸いとばかりに店長に背を向けて、劣勢な話題を変えるために拓人さんをねぎらう。


「おかえり、拓人さん」


 あえて明るく挨拶したわたしが話題を変えようとした事に気づいたのか、拓人さんは私の失敗談にはそれ以上参加せず、今日の業務の報告をしてくれた。


「ただいま。今日の配達は全部終わったぞ」


 拓人さんは疲れた様子だが、少し満足げな表情だった。今日は荷物が少なく危険な配達も無かったので、彼一人で配達を担当してもらっていたのだ。わたしが特別講座に見学に行くために。


――こういう配慮は嬉しいんだよね。話題の転換にも気づいてくれたし。


「お疲れ様。ちゃんと届いた?」

「ああ、問題なく。千秋がいないと、むしろスムーズだったな」

「ひどい!」


――前言撤回。やっぱりわたしイジメられてる。


 わたしは再び頬を膨らませたが、拓人さんは気にせず続けた。


「で、講座の方はどうだった?」

「やっぱり二人とも素質があるみたいだったよ。特に優斗くんは光の魔法を早くも使えたんだから」

「へえ、そりゃすごい。誰かさんと違って才能あるんだな」


――誰かさんって、ひょっとしてわたし!?


 ムッとするわたしをニヤリと見つつ、拓人さんは珍しく感心した様子で優斗くんを見た。


「いや、まだ小さな光だけですけど」


 拓人さんに話を向けられた優斗くんは照れくさそうに頭をかいた。


「いや、俺はそれでも凄いと思うよ」


 拓人さんは自分の経験を思い出したのか、少し遠い目をしながら言った。


「魔法を使える人なんて、そうそういるもんじゃない」

「拓人さんも魔法の知識とかあるんですか?」


 今度は茜ちゃんが興味深そうに尋ねた。


「いや、俺は使えないから。基礎知識くらいかな。ただ、色々見てきただけだ」


 拓人さんは簡潔に答えた。彼は美咲さんが失踪した魔法事故の件を話してもなお、その話題についてはあまり触れたがらない。わたしでさえ、気軽に踏み込めない領域なのだ。


「ところで、千秋よ」


 店長が再び話題を変えた。


「先日の影魔法使いとの一件だが、魔法評議会からも警告が来ておる。百年目の満月が近づくにつれ、奴らの動きも活発になってきているようじゃ」


 部屋の空気が一変した。影魔法使いの話題は、いつも緊張感をもたらす。


「やっぱり……。でも、彼らが何を計画しているのか、まだ分からないじゃない。これじゃわたし達も動きようがないよ」


 わたしも真剣な表情になって店長に意見した。


「その点については、エリアスが何か情報を得たようで連絡があった。影側への情報漏洩に気を付けんといかんので、詳しいことは直接会って話したいという事じゃ。明日にでも彼のところに行ってみてもらえるか?」

「エリアスさん?あの森の中の樫の木に住んでる人?」


 優斗くんが尋ねた。


「そう。元魔法評議会の上級魔法使いだよ。ああ見えて実はとっても偉い人なんだからね」


 わたしは追加説明を続ける。


「特に次元魔法と古代魔法を専門にしていらっしゃる方で、だからこそ影魔法使いたちの情報を得られたんじゃないかと思うの。以前、真実の鏡を配達に行ったときも影魔法使いについて教えてくれたでしょ?」

「僕たちも付いて行って良いですか?」


 前回はエリアス先生のところで影魔法使いたちと戦闘になったためか、優斗くんが念のためわたしに確認してくる。だが、そのキラキラした瞳に籠る期待を感じてしまうとダメとは言いづらい。それに、優斗くんにも茜ちゃんにも知っておいてもらった方が良い情報かもしれない。危険を未然に回避するためには。そう考えて、わたしは優斗くんに答える。


「もちろん。じゃあ、明日は日曜だから午前中から行く予定にしとこうか。拓人さんも行くよね?朝早くなるけど、二人とも大丈夫?」


 優斗くんの顔が明るくなった。とても分かりやすい子だ。彼が頷くのを見て、茜ちゃんも頷いた。優斗くんの純粋な好奇心と探究心は、いつも周囲を和ませる。拓人さんもほほえましい表情で彼を見ている。


「じゃあ、いつも通り、この事務所に集合ね」

「では、今日はこれで業務は終わりにしよう」


 わたしの言葉を引き継いで店長が宣言した。


「皆、明日のエリアスとの会談に備えて、早めに寝るといい。加えて千秋と拓人は通常業務もあるしな」

「はーい」


 わたしは返事をしながら、早速明日のことを考えていた。エリアス先生はどんな情報を持っているんだろう?影魔法使いたちの真の目的は?そして、百年目の満月が近づくにつれて、魔法界と人間界の間で何が起きるのか?

 空には下弦の月が浮かんでいる。次の満月までは新月経由で約三週間。徐々に欠けていく月を見つめながら、わたしは何とも不吉な予感を感じて、表情が厳しくなっていくのを止められずにいた。


「あのう、千秋さん」


 そんなわたしの思考を打ち切るように、優斗くんが少し恥ずかしそうに声をかけてきた。


「魔法の勉強や修行って、自分でもできますか?家でも練習したいんです」

「そうね、基本的な集中の練習なら危険もなく家でもできると思うよ。でも、それ以外の練習については必ず誰か指導者が付いている所でやること。もし失敗して魔力が暴走したり、想定外の魔法の効果が出ちゃったりすると危険だからね。これだけは約束してね。じゃあ、明日エリアス先生のところで、練習用の石をもらえるように頼んでみようか?」

「はい、ありがとうございます!」


 優斗くんの顔がパッと輝いた。その純粋な喜びを見ていると、わたしも自分の初心を思い出す。魔法を学び始めた頃の、あの夢と希望に満ちた気持ち。


「茜ちゃんには魔法理論の本を貸してあげようか?わたしの持っている現代魔法の入門書だったら、科学的思考が得意な人には分かりやすいと思うから」

「ありがとうございます。ぜひ読んでみたいです!」


 茜ちゃんは静かに、でも目を輝かせながら答えた。

 二人を見送りながら、わたしは心の中で誓った。彼らの魔法修得への一歩を、精一杯サポートしようと。そして、迫りくる影の脅威から、この平和な日常を守ろうと。

 道端に咲く花々が、春の終わりを告げるように風に揺れていた。まだ見ぬ夏の日々と、そしてそこで待ち受ける試練に向けて、わたしたちの歩みは続いている。


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