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第16話「味方を得てから」

 結局、お節介焼きの母親が仏間に布団を敷いたことでスノウホワイトは一人天宮家では姿を消さずに生活することになった。


「わたしはヒカルと一緒なら別に」

「そういうところよスノウホワイトちゃん! 光流も男の子なの、間違いがあったら大変でしょ!?」


 そんなスノウホワイトと母親のやり取りに頭を抱える光流。

 いや、そういうことに興味はある。興味はあるが実践するのはまた別の話だ。

 その点では昨日の時点でミッドナイトブルーとそういう関係を持ったらしい朔夜には驚きと羨ましさを持ってしまう。


——いやいやいやいや!! スノウホワイトはそういうためにいるんじゃない!!


 鋼の意志で母親に同意し、光流はスノウホワイトの背を押した。


「ま、まぁ母ちゃんの言う通りだから!」

「?」


 首をかしげるスノウホワイト、だが光流はぐいぐいと背を押して母親に押し付ける。


「というわけで母ちゃん、任せた!」

「応ッ!」


 なぜか気合の入った声を上げ、母親がスノウホワイトの手を引いて仏間に案内していく。

 二人の背が階段の向こうに消えていったのを見届け、光流は部屋のドアを閉め、ほっとしてベッドに腰掛けた。


「……大丈夫かな、これ……」


 そういえば、こういう展開のアニメとかラノベって大抵両親不在設定だもんなあ、なんだよ親バレ展開って、そんな思考が脳裏をぐるぐると回る。事実は小説より奇なりとはよく言うが、それでもこの部分で奇な展開になられても困る。というよりも実家暮らしでこんな展開になればここまで面倒なことになるのか……と思い知り、光流はベッドに仰向けになって特大のため息をついた。



◆◇◆  ◆◇◆



「おはよう、ヒカル」

「ふぎょわぁあぁぁぁぁ!?!?」


 翌朝、目を覚ました光流はスノウホワイトの声に絶叫して飛び起きた。

 当然、


「どうしたの光流!?」


 バタバタと激しい足音と共に部屋のドアが開け放たれ、母親が飛び込んでくる。

 ベッドの上で慌てふためく光流と、落ち着き払っているスノウホワイトの姿を認め、母親は一瞬沈黙し、それから大きく息を吸った。


「か、母ちゃん待ってこれは——」


 光流が慌てて止めるが母親は止まらない。


「光流!! 母ちゃんはあんたをそんな子に育てた覚えはないよっ!!」


 天宮家が、母親の罵声で大きく揺れた。




「……マジか」


 そう、呟いたのは光流の父親。

 今日は土曜日ということで家族全員が休みだからとダイニングに光流、スノウホワイト、そして両親が集まっていた。当然、父親にスノウホワイトのことは説明済み。光流が説明しようとしたところを母親が遮り、光彩戦争クロマティック・イクリプスのことも含めて全て話したのは流石母親、ご近所ネットワークのスピーカーである。


「——で、光流とお前がその、ええと……」

光彩戦争クロマティック・イクリプス

「そうそう、その光彩戦争クロマティック・イクリプスに巻き込まれたということか」


 父親としてはそんな夢物語みたいな、と思うところではあったが、スノウホワイトの雰囲気がごく普通の少女でないことで納得することにしたらしい。

 なんかスムーズに受け入れられすぎて逆に怖ぇよ、と思いつつも光流は目玉焼きトーストを食べるスノウホワイトを横目で見た。


「……卵が半熟でおいしい」


 スノウホワイトはというとどこで覚えたのか卵の半熟という概念を理解し、それがおいしいと認識している。

 その様子に母親が嬉しそうに笑ってサラダの入った小鉢をスノウホワイトの前に置いた。


「目玉焼きの半熟具合には自信があるからね! ほら、このサラダもありあわせの野菜とカニカマで作ったんだけどドレッシングは手作りだから!」


 甲斐甲斐しく世話を焼く母親、光流は「まぁそういうことで」と父親に話を続けた。


「暫くはスノウホワイトをうちで預かることになるけど大丈夫? まぁ母ちゃんが預かる気満々なんだけど」

「まあいいんじゃないか? 光流が変なことしなければ」

「しねえよ!」


 光流が思わず叫ぶ。隣でスノウホワイトが首をかしげるがそれどころではない。


 一応は光流も高校生男子、恋バナ下ネタ大きなお世話な話題はよく転がってくるがそれでも見境なく手を出すような男ではない——と自分では思っている。


 確かにスノウホワイトはかわいいし尽くしてくれるしぶつかることもあるが互いに命を預けた間柄である。このまま彼女になってくれるといいなという欲望がないと言えば嘘になるが今はそんなことにうつつを抜かしている場合ではない。光彩戦争クロマティック・イクリプスに勝ち抜く——いや、この戦いを引き起こした主催者に対して何か言ってやらなければいけない。


 そういうところは親譲りだよな、と思いつつも光流も目玉焼きトーストを口に運んだ。


「で、今日はどうするんだい? 他の彩響者コンダクターの契約を解除しに行くのかい?」

「そうだな——少なくとも、このルールの穴に気づいてるのは俺だけだと思う。もし他にも気づいてる奴がいれば暫くは共闘とかできそうな気もするけど今はこれ以上光彩戦争クロマティック・イクリプスの被害者が出ないように動くつもり」


 母親の問いかけに光流が答えると、母親はそれなら、と光流とスノウホワイトの前にコロッケが乗った皿を置く。


「じゃあしっかり腹ごしらえしとかないとね!」

「あ、それは——!」


 父親が声を上げたことで光流がそのコロッケの正体に気づく。


「え、これもしかしてあの店の——」

「そう、アクアウォークのあの店の飛騨牛コロッケだよ! しっかり食べて行ってきな!」

「やりぃ!」


 アクアウォーク大垣の経営母体となっている大手スーパー内に併設された肉屋があることは光流も知っている。元々は大垣駅南口にある郭町くるわまちに本店があったはずだが現在では閉店しており、大垣市でこの店の飛騨牛コロッケを買うならアクアウォーク大垣へ行くしかない、と言われている。


 そんな飛騨牛コロッケは中に入っている肉が日本五大ブランド牛の一つと言われている飛騨牛である。普通のコロッケに比べて若干お値段が張るため、普段は仕事に疲れた父親を労うために買ってくるもの。そのため光流が口にすることは滅多になかった——が。


「ま、光流が頑張るって言うなら仕方ないな。しっかり味わって食えよ」


 若干の恨めしさはあるものの、父親も苦笑する。


「じゃ、いただきまーす!」


 目玉焼きトーストを食べ終えた二人が飛騨牛コロッケを口に運ぶ。

 口いっぱいに広がる飛騨牛のうまみに、光流は感極まった声を上げた。


「うんめー!」

「……脂の甘みが強い。これが、飛騨牛……」


 いくら岐阜地元県民であっても飛騨牛が毎日食べられるわけではない。コロッケに入っているならカットする際に出た端肉など多少は安い部位を挽肉にしているのかもしれないが、それでも飛騨牛は飛騨牛。それが食べられることに幸せを感じてしまう。


「……彩響者コンダクターになってよかったかも」


 思わずそうこぼした光流を、母親が軽く小突いた。


「何言ってんだい! 彩響者コンダクターは本当なら負ければ死ぬんだろ? そんな命がけの役割なんて母ちゃんはごめんだね!」


 うっかり忘れてしまいそうになるが、母親も彩響者コンダクターだった。真っ先に遭遇したのが光流でなければ今頃行方不明扱いになっていたか別の彩響者コンダクターを殺してしまっていたかもしれない。

 真っ先に気付いたのが俺でよかった、と思いつつ、光流は飛騨牛コロッケを完食し、勢いよく立ち上がった。


「じゃ、大垣駅周辺を少し回ってくる」

「ごちそうさまでした」


 スノウホワイトも丁寧に箸を置いて挨拶し、席を立つ。


「ヒカル、行こう」

「そうだな、じゃー行ってくるわ! 昼飯は——」

「はい、お昼ご飯代」


 ずい、と光流の目の前に差し出される数枚の千円札。

 えっと光流が母親を見ると、母親はにっこり笑って口を開いた。


「これでスノウホワイトちゃんとおいしいもの食べてきなさい。母ちゃんのおすすめはイオンタウンの町中華だよ」

「あー……」


 母親の言葉に光流も納得する。

 大垣駅から歩いて行ける場所にあるショッピングセンターは他にもイオンタウン大垣がある。ここは流星群が目撃されたエリアにも該当しているため、情報収集するにはちょうどいいかもしれない。


 イオンタウン大垣のフードコートはアクアウォーク大垣に比べて空き店舗は多いのだが、それでも残っている店舗は根強い人気のあるもの。母親の言う「町中華」も中国人が経営している中華料理屋で、定食は値段の割に量が多いということで光流も何度か利用していた。


「じゃ、お昼はそこで食べてくる」

「うん、気を付けて行ってくるんだよ」

「光流、負けるんじゃないぞ」


 両親の言葉に背を押され、光流とスノウホワイトが家を出る。

 外は快晴、気温も高すぎず低すぎず、外を歩き回るにはもってこいの天気である。


「それじゃ、行きますか」


 そう言い、光流とスノウホワイトは並んで歩きだした。


「……」


 スノウホワイトがちら、と周囲を気にするように視線を巡らせる。


「どうかした?」

「誰かに見られていたような——いや、気のせいだ」


 そう呟いたスノウホワイトの声にわずかに緊張が混ざっていることに、光流はすぐに気が付いた。

 誰かに見られていた、というスノウホワイトの感覚は正しいだろう。


 ここは光彩戦争クロマティック・イクリプスの戦場、どこで彩響者コンダクターと遭遇するか分からない。

 それでも俺は自分の信じる道を行くだけだ、と自分に言い聞かせ、イオンタウン大垣に向かうことにした。

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