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第33話 最終決戦と新たな始まり

 闇に包まれた街を駆け抜けながら、わたしは何度も後ろを振り返った。影魔法使いが追ってきていないか確かめるためだ。神社を離れる時、優斗くんとセイが足止めをしてくれたおかげで、今のところ安全に天文台へと向かえている。

 「知恵」の徳の結晶が手の中で脈打ち、かすかに紫の光を放っていた。優斗くんから預かった青い勇気の徳の結晶と共に、光がまるで磁石に引き寄せられるように天文台の方向を指し示す。他の三つの結晶もきっと同じように輝き、持ち主を導いているのだろう。

 街の灯りが揺れて見える。風が強くなり、雲が満月を時折隠した。百年目の満月の光は通常より明るく、銀色の光が街全体を非現実的な雰囲気で包み込んでいた。

 天文台は各境界ポイントの中央、やや高くなった丘の上にある。かつては市民に開放された施設だったが、今は使われなくなって久しい。それでも、その古びた天体観測用ドームは街のどこからでも見える目印だった。

 足が痛み、息が切れ始めていた。神社での儀式と戦いで、回復薬を使ったとは言えすでにかなりの魔力を消費している。人間化している店長にも流れているので、割とすごい勢いで魔力が減っているのが分かる。でも、止まるわけにはいかない。


「がんばれ、千秋…………」


 自分を奮い立たせながら、丘の上りの小道を駆け上がる。天文台の輪郭がはっきりと見えてきた。大きなドーム型の建物の周りに、不自然な靄のようなものが漂っている。影魔法の気配だ。

 敷地の入り口に近づいたとき、後ろから声がした。


「千秋さん!」


 振り返ると、茜ちゃんが息を切らして走ってきていた。彼女の手にも、緑色に輝く結晶が握られている。


「茜ちゃん!」


 彼女はわたしに追いつき足を止めた。彼女の服は所々破れ、擦り傷もあった。明らかに戦いがあったようだ。


「無事だったのね……心配したわ、千秋さん」

「わたしも…………」


 茜ちゃんは深呼吸しながら言った。


「廃校で影魔法使いと遭遇しました。でもエリアス先生の護符を使って何とか逃げてきました」

「儀式は成功したんだね!」


 一度成功した境界守護の儀式は闇に属する影魔法使いたちには止められない。わたしは彼女の手の中の緑の結晶を見た。結晶を奪えなかったということは、すでに別のポイントに移動していることだろう。


「はい。徳の結晶ができたら、すぐに天文台に向かうよう結晶に導かれました」

「わたしも同じ。ちょっと儀式の完了タイミングが紙一重で……、でも優斗くんが来てくれて助かった」


 茜ちゃんの顔に安堵の色が浮かんだ。


「優斗は無事なんですね……」

「うん。河童ドラゴンと一緒に現れて、神社で影魔法使いを足止めしてくれてる。優斗くんの結晶も預かってきたの」


 わたしは手の中の二つの結晶を見せる。


「そう……。良かった……」


 次の瞬間、私たちの背後からもう一つの足音が聞こえてきた。敵かと思い慌てて振り返ると、葉月さんが走って来るのが見えた。


「葉月さん!」


 彼女の手にはピンク色に輝く結晶があった。「愛」の徳の結晶だ。


「二人とも無事で良かった……」


 葉月さんの声には安堵と緊張が入り混じっていた。彼女は普段より大人びて見えた。短い時間で、彼女は大きく成長したようだ。


「さあ、天文台に急ぎましょう」


 わたしは二人を促した。三人で丘を駆け上がると、天文台の入り口が見えてきた。古びた木製のドアは半開きになっており、中から不気味な光が漏れていた。


「拓人さんはまだ……?」


 心配しながら振り返ると、遠くに人影が見えた。拓人さんだ。彼も赤い結晶を手に走ってくる。結晶の光は暗い中ではよく見える。


「拓人さん!こっち!」


 彼は無言で頷き、私たちに追いついた。彼の顔には小さな切り傷があり、息も荒かった。


「影魔法使い……古井戸にもいた」

「やっぱり……」

「以前、健太郎さんからもらった銀の粉がまだ残ってて助かった」


 わたしは頷いた。影魔法使いたちは私たちの全員を狙っていたのだ。でも、全員が無事に徳の結晶を手に入れ、ここに集まった。わたしは今のうちに最後の魔力回復薬を使う。


「エリアス先生と店長は?」

「中にいるはずだ」


 拓人さんは天文台を見上げた。


「何かが始まっている。急ごう」


 四人で木製のドアを押し開け、天文台の内部に足を踏み入れた。古い木の床がきしみ、埃と時間の匂いが漂う。正面には階段があり、上階の観測室へと続いている。


「上だ……」


 わたしは上階を指さしながら呟いた。結晶が強く脈打ち、上階へと私たちを導いている。

 階段を上がると、大きなドーム型の天体観測室に到着した。部屋の中央には巨大な天体望遠鏡があり、天井は開いて夜空が見えるようになっていた。満月の光が真上から降り注ぎ、部屋全体を銀色に染めていた。

 そして、部屋の中央に立つ二人の姿。エリアス先生と、初めて見る人間姿の店長、ユーリオスさんだ。

 ユーリオスさんは若い男性の姿をしていた。長い黒髪と鋭い顔立ち、黄色い瞳は猫の時と同じだ。彼は黒い長衣を身にまとい、片手に古風な杖を持っていた。二人は黒い霧に包まれた五人の影魔法使いと対峙していた。


「千秋!」


 エリアス先生がわたしたちに気づき、声をかけた。


「結晶を……!」


 その声に反応して、影魔法使いたちが一斉にこちらを向いた。


「それを渡すな!」


 ユーリオスさんの声は、猫の時より遥かに力強く響いた。

 影魔法使いの一人が素早く動き、わたしたちに向かって闇の触手を伸ばしてきた。


「弾けっ!」


 拓人さんが前に飛び出し、赤い結晶を掲げた。結晶から強い光が放たれ、触手を弾き返した。


「みんな、こっち!」


 わたしは結晶を持つみんなを促し、エリアス先生とユーリオスさんの方へと走った。影魔法使いたちは攻撃を続け、黒い霧のような魔法を次々と放ってくる。


「これで終わりだ」


 四体の影魔法使いが牽制攻撃をしている間、中央の影魔法使いは地面にずっと何かを書き続けていた。エリオス先生とユーリオスさんの攻撃も四体の影魔法使いたちに弾かれて届かない。ついに中央の影が低い声で言った。彼らが書いていた床の大きな闇の魔法陣は複雑な模様で、古代魔法の文字が刻まれている。


「まずい!境界崩壊の儀式だ……」


 エリアス先生の表情が厳しくなった。


「もう始まっている。でも、まだ間に合う」


 ユーリオスさんが言った。


「五つの徳の結晶を、中央の台座に」


 部屋の一角に、エリアス先生が設置した五角形の台座が置かれていた。わたしたちはそれぞれ自分の結晶を取り出した。青、赤、緑、紫、そしてピンク色に輝く五つの結晶。


「さあ、早く!」


 エリアス先生の声に導かれ、わたしたちは台座に向かって走り出した。だが、影魔法使いたちも黙っていない。より強力な闇の魔法を放ち、私たちの行く手を阻む。


「わたしが引き受ける!」


 ユーリオスさんが前に出て、両手を広げた。彼の体から金色の光が放射され、今までにない強力な結界を作り出す。古代魔法の強力な結界だ。影魔法使いたちの攻撃は、その結界に当たって弾かれた。


「早く!四体もいてはこの結界も長くは持たない」


 わたしたちは急いで台座に向かう。だが、結界の外から新たな敵が現れた。より強力な影魔法使い、おそらくリーダーと思われる者だ。


「愚かな……」


 その声は不気味に空気を震わせた。


「百年に一度の機会を逃すと思うか?」


 リーダーの放った強力な闇の魔法が結界を突き破り、ユーリオスさんに直撃した。彼は壁に叩きつけられ、うめき声を上げる。


「ユーリオス!」


 エリアス先生が駆け寄ろうとしたが、影魔法使いたちの攻撃で阻まれた。


「くっ……これは……」


 エリアス先生も徐々に押されていく。年齢を重ねている分、体力的には不利だ。蓄えた魔力にも限界はある。


「みんな、わたしたちで結晶を台座に!」


 わたしは仲間たちに声をかけた。四人で台座に向かうが、影魔法使いのリーダーが立ちはだかる。


「さっさと結晶を渡せ」


 彼の声は冷たく響いた。


「渡すわけないでしょう!」


 わたしは青と紫の二つの結晶を強く握りしめた。仲間たちも同様に結晶を守っている。


「なら……」

「やっぱり力づくなんでしょ!」


 私がやけっぱちで叫ぶと、言葉尻を奪われたリーダーの両手から黒い霧が噴き出し、わたしたちを包み込もうとする。その霧に触れた床が腐食していく。危険な魔法だ。


「みんな、下がれ!」


 拓人さんが叫び、赤い結晶を掲げた。結晶から放たれた光が盾のように広がり、黒い霧を押し戻す。しかし、その光も徐々に弱まっていく。


「力を合わせなきゃ……」


 茜ちゃんの緑の結晶も光を放ち、拓人さんの盾を強化する。葉月さんのピンク色の結晶も加わった。

 わたしはその隙に、何とか台座に近づこうとした。だが、リーダーはわたしの動きを見逃さなかった。


「千秋さん、気をつけて!」


 茜ちゃんの警告がわずかに遅れ、黒い霧がわたしの足を捕らえた。痛みが走り、思わずわたしはひざをつく。


「千秋!」


 拓人さんの声。でも、彼は他の影魔法使いたちと戦っていて、わたしを助けられない。


「ずいぶんと手こずらせてくれたが……これで終わりだ」


 リーダーが近づいてくる。彼の黒い霧の仮面の下からは、赤い目だけが見えた。

 その時、突然の光が部屋を満たした。窓ガラスが砕け、そこから飛び込んできたのは……、


「優斗くん!」


 優斗くんが河童ドラゴンのセイと共に現れた。彼の手には守護の盾があり、強い光を放っていた。


「千秋さん!僕の結晶かして!」


 優斗くんはわたしに駆け寄り、自分の青い結晶を受け取ると、霧に向かって掲げた。「勇気」の徳の結晶が本来の持ち主の手に戻り、その光が黒い霧を払いのけていく。


「大丈夫ですか?」

「ありがとう、優斗くん……」


 わたしは彼の手を借りて立ち上がった。セイが頭上を旋回し、浄化の水魔法で影魔法使いたちを牽制している。


「さあ、今だ!」


 エリアス先生が叫んだ。彼は最後の力を振り絞り、影魔法使いのリーダーを押し戻していた。


「台座に結晶を!」


 わたしたちは急いで五角形の台座に向かった。それぞれの結晶を、対応する場所に置く。青、赤、緑、紫、ピンク。五つの結晶が台座にはめ込まれると、すべての結晶から強い光が放たれた。


「ぬぅ、止めろ!」


 影魔法使いのリーダーが叫び、最後の全力攻撃を仕掛けてきた。巨大な闇の波が押し寄せる。


「今こそ、五つの徳の力を!」


 エリアス先生が複雑な古代魔法語の詠唱を始めた。それに合わせるようにユーリアスさんも古代魔法語の詠唱を始める。二人の言葉はまるで旋律を持っているかのように美しく、重なる声は二重奏のような調和した響きに聞こえた。その瞬間、台座が輝き、五つの結晶からの光線が交差して一点に集まる。


「知恵」「献身」「誠実」「勇気」「愛」


 五つの徳の名が、古代魔法語で空気中に響いたのが私には分かった。何かに背を押されるように、結晶の力を少しでも強めようとわたし達はそれぞれの結晶に手を置き、それぞれの徳の力を注ぎ込む。


「百年前の守護者たちの意志を継ぎ、今、境界を守る!」


 エリアス先生の声が部屋中に響き渡った。五つの結晶から放たれた光が一つになり、巨大な光の柱となって天井を突き抜けていく。


「なっ……何だと……!」


 影魔法使いのリーダーが思わず後ずさる。彼らの描いていた闇の魔法陣が崩れ始める。光の柱が天に向かって伸び、ドームの天頂付近で満月と交差した瞬間、眩い閃光が走った。

 光の守護魔法により満月の光が変化し、より柔らかく安定した輝きになる。それは魔法界と人間界の境界が強化されたことを示していた。


「ぐああっ!」


 光の守護魔法の力のあおりを受けて、影魔法使いたちが苦しみの声を上げる。彼らの体が崩れるように霧となり、消えていった。

 最後に残ったリーダーが、恨めしそうにわたしたちを見た。


「今回は……惜しくも失敗した。だが、必ずやまた……」


 最後まで言い切る前に、リーダーの姿も霧となって消えていった。言い切れなかった最後の一言が、警告のように頭に残る。

 部屋に静寂が戻った。台座の上の結晶は、すべての力を出し切ったのか、普通の水晶のような透明な石になっていた。


「やった……成功した……」


 わたしは安堵のため息をついた。魔力の使い過ぎで体中の力が抜け、ふらつく。拓人さんがわたしの肩を支えてくれた。


「千秋、大丈夫か?」

「うん……ただ疲れただけ」


 ユーリオスさんがゆっくりと近づいてきた。彼の姿が揺らぎ、人間の形から徐々に黒猫の姿に戻り始めていた。


「魔力を使い果たしたか……。皆、ご苦労じゃった」


 かすれた声でみんなを労う彼をエリアス先生が支えた。エリアス先生もみんなに労いの言葉をかける。


「よくやった、みんな」


 ユーリオスさん、いや店長は完全に猫の姿に戻り、エリアス先生の肩に乗ってぐったりしている。


「これで百年目の満月の危機を乗り越えた。魔法界と人間界の境界は安定するだろう」


 セイが鳴き声を上げながら、優斗くんの周りを飛んでいた。誰もが疲れていたが、その顔は勝利の喜びで満ちあふれていた。


「でも、店長……最後の影魔法使いの言葉が気になります」


 優斗くんが思い切って言った。


「ああ、また戻ってくると言っておったな」


 店長は黄色い目で夜空を見上げた。


「魔法界と人間界が存在する限り、影の力との戦いは続くじゃろう。今日で全てが終わったわけではない。次に現れるのは……せめて百年後であってくれるといいんじゃがな」

「しかし、今は休息と回復が必要だ」


 エリアス先生が優しく言った。


「みんなよくやった。今夜は十分に休むといい」


 わたしたちは寄り添いながら、天文台を後にした。拓人さんが疲れた体にムチ打ってバンでみんなを送り届けてくれる。日付が変わる直前の夜空には満月が穏やかに輝き、街は静けさを取り戻していた。




 一週間後、マジカルエクスプレス便の事務所には日常が戻ってきていた。わたしはいつも通り配達の準備をし、拓人さんは書類を整理している。優斗くんと茜ちゃんは放課後にアルバイトに来ると約束していた。


「配達リスト、見たか?」


 店長が棚の上から言った。彼はまたいつもの黒猫の姿に戻り、いつも通りにわたしをからかっている。


「見たよ~。今日は四件ね」

「遅れるなよ」

「わかってるってば!」


 わたしは鞄をまとめながら言った。あの夜以来、店長が人間の姿になることは無い。彼は猫の姿の方が気楽だと言っているが、私への魔力的負担を考慮してくれているのだろう。


――店長が人間化する時って、あんなに魔力を使うんだ。そりゃそうか、体の半分以上を魔力で補わなきゃいけないんだもんね。そのうえ、強力な古代魔法を行使するんだもん。そりゃ魔力を使うはずだよ。


「千秋」


 拓人さんが声をかけてきた。


「昨日、魔法評議会から連絡があったぞ」

「なに?」

「あの夜の影魔法使いたちについての調査結果だ。どうやらまだ他にも残党がいるらしい」

「そう……」


 わたしは少し考え込んだ。あの夜の勝利は大きかったが、戦いはまだ終わっていないということだ。


「あと、美咲についても……」


 拓人さんの表情が少し明るくなった。


「魔法評議会が、次元間の異常に関する新しい調査を始めるらしい。あの夜の境界の強化で、何か変化があったらしい」

「そうなの!?拓人さん、良かったね~!一歩前進じゃん」


 わたしは心から祝った。拓人さんの妹探しに、新たな進展があるかもしれない。

 わたし達が話していると、ドアのチャイムが鳴り、優斗くんと茜ちゃんが入ってきた。


「こんにちは!」


 優斗くんの元気な声が事務所に響いた。彼の肩には小さなセイが止まっていた。河童ドラゴンは優斗くんと共に過ごすことが多くなっていた。健太郎さんによれば、放課後近くの時間になると、魔法動物園を勝手に抜け出して優斗くんの所に行っているらしい。夜のうちにいつの間にか戻ってきているので、今のところは様子見だと言っていた。それで魔法動物園のみんなからは「脱走ドラゴン」っていうあだ名で呼ばれてるそうな。


「セイ、今日も元気ね」


 わたしはドラゴンの頭を撫でた。


「じゃあ、そろそろ出発しましょうか」


 茜ちゃんが時計を見て言った。彼女は相変わらず几帳面だ。


「そうだね。今日の配達は『時を止める砂時計』『夢見る枕』『虹の種』、そして『消えない墨』の四点」


 わたしは配達リストを読み上げた。


「虹の種って何ですか?」


 優斗くんが興味津々で尋ねた。彼の好奇心は尽きることがない。


「それはね……」


 わたしが説明を始めようとしたとき、店長が口を挟んだ。


「それは配達先で確かめろ。話してる暇があるなら出発しろ」

「はいはい……」


 わたしはため息をつき、みんなをバンに誘導した。拓人さんが運転席に座り、わたしは助手席、優斗くんと茜ちゃんは後部座席だ。


「じゃあ、行ってきます!」


 わたしたちが出発すると、店長は窓から見送っていた。彼の表情には、珍しく微笑みが浮かんでいたように見えた。

 バンが街へ走り出す。春の日差しが優しく降り注ぎ、木々は緑を濃くしていた。百年目の満月の夜から一週間、街は何事もなかったかのように平穏だ。

 でも、わたしたちは知っている。この平和の裏には、私たちのような魔法使いの努力があることを。そして、まだ終わっていない戦いがあることを。


「次の配達、どこだっけ?」


 拓人さんが聞いてきた。


「橋のそばにある古書店だよ。『時を止める砂時計』を届けるの」

「また忘れ物は無いよな?「知恵」の徳を持っていたと言っても、千秋のポンコツっぷりは相変わらずだからな」

「もう!いつもそうやって意地悪言うんだから!」


 わたしが不満を漏らすと、後部座席から優斗くんと茜ちゃんの笑い声が聞こえた。

 いつもと変わらない日常。でも、わたしたちはもう少し強く、少し賢くなっていた。「五つの徳」の力は結晶化して消えたけれど、その経験はわたしたちの心に残り続ける。店長が言うには、五つの徳の源になる皆の意思は変わらず存在するから、また育てていけばいずれ力は戻るらしい。次の百年目の満月のためにも、大切に育てて継承させていきたいと思う。

 窓の外を流れる景色を見ながら、わたしは思った。これからどんな冒険が待っているのだろう。どんな新しい魔法に出会うのだろう。そして、いつかまた影魔法使いと戦う日が来るのだろうか。高梨啓介さん達のような百年後に向けての準備もエリアス先生の指導で始まっている。

 そんな未来に思いを馳せながら、マジカルエクスプレス便の新たな一日が始まろうとしていた。


(第2章 完)


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